柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 44】

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 いよいよ夏が到来した。

 これでもか! んー、これでもか! 

 と降り注ぐ灼熱の陽光は、この身を焼きつくさんばかりである。
 あまりの暑さに犬小屋に入ってはいるが、中はサウナと化している。
 うだるどころか、溶けてしまいそうだ。
 吾輩はだらしなく舌を出し、「ハッハッハッハッ」と息を吐く。
 と言って笑っているわけではない。
 体温を下げるために、せわしなく息を吐いているのだ。
 この暑さはいったいなんだというのだ。
 やばすぎるどころの話しではない。
 この世が燃えつきないのが不思議なほどである。
 どうして我らは、この暑さの中で、毛をたんまりと纏(まと)っていなければならないのか。
 まるで拷問である。
 この毛を脱ぐことができたら、どれだけ幸せであろうことか。
 そんなことを考えていると、なおさらのこと暑くなるので、何も考えないようにする。
 心頭滅却すれば火もまた涼し、の極意である。

(うむ…・・・、むむ……、ぐぐぐ……)

 いかんいかん。
 集中である。

(心頭……、滅却……、す、すれば……、火もまた、また……、うぐぐぐぐ……)

 いやー涼しくない。
 まったくもって涼しくない。
 暑いものは暑いのである。
 だいたいが、この暑さで心頭滅却などできるわけがないのである。
 人間とは、なんとわけのわからぬことを考えるのか。
 すっごく偉いお坊さんが、燃え盛る炎の中で言った言葉らしいが、我輩にはとても無理である。
 だがしかし、その一方ではエアコンなるものを作った人間もいて、心頭滅却せずとも涼むことができるのだ。
 我が家もさぞ、そのエアコンが効いていることだろう。
 吾輩としても、心頭滅却よりはエアコンのほうがいい。
 できれば、この犬小屋にもエアコンを設置してはもらえないものだろうか。
 それが駄目なら、せめてこの暑い日中のあいだだけでも、玄関の中に入れてほしいものだ。

(うぶぶぶぶ。それにしてもアヅイ。だれでもいいから、庭に水を撒いてたもれ……)

 と、吾輩の想いが通じたのか、大ママが玄関から出てきた。
 吾輩は暑さにうなだれながらも犬小屋から出た。
 大ママなら、きっと水を撒いてくれる。
 と、思いきや、大ママはなにやらお洒落な服装をしている。

「ゴン太。今日もまた暑いわねえ」

 大ママはそう言うと、日傘を差した。

『ええ、まったくです。まだ八月前でこんなに暑かったら、十二月にはどれだけ暑くなるんでしょうか』

 吾輩は大真面目にそう訊いた。
 とは言え、伝わるわけもない。

「おまえも暑そうだこと。夏だっていうのに毛皮なんて着てるんだからね」
『いや、吾輩だって脱げるものなら脱ぎたいですよ。ところで、今日はすてきじゃないですか。どこかへお出かけですか?』
「それじゃ私は、お友だちと『お役者一座』っていうカラオケ・ステージに行ってくるからね」
『え、カラオケ? いいですね。だったら、吾輩も連れていってくださいよ。前から唄いたい歌があるんですよ。吾輩はヒップ・ホップを踊るくらいですから、ラップが得意なんです。ちょっと聴いてみます? ヘイ、ヨウ、ヨウ! 夏は暑いぜ、まったくヨウ! だけどラップを唄えば、心も熱いぜ、ヒート・アップ! それができなきゃ、オーバー・ヒート! これがオイラのヒート・ナンバー! ヘイ、ヨウ! ヘイ、ヨウ! ――って、大ママ、ちょっと、どうして行ってしまうのですか……』

 吾輩にかまうことなく、大ママは門の外へ出ていった。
 この暑いのにラップなんて唄ったものだから、とたんにバテた。
 と、

 熱ッ! 熱ッ!
 
 肉球が火傷しそうになるほど地表が焼けていて、吾輩はすぐさま犬小屋にもどった。

 あー溶けるー、なんとかしてくれー!
 もう、この首輪がうっとうしー……。

 吾輩の心の叫びを聴く者はなく、昼下がりが過ぎていく。
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