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【Episode 36】
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「蛙のくせに、ですか?」
そいつが言った。
「そうじゃないよ。吾輩は感服しているんだ。おまえ、あ、いや、あなたのようなことを言う生き物に、初めて出会いました。あなたは、よほど名のある蛙じゃないのですか?」
きっとそうに違いない。
「いえいえ、私は、どこにでもいる一匹の蛙ですよ」
「またまた、そんなご謙遜を。どこにでもいる蛙が、真理を語ったりしませんよ。ね、教えてください。あなたは何者ですか」
「ハハハ。いやはや、参りましたね。私はほんとうに何者でもありません。ただ、あちらこちらと旅をつづけてまいりましたから、いらぬ知識ばかりが、身についてしまったのでしょう」
「いらぬ知識などではないですよ。吾輩は尊敬します。あなたが人間なら、すごい人物になっているでしょう」
謙虚なところが実にいい。
吾輩は感心然りであった。
「人間ですか。私も人間ならばよかったと思うときがあります。人間は素晴らしい生き物ですからね。私がそう思うようになったのは、もっともすばらしい人間と遭遇したからなのです」
「なるほど。それで、そのもっともすばらしい人間とは、どんな人なんですか?」
「はい。旅の途中のことですが、私は、あるお寺に入りこんだのです。そこには、私にちょうど頃合の池がありまして、旅の疲れをそこで癒そうとしたのです。池は本堂の横手にあるのですが、窓を開け放たれたその本堂の仏前で、お寺の住職が読経を読んでおりました。私は、胸に染み渡ってくるその読経に聞き入ってしまい、しばらくそのお寺に滞在することにしたのです。あるとき、人間世界でいう法事というものがあって、本堂にはたくさんの人間が集まりました。その人々の前で住職が語っていたことに、私は心を奪われたのです。その言葉は私の心に降り積もっていくようでした。実を申しますと、いま私がお話ししたことは、その住職が語っていたことなのです。これでおわかりになったでしょう。私がただの蛙だということが」
「そうだとしても、あなたは立派な蛙ですよ。真理については、吾輩には難しくてわかりませんが、あなたが立派だということはわかります。是非ともあなたを師と仰ぎたい。どうか吾輩を弟子にしてくれませんか」
吾輩は心からそう思った。
「な、なにをおっしゃいます、弟子などと。そんなことはとんでもありません。分不相応なことです」
「だめですか」
「はい。固くお断りします」
「そうですか……。それでは、せめて先生と呼ばせてください。ね、それならいいでしょう。お願いします」
吾輩は身を伏せ、頭を下げた。
「あなたも困った方だ。そうですね。夕食にもお招きいただくことですし」
「いいんですね。よかった」
「あなたは変った方ですね。蛙である私の弟子になりたいなどと」
「だから先生、蛙も犬も関係ないんですよ。これも相対性ってやつじゃないんですか?」
「はい、確かに」
「そうか、うん……。ほんの少しだけ、真理というものに近づけましたかね」
「いやいや、少しどころではありませんよ。あなたは十分に真理を理解なさっています」
「そうですか。ハハハハハ」
吾輩はまたも気を良くした。
「ところで、先生はこれからも旅をつづけるのですか?」
「はい。生ある限り、終わりなき旅を。今日はあなたと出会えてほんとうによかった。いえ、やっと会えたといったほうがいいでしょうか。この素敵な出会いに感謝致します。これも、対面同席五百生と言うものでしょう」
「怠慢どうしたらいいでしょう、ですか?」
吾輩はまったく理解ができず、小首をかしげた。
そいつが言った。
「そうじゃないよ。吾輩は感服しているんだ。おまえ、あ、いや、あなたのようなことを言う生き物に、初めて出会いました。あなたは、よほど名のある蛙じゃないのですか?」
きっとそうに違いない。
「いえいえ、私は、どこにでもいる一匹の蛙ですよ」
「またまた、そんなご謙遜を。どこにでもいる蛙が、真理を語ったりしませんよ。ね、教えてください。あなたは何者ですか」
「ハハハ。いやはや、参りましたね。私はほんとうに何者でもありません。ただ、あちらこちらと旅をつづけてまいりましたから、いらぬ知識ばかりが、身についてしまったのでしょう」
「いらぬ知識などではないですよ。吾輩は尊敬します。あなたが人間なら、すごい人物になっているでしょう」
謙虚なところが実にいい。
吾輩は感心然りであった。
「人間ですか。私も人間ならばよかったと思うときがあります。人間は素晴らしい生き物ですからね。私がそう思うようになったのは、もっともすばらしい人間と遭遇したからなのです」
「なるほど。それで、そのもっともすばらしい人間とは、どんな人なんですか?」
「はい。旅の途中のことですが、私は、あるお寺に入りこんだのです。そこには、私にちょうど頃合の池がありまして、旅の疲れをそこで癒そうとしたのです。池は本堂の横手にあるのですが、窓を開け放たれたその本堂の仏前で、お寺の住職が読経を読んでおりました。私は、胸に染み渡ってくるその読経に聞き入ってしまい、しばらくそのお寺に滞在することにしたのです。あるとき、人間世界でいう法事というものがあって、本堂にはたくさんの人間が集まりました。その人々の前で住職が語っていたことに、私は心を奪われたのです。その言葉は私の心に降り積もっていくようでした。実を申しますと、いま私がお話ししたことは、その住職が語っていたことなのです。これでおわかりになったでしょう。私がただの蛙だということが」
「そうだとしても、あなたは立派な蛙ですよ。真理については、吾輩には難しくてわかりませんが、あなたが立派だということはわかります。是非ともあなたを師と仰ぎたい。どうか吾輩を弟子にしてくれませんか」
吾輩は心からそう思った。
「な、なにをおっしゃいます、弟子などと。そんなことはとんでもありません。分不相応なことです」
「だめですか」
「はい。固くお断りします」
「そうですか……。それでは、せめて先生と呼ばせてください。ね、それならいいでしょう。お願いします」
吾輩は身を伏せ、頭を下げた。
「あなたも困った方だ。そうですね。夕食にもお招きいただくことですし」
「いいんですね。よかった」
「あなたは変った方ですね。蛙である私の弟子になりたいなどと」
「だから先生、蛙も犬も関係ないんですよ。これも相対性ってやつじゃないんですか?」
「はい、確かに」
「そうか、うん……。ほんの少しだけ、真理というものに近づけましたかね」
「いやいや、少しどころではありませんよ。あなたは十分に真理を理解なさっています」
「そうですか。ハハハハハ」
吾輩はまたも気を良くした。
「ところで、先生はこれからも旅をつづけるのですか?」
「はい。生ある限り、終わりなき旅を。今日はあなたと出会えてほんとうによかった。いえ、やっと会えたといったほうがいいでしょうか。この素敵な出会いに感謝致します。これも、対面同席五百生と言うものでしょう」
「怠慢どうしたらいいでしょう、ですか?」
吾輩はまったく理解ができず、小首をかしげた。
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