柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 47】

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「うん、そうだな。確かにそうだよ。ルーシーがさよならって言ったのなんて、聞いたことがない」

 マイケルは納得したようだった。

「だろ? だからルーシーは――」
「永遠の別れを告げた」

 マイケルが、吾輩が言うのを待たずに、あとの言葉をつづけた。

「そうさ」
「でもゴン太。それって、おまえの考えすぎじゃないのか? だいいち、ルーシーがどこへ行くんだよ」
「どこか遠いところさ」
「バカ言うなよ。ルーシーのご主人て、会社の社長だぜ」
「え? ルーシーを連れて来るあの女の人って、社長なのか」
「いやいや、あの人は奥さん。社長は旦那さんのほうさ。おまえ、ルーシーとつき合ってるくせに、なにも知らないんだな」
「ルーシーとは、そういうことは話さないんだ。って言うか、どうしておまえがそんなこと知ってるんだよ」

 吾輩も知らないことを、なぜマイケルが知っているのか。

「気になるか?」
「あたり前だ」
「といっても、オレも聞いた話なんだ。ほら、マルチーズのジュリーっているだろ? アイツって、ルーシーの家の近所らしいんだ。アイツの話だと、ルーシーの家って大きくて広いらしいぜ。だからさ、遠いところに引っ越すなんてありえないよ」
「うん……」

 言われてみればそうである。
 ルーシーのご主人がサラリーマンであれば、転勤で引っ越すということも考えられる。
 だが、彼女のご主人は会社の社長なのだ。
 ましてや、大きくて広い家に住んでいるとなれば、引っ越す理由なんてどこにもない。
 とすれば、マイケルの言うように、ルーシーが永遠の別れを告げたと思ったのは、吾輩の考えすぎなのかもしれない。
 だがしかし、ほんとうに考えすぎならいいのだが、「さよなら」と言ったルーシーの声が、どうにもこうにも頭の中に反響してやまないのだ。

「ゴン太。そんなに考えこんだって、いいことはないぜ。物事は、悪いほうに考えると、ほんとにそうなるもんなんだからな」
「おい、そういうこと言うなよ」
「だから、ルーシーには、またすぐに逢えるって。『ごきげんよう』ってさ。今日はたまたま元気がなかっただけなんだよ」
「そうかな」
「そうさ」
「そうだよな。うん」

 吾輩は少し元気になった。

「それより、木陰に行かないか。ここは暑くてかなわないよ」

 吾輩とマイケルは木陰へと移動した。

「それにしても、暑すぎないか?」

 マイケルは舌を出し、「ハッハッハッハッ」と息を荒くしている。
 それは吾輩も同様である。

「だよな。アスファルトなんて、熱すぎて肉球が火傷しそうだよ」
「まったく。これだけ暑いってことは、地球温暖化が進んでいるってことだよな。いまがこんなに暑かったら、12月はどんだけ暑くなるんだよ」
「そうそう。吾輩もそう思った」
「それこそ、太陽が落ちてくるんじゃないのか?」
「――――」

 マイケルがボケて言ったのかどうかは知らないが、吾輩はあまりの暑さに、ツッコミを返す気力もなかった。
 ふいに間が空く。
 と、そこで、

「って、冬はどこだよ!」

 マイケルが、ずれたツッコミを入れたが、

「いまごろかいッ!」

 そうツッコミ返すこともなく、

「あ、そうか、冬があったんだ」

 真剣に冬を忘れていた、天然な吾輩であった。
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