柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 13】

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 吾輩は、マイケルがDVにあっているのではないかと心配になって、

「だろ? だったら、おまえが言ったことは、考えるのもやめることだな。それにしてもマイケル。人間に恨みでもあるのか? っていうか、ご主人から虐待を受けたりしているんじゃないのか?」

 そう訊いてみた。
 するとマイケルは、

「確かに、そうかもしれないな……」

 そこで、何やら考えるような顔になって、

「ティッシュの箱を噛み千切って、部屋中ティッシュを撒き散らしただけで殴られ、ベッドの上にウンコをしただけでも殴られ、ご主人お気に入りのブーツに、オシッコをかけて台無しにしたってくらいで殴られるからな」
(おいおい、それは殴られて当然だろうよ……)

 吾輩は、マイケルを白い眼で見た。

「それに、おいらのご主人はさ、夜に仕事へ行って朝帰ってくるだろ? 酒臭い息で、無理にキスをしてくるからたまらないんだよ。それじゃなくても、息が臭くてかなわないっていうのにさ。おいらも食わせてもらってる手前、嫌々ながらもキスに応えてペロペロ舐めてやるんだけど、マジで吐きそうになるよ。考えてみれば、これ以上の虐待はないな」
「そうか。おまえも大変だな」
「それにさ」
「なんだ、まだあるのか。いま、これ以上の虐待はないって言ったじゃないか」
「いや、ある。精神的虐待がな。まあ、聞いてくれ。おいらのご主人は、週になんどかオカマの仲間を連れて帰ってくるんだよ。これがもう天文学的に気味の悪いヤツらばかりでさ。『マイケルって可愛い! もう、ギュウってしてやるゥ!』って言いながら、寄ってたかっておいらをもてあそぶんだ。おいらは完全にオモチャさ。ほんとマジで、ペット侵害で訴えてやりたいよ」
「ひどいな、それは」

 話を聞いてみれば、マイケルが屈折した考えに及ぶのもうなずける。
 しかし、他人事では、いや、他犬事(いぬごと)ではない、とでも言うべきか。
 我が大原家にも、天災といえる真紀がいる。
 幼き彼女からすれば、吾輩はやはり、ただのオモチャなのだろうが、とは言え、吾輩の場合は命にかかわる恐れが多大にある。
 それに比べれば、マイケルはまだいいほうだ。
 考えてみれば、吾輩やマイケルのように、虐げられているペットは少なくないのではないか。
 もしそうであるなら、虐げられたペット同士が団結し、弁護士会に訴え出るべきだ。

「だけどさ。ふだんのご主人はすごくやさしいから、我慢もしなくちゃいけないんだよ。それに、おいらの前でグチを言いながら、涙をぽろぽろこぼして泣いたりするんだぜ。そんな姿を見たら、なんか可愛く思えちゃってさ。思わず涙を舐めてやると、大声を上げてまた泣くんだよ。『おまえは、やさしい子だね』とか言ってさ。人間ってのは、孤独な生き物なんだよ。だから、おいらたちがそばにいてやらなきゃいけないんだ。そう思わないか? ゴン太」
「え、あ、うん、そうだな……」

 吾輩は自分を恥じた。
 そうなのだ。
 マイケルの言うとおりである。
 人間を訴えてやるなどと、真剣に考えてしまった自分が恥ずかしくてならない。
 ましてや、真紀は幼い子供だというのに。
 真紀の行為は、けして虐待でもなんでもない。
 彼女にすれば遊んでいるだけなのだ。
 まだ、善悪も加減というものもわからない、円らな瞳の天使なのだから。
 もっと寛容な心で、受け止めてやらねばならない。
 そう、マイケルが言ったように、我らがそばにいてやらなければならないのだ。

「マイケル。いまの感動したよ。おまえって、いいヤツだな」
「なんだよ、いままで知らなかったのか? ま、わかればいいさ。それより、あの砂山ブチ壊してやろうぜ。走りながら突っこんでいけば、ワザとやったとは思われないさ。それなら、保健所送りにもならないと思うぜ」
「おいおい……」

 感動を覚えたおのれが馬鹿だった。
 吾輩はツッコミを入れる気力も、失せてしまったのだった。
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