拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

子羊の悩みは尽きなくても 1

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「文化祭の準備もあって生徒会のお手伝いをすることになりました。だからお付き合い出来ません」
次の日から、その言葉を何回言っただろう。
ブロンズのバッチをして、そういうと魔法のように先輩方は立ち去って行った。

魔法なんて言い方は良くないとは分かっている。
でも、こんなに楽に物事が運ぶなんて…と、どうして柚鈴が思わずにいられるだろうか。
思えば助言者メンター問題では、随分悩まされてきた。
ない知恵を絞って、なんとか物事の解決を図ろうと努力してきたけれど、こうもあっさりと行くと、その努力ってなんだったの?と思うくらい許してほしい。

バッチをお守りとして渡したのは、もちろん志奈さんであったが、今更ながらにその威力を感じつる。
…なんだか、恐ろしいとすら思えた。
このバッチを手渡していた志奈さんが。

ここで、ただ素直に偉大なお義姉さまに感動し尊敬してしまえればいいのだけど、柚鈴はそれには少々現実的すぎる。
身に余る姉の存在はやっぱりどこまでも余るような気がする。

つまり柚鈴には分不相応。
人にはそれぞれ身の丈にあった生活と言うものがある、と思う。
なのに今、身の丈にあっていない『姉』が出来てしまっていることをひしひしと感じてしまいつつ、どこかこの状況を受け入れ始めているのも事実なのだ。

昨晩、柚鈴は志奈さんに電話をしていた。
もちろん嘘をつくことを報告しておくためだ。
バッチを渡したのが志奈さんとはいえ、それを使って嘘をつき身を守ることになるのだ。
つまり片棒を志奈さんに担がせるということになる。

もしかしたら反対されるかもしれない。きっとされないだろうとは思うけど、でももしかしたら。

…柚鈴はきっと、叱ったり、止めてほしかったのだと思う。
だって先日、嘘は少ない方がいい、と思ったばかりなのだ。
根が真面目、というか、小心者の部類の柚鈴には気が進まない事態になっていた。

しかし志奈さんは、あっさりと言った。
『あら、いいと思うわ』
柚鈴の願いをかなえるには志奈さんは自分の気持ちに正直すぎた。

柚鈴は一瞬、言葉に詰まりながらも、すぐに反論する。
「で、でもですね。このバッチって貰うのに、申請が必要だったりするわけですし、一個人の問題解決のために使ってはいけないんではないですか?」
『だって、柚鈴ちゃんが私のバッチをしてくれてたら嬉しいんだもの。妹が卒業した姉を慕って、いけないと分かっているのに持ち物であるバッチを学園でつけてしまう。なんて素敵なのかしら』
どこまで本気なのか。確認するのが一瞬怖くなるほど、全てが本気っぽい言い方。

「…話が脚色されていますけど」
柚鈴はそう言うのが精一杯だった。
『ばれたらそういう話になるんではないの?皆がそう思ってくれたら幸せなことね』
「何が幸せなんですか?」
『私たちの姉妹愛の物語が皆の中で育まれることよ』

姉妹愛。
愛、と言いましたよこの人。
柚鈴は微かに眩暈を感じた気がした。

「とても嫌な話ですね」
『もちろん真実のままに、姉が妹が助言者メンターが出来るのが嫌だからとバッチをくれました、でもいいのよ』
「…」

柚鈴は思わず黙秘した。
それは出来ない。
それではまるで、全てを志奈さんのせいにしているようではないか。
例えそれが事実であったとしても、バッチをつけることによって柚鈴にも罪はある。
いや、言い逃れをしてしまう分、罪は深い気がする。
だったら姉妹愛の方がましな気がする。
いや、本当にまし、なのか?迷う。

志奈さんは柚鈴の沈黙の意味が分かっているのだろうか。
クスクスと笑った。

『私は柚鈴ちゃんがバッチをしても構わないという話よ』
どこか余裕のある志奈さんに一矢報いるつもりで、柚鈴は言葉を探した。
「真美子さんに怒られませんか?」
『真美子?』
「そういうの嫌がりそうじゃないですか」
『決まりを破るのは嫌がるかもしれないけど、今回は…』
志奈さんは何かを考えるように言葉を一度言葉を切ってから繋げた。

『まあ、大丈夫じゃないかしら』
「その根拠が知りたいところですね」
『現在の生徒会メンバーは良いと言ったんでしょう?なら良いのよ』
少々強引に思えるような理論を押し通すように志奈さんは言い切った。
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