柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 49】

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(ワーイ、ワーイ。ケンタのチキンがいっぱいだー!!)

 吾輩の眼の前には、「どうだ、このやろう!」と言わんばかりの、ケンタのチキンが山のように積み上げられていた。
 その横には、パパをはじめ大原家全員が、笑顔を浮かべて立っている。

「さ、ゴン太の大好きなケンタだよ。たくさんお食べ」

 大ママがやさしくそう言う。

『え、これ全部、吾輩が食べてもいいんですか?』
「そうだ。全部おまえのものだ」

 と、パパ。
 って、吾輩の言葉が通じてる。 
「さ、遠慮しないで」

 と、ママ。

『いいんですか? ほんとに!』

 どこか、おかしい。

「いいに決まってるじゃない」

 と、奈美。

「いいにきまってる」

 真紀までがやさしく笑っている。
 うむむ。
 これは絶対におかしい。

『っていうか、君は川に溺れて、それで吾輩も溺れたはずではないか』
「いいから、いいから」
『あ、そうか。これは、真紀を助けようとした吾輩へのご褒美ですね』

 家族全員がうなずく。

(そうかそうか。そうであるなら、連慮なく……)

 深く考えるよりも、眼の前のケンタである。
 吾輩は夢中でケンタのチキンに食らいついた。

 うわー! うッめー! やっぱり、ケンタはサイコー!

(はぐはぐ……。なんだか知らないけど、あぐあぐ……。いいことをすれば、いいことが返ってくるものだな。はぐはぐはぐ……。これこそ、因果応報というものだ……。あぐあぐ……)

 と、そのとき、

「おい、ゴン太」

 なぜかマイケルの声がした。

「なんだ、マイケル。あぐあぐ……。悪いが、このケンタは吾輩のものだ。おまえに分け与えるほど、吾輩はできた犬ではないのだよ。はぐはぐ……」

 いまはマイケルにかまっているヒマなどない。

「ゴン太。おい!」

 マイケルさらに呼ぶ。

「なんだよ、マイケル。ケンタが欲しけりゃ、自分のご主人に買ってもらえっての」

 さすがに吾輩はイラッときた。

「ゴン太。しっかりしろ! ゴン太。ゴン太!」
「あー、もう、うるさいな!」

 と、マイケルに怒鳴りつけたところで、山のようにあったケンタが煙のごとくに消え失せ、吾輩は意識を取りもどした。
 眼を開けると、吾輩を覗きこむ、マイケルの顔があった。
 そのうしろには、彼のご主人の顔もある。

「あら、よかった。シバちゃん、眼を醒ましたのね」
(だから、ゴン太だって……)

 取りあえず、胸の中でツッコミを入れると、吾輩はハッとして立ち上がった。

「吾輩は、どうしたんだ」

 一瞬、何がどうなっているのかわからず、マイケルに訊いた。

「おまえは、川で溺れたんだよ」

 そう言われて、すぐに真紀のことが頭に浮かんだ。

「真紀は! 真紀はどうした!」

 吾輩は周囲に眼をやった。

「心配するな。あのコなら大丈夫だよ。一応、救急車で病院には行ったけどな」

「病院? それは大変だ。吾輩も行かなくては」
「だから、大丈夫だって。ちょっと水は飲んだけど、意識はしっかりしてたから」
「そうか。よかった……」

 吾輩はホッとした。
 奈美の姿がないところをみると、救急車に同乗したのだろう。

「それで、だれが助けてくれたんだ?」

 溺れて意識を失った吾輩が、助けられるわけがない。

「ドンのご主人さ。カッコよかったぜ。やって来るなり、すぐさま川に飛びこんで、あのコを助けたんだからな」
「そうなのか。吾輩まで助けてもらって、お礼のしようもない」
「おまえを助けたのは、ご主人じゃないよ」
「え? じゃ、だれが……」
「ドンさ」
「ドンだって?」
「ああ、ご主人と一緒に飛びこんでいって、沈んでいこうとするおまえの首輪を咥えて、川岸まで引き上げたんだよ」
「――――」
「アイツ、おいらたちが思ってるほど、悪いやつじゃないぜ。おいら、少し見直したよ。ドンのことを」
「そうか、ドンが……」

 意識を失うときに見た、あの黒い大きな影はドン・ビトーだったのだ。
 彼は、溺れゆく吾輩を、身を挺して救ってくれたのであった。
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