柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 48】

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「だけど、こんなに暑いと、ほんとに冬は来るのかよって気がするよな」

 吾輩はうんざりと言った。

「ほんと。でも、早く冬が来てほしいよ。おいらたちは、夏よりもやっぱり冬だからな。雪なんて降ったら、庭を駆け回っちゃうよ」
「そうそう。大いに駆け回りまくっちゃうよな」

 マイケルの想いに、吾輩は同調する。

「降ってほしいよな、雪」

 と、マイケル。

「ああ、降ってほしい」

 と、吾輩。

「だけど、温暖化だからな」
「ああ、温暖化だよ」
「降らないかもな」
「かもな」
「おいらたち、来年もきっと、同じこと言ってるんだろうな」
「あァ、きっと言ってる」

 我らが、同時にため息をついたのは他でもない。
 しばらく木陰で涼んでいると、ようやく、かすかながらに気温が下がり、吹く風が心地よく感じられた。
 すると、そのとき、どこからか人の叫び声が聴こえてきた。
 吾輩は立ち上がり、耳に神経を集中した。

「どうした?」

 マイケルが訊く。

「いま、奈美の叫び声が聴こえた」

 吾輩は園内を見回し、奈美と真紀を捜す。
 だが、ふたりの姿がない。
 するとまた、叫び声がした。

「だれか助けてー!」

 その声は、確かに奈美の声だった。
 その声は川岸のほうから聴こえた。
 吾輩は瞬時に、声のしたほうへと走った。
 マイケルがあとからついてくる。
 川岸に行くと、奈美の姿があって、おたおたとしながら川沿いに歩き、しきりに真紀の名を呼んでいる。
 その視線の先に眼をやれば、川に溺れる真紀の姿があった。
 奈美は我輩に気づき、

「ゴン太。真紀が、真紀が……」

 と、顔をくしゃくしゃにして訴えかけてきた。

「おねえちゃん……、ゴフ……、たす、けて、おねえちゃ……、グブ……」

 真紀は手をばたつかせて、必死に助けを求めている。
 川の流れが緩やかなのはいいが、真紀は自力で川岸にたどり着けそうにない。
 このままでは彼女が溺れて死んでしまう。
 吾輩は意を決した。

「ゴン太。どうする気だ」

 そう言うマイケルに言葉を返す間もなく、吾輩は川の中に飛びこんだ。

(真紀、がんばれ。吾輩がいま助けにいく……)

 吾輩は前脚と後脚で懸命に水を掻いた。

(もうすぐだ。真紀! 待ってろ、すぐ行く……)

 その思いとは裏腹に、身体が前に進まない。
 それどころか身体はどんどん沈んでいく。
 どうしたことか。
 そこで気づく。

(しまった。吾輩は、カナヅチだった……)

 真紀を助けようとする気持ちでいっぱいだっただけに、そのことをすっかり忘れていた。

(ゴフ……、くそッ……)

 それでも吾輩は、真紀に向かって進もうとした。
 だが吾輩の身体は沈んでいくばかりである。

(ブブブ、ぐば……。なんてザマだ……。ぐぼ……、真紀、真紀……。いま、助けにいくぞ……。待ってろ。ブブ……、ぐ、ぐる、じい……)

 意識が遠のいていく。

(くそ……、ダメか……、真紀……)

 吾輩は沈んでいく。
 身体が動かない。
 そのとき、薄れゆく意識の中で吾輩は見た。
 黒い大きな何かが向かってくるのを。
 そして吾輩は意識を失った。
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