拝啓、お姉さまへ

一華

文字の大きさ
269 / 282
第四章 6月

子羊の悩みは尽きなくても 3

しおりを挟む
「頭ぱにくるぅ…」

数日たった夕食時に。
唸るように言ったのは、幸だった。
作品を完成させないと話にならないと、ここ数日は学校から寮に帰るとすぐに部屋こもって作業しているようだが、東組には山のような学校の課題もある。
あまり時間があるとは言えず、思うように話の完成も進まないようだった。
目がくるくるする、と言わんばかりに疲れた様子だ。

「やっぱり大変?」
「うんー。大筋の話は決めてるんだけど、元々選ばれることはないだろうと思って書いてたところもあったから。変えないといけないところが本当、多くて多くて」
「そうなの?」
「一番の問題は今の状態だと男性の出番が少すぎるってことかな。生徒会からももっと増やすように言われてるんだよね」
幸が書いているのは今度の常葉祭のために作成される常葉学園と尭葉学園の生徒会合同作品の元になるもの。
確かに女性ばかりが目立つ作品ではいけないのだろう。
しかし男性が苦手、という幸が男性の出番が少なかったのは仕方がない、ということかもしれない。

「それって結構話変わっちゃう?」
「そんなことはないよ。ただ男の人の会話とか想像があんまりつかなくて、自然と減っちゃったんだよね」
「ふうん」
そんなものなのかと柚鈴は相槌を打ってから、中身に興味が湧いた。

「どんな話なの?」
柚鈴が尋ねると、幸は目の前の食事を幸せそうに見つめてから教えれくれる。
「元々はね、3年前に生徒会が作った映画の原作をリメイクしたものなの」
「3年前?」
3年前の常葉祭。
今回と同じように尭葉学園との合同作品を作った年ということになる。
幸は食事を開始しつつ、その時の映画『お嬢様の休日』という話のあらすじを教えてくれた。

お金持ちのお嬢様の家出話。
そして仄かな恋愛話。
ロマンチストなお話だと思いつつ、あらすじの簡単な説明で、感想としてはそれ以上もそれ以下もない。

「先輩方が言うには、大作だったらしいよ」
「へえ」
柚鈴はピンと来ない様子で、返事をしてみせた。
すると幸はにやりと笑った。

「やっぱり知らないんだ」
「何を?」
反射的に質問すると、それを待っていたといった様子で、幸は目を輝かせた。
「『お嬢様の休日』に誰が出ていたか、とか」
「誰って…」
3年前、なんて知るわけがない。
そう思ったものの、その幸の含みのある言い方に引っかかっる。
つまり柚鈴の知っている誰かが出ていたということだ。
となると思い当たる節があった。

「まさか…」
「うん、柚鈴ちゃんのお姉さんが出てたらしいよ。しかも主役」
「し、主役ぅ?」
思わず大きな声が出た。
3年前と言えば、志奈さんは当然1年生である。
生徒会のお手伝いをしてたとはいえ、2年3年の先輩方を差し置いて、主役になるとはどういうことだ。

「私も詳しいいきさつは知らないんだけど。その映画が他の生徒の皆さんにすっごく受けたことが、小鳥遊志奈生徒会長が誕生することになる道筋を作ったとも言われているんだって」
一体だれの受け売りなのか、幸はどこか芝居がかった言い方で説明してくれた。
「そんなに面白く仕上がった映画なの?」
「残念ながら私も見たことないんだけどね。ほら大学部に言った時、陸上部の卒業生が柚鈴ちゃんのお姉さんのこと『お嬢』って呼んでたでしょう?あれも映画の影響らしいんだよね」
「え…」
確かに。
確かにそんな風に呼ばれていた気がする。
つまり志奈さんが常葉学園でカリスマ的人気を誇ったのは、本当に1年生の時のその映画主演がきっかけということだろうか。
女優・小鳥遊志奈、と言ったらいいのかなんなのか。

「どこまですごい映画だったんだろう」
思わず柚鈴から声が漏れた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...