柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 12】

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 ワトソンはとにかく脚が速く、吾輩とマイケルが園内を一周もしていないのに、うしろから追い抜いていった。

「ワトソンには敵わないな」

 吾輩は、息を切らして言った。

「まったくだよ」

 マイケルもまた息を切らしている。
 吾輩とマイケルは、ワトソンにはとても太刀打ちできないので、走るのをやめた。
 そのワトソンはというと、何かに憑かれたように突っ走っていて、

「ヤッホー、走ルノハ、トテモ気持チガイイデース!」

 と、またも我らの横を駆け抜けていった。

「アイツ、死ぬまで走ってるんじゃないか」
「そうかもな」

 ワトソンのことはほったらかしにすることにして、我らは歩くことにした。
 ふと、奈美と真紀のことが気になり、園内を見渡すと、ふたりはアスレッチク・ジムで仲良く遊んでいる。
 夢中になっている様子をみると、まだまだ帰らずにすみそうだ。
 それならば、ここは思う存分、楽しいことをするに限る。

「なァ、マイケル。なにか楽しいことをしないか」
「うん、いいね。それで、なにをするんだ?」
「そうだな……」

 吾輩から誘っておきながら、いざ、何をするかと考えれば、これがなかなか思い浮かばない。

「なんだよ、ゴン太。おまえから楽しいことをしないかって言ったんだから、なにかあるんだろ?」
「うむ……」

 急かされると、なおさらのこと何も浮かんでこない。

「すまん、なにもない」
「って、ノー・プランかよ!」
「ハハ、すまん、すまん」

 吾輩は笑ってごまかす。

「しょうがねえなァ。じゃあ、こんなのはどうだ? あそこにヨークシャ・テリアのチビ助を連れてる女がいるだろ?」

 マイケルの視線の先に、吾輩は眼を向ける。

「あの、きれいな女の人か?」
「そうそう。あの女のスカートの中に、おいらたちの顔をもぐり込ませるっていうのは、面白そうじゃないか? 『キャー!』とかいって驚くぜ、きっと」
「なんだよ、それ」
「ダメか。だったら、ほら、あそこのベタベタしたカップル。前髪をやたらと気にして触ってる、あの男のジーンズを引き下ろすってのはどうよ。どうせ腰までずり下がってるんだから、いっそのこと足首まで下げてやったほうがいいと思わないか?」
「――――」

 呆れてものが言えず、吾輩は顔をしかめた。

「それもダメなら、そうだな。じゃ、あれは? 砂場でガキどもが砂山を作って遊んでるだろ? あの砂山を思いっきり踏んづけて、ブチ壊してやるってのはいいんじゃないか。スカッとするぜ」

 いまにもそうしたいとでもいうように、マイケルは身体をうずうずさせている。
 それにしても、どうしたらそんな屈折した考えに及ぶのだろうのか。

「マイケル」

 吾輩はマイケルを呼んだ。

「ん? なんだ」

 マイケルが訊き返す。

「おまえって、すごいな」

 決してそれは褒め言葉ではないが、

「そうだろ。よく言われるよ。おいらは楽しいことを考える天才なんだ」

 マイケルは、そのまま褒め言葉として受け取ったらしい。
 そんなマイケルが少し心配になって、

「いや、そういうことではなくて、ある意味ヤバイぞ、マイケル」

 吾輩は言った。

「なんだよ。楽しいことしようって言ったのは、ゴン太じゃないか」
「確かにそうだけどさ、いま言ったことをひとつでもやれば、この公園を出入り禁止どころではすまされないぞ。保健所送りだよ」
「保健所? そこって、恐怖のガス室があるって言われてるところか?」
「そうさ。あそこに収容されたら、二度とシャバの空気は吸えないっていうからな。これまで、どれだけの我が種族が還らぬ者となったことか」
「オオ、恐いな」

 マイケルは全身をブルブルっと震わせたのだった。
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