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【Episode 54】
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(さあ、散歩だー!)
吾輩は、リードをこれでもかと言わんばかりに引っ張りに引っ張り、どんどん進でゆく。
ママはそのペースに合わせて歩く。
奈美のように、我輩に引きずられたりはしないのだ。
土手を行き、公園が見えてくる。
仲間たちの中には、ドン・ビトーの姿もある。
いつもなら、ひとり草むらを嗅ぎまわったりしているのだが、今日はみんなに囲まれている。
やはり、吾輩を助けたことで、みんなから慕われるようになったのだろう。
公園に入り、ママはドン・ビトーのご主人を認めて近づいていくと、
「先日は、娘の真紀を助けていただいて、ほんとうにありがとうございました」
そう言って頭を下げた。
「いや、そんな。僕は、当然ことをしただけですから。それにこちらこそ、あんな高価なもの戴いてしまって恐縮です」
ママはあの日の翌日、ドン・ビトーのご主人が真紀を助けてくれたのだということを知って、彼女を連れて礼をしに訪ねていったのだ。
「いえ、お粗末なものをお持ちいたしまして、すみません」
何を持参していったのかは定かではない。
そしてわずかな間をおき、
「今日は、お休みですか?」
ふと、ママが訊いた。
ママもやはり、平日に休んでいることが気になったらしい。
「あ、はい。民営化になってから、郵便局も休日出勤があたり前なんです。それで今日は、そのふり替えの休みということです」
「まあ、そうなんですか。そういえば、休日でも郵便の配達がありますものねえ」
「はい」
ドン・ビトーのご主人は、白い歯を覗かせてはにかんだ。
その顔はどこか幼さを残している。
この人はいったい幾つなのだろうか。
とは言え、これで謎は解けた。
平日に、ドン・ビトーのご主人が休んでいたのは、休日出勤のふり替えだったのである。
謎が解けたところで、これ以上ふたりの会話を聴いていてもつまらない。
『ママ、リードを外してくださいよ』
吾輩は前脚で首輪を掻き、合図をする。
ママはそれに気づいて、リードを外してくれた。
さっそく吾輩は仲間のところへ向かった。
「やあ、みんな」
挨拶を交わしつつ、ドン・ビトーの前へ行く。
「やあ、ドン」
彼とは、助けてもらってから会っていなかった。
「よォ、生きてたか」
「なんとかね」
(生きてたか、ってなんだよ……)
「ま、命は大切にしないとな。俺たちの命は短いんだ」
「君のおかげだよ。ありがとう」
「よせよせ。感謝される憶えはない」
「君に憶えがなくても、吾輩はこの先ずっと忘れないよ」
「やめてくれ。オスに想われつづけるなんて、気味が悪いだけだ。俺には、そっちのケはないぜ」
「勘違いするなよ。吾輩だってそんなケはないさ」
まったく、こっちが感謝の気持ちを伝えてるっていうのに、どうして素直に受け止められないものかね。
そう思いながらドン・ビトーを見やると、彼は何か困ったように顔をしかめている。
その仕種で、彼が照れているのだということがわかった。
彼は彼なりに精一杯、吾輩の感謝の気持ちを受け止めているのだが、それをうまく表現することができないのだろう。
彼はただ、不器用なだけなのだ。
そう思うと、ものすごく親近感が湧いた。
「だけど、どうして、吾輩を助けたりしたのさ」
「ただの気紛れだ。理由があるとすれば、おまえがあの人間の子を、必死で助けようとしていたのを見たからかもしれないな。だから、おまえが勝手に溺れていただけなら、助けたりしなかっただろうよ」
いや、そうではないだろう。
彼は、吾輩が勝手に溺れていただけでも助けたに違いない。
「だがよ。おまえの無様な姿ったらなかったな」
(むむ……)
「泳ごうとすればするほど、沈んでいくんだから笑えるよ。犬のくせにカナヅチなんて、ダサすぎるぜゴン太。ハッハッハッハッ!」
(うむむむ……)
やっぱりこいつは嫌なやつだ。
友だちになろうと思ったが、絶対に嫌だ。
「ところで、ゴン太。最近、ルーシーを見かけないが、どうした?」
「知らないね。吾輩が訊きたいくらいだよ」
「なんだ、おまえ。アイツとつき合ってて知らないっていうのは、どういうことだ? さてはフラれたか。ハハ、面白い。まあ、はなからおまえとルーシーとでは、つり合いが取れないんだよ。ルーシーには俺みたいな犬の中の犬じゃないとな」
ドン・ビトーはこれ見よがしに、鋭い牙を覗かせた。
「うるさい! フラれたのは、おまえのほうじゃないか」
「お、命の恩犬に、ずいぶんとでかい口を利くじゃないか」
「君ほど、でかくはないさ」
そう言いながらも、声が震えた。
「フフン。いい度胸だ。せっかく救ってやったその命、いま奪ってやってもいいんだぜ?」
ドン・ビトーは、地の底から湧き上がるように低く唸った。
とたんに、吾輩はビビッた。
「いや、ちょっと、口が滑っただけだから、ごめんなさい。気にしないで。ほんとにもう、口が裂けたら言えません。あ、いや、言いません」
「ケッ、腰抜けが。おまえのようなやつを、どうしてルーシーが選んだのかまったくわからん。とはいえ、ルーシーも愛想をつかすだろうよ。おまえのようなヘタレじゃな。ま、その命、せいぜい大切にしろよ」
鼻で笑うと、ドン・ビトーはその場を離れていった。
吾輩は、リードをこれでもかと言わんばかりに引っ張りに引っ張り、どんどん進でゆく。
ママはそのペースに合わせて歩く。
奈美のように、我輩に引きずられたりはしないのだ。
土手を行き、公園が見えてくる。
仲間たちの中には、ドン・ビトーの姿もある。
いつもなら、ひとり草むらを嗅ぎまわったりしているのだが、今日はみんなに囲まれている。
やはり、吾輩を助けたことで、みんなから慕われるようになったのだろう。
公園に入り、ママはドン・ビトーのご主人を認めて近づいていくと、
「先日は、娘の真紀を助けていただいて、ほんとうにありがとうございました」
そう言って頭を下げた。
「いや、そんな。僕は、当然ことをしただけですから。それにこちらこそ、あんな高価なもの戴いてしまって恐縮です」
ママはあの日の翌日、ドン・ビトーのご主人が真紀を助けてくれたのだということを知って、彼女を連れて礼をしに訪ねていったのだ。
「いえ、お粗末なものをお持ちいたしまして、すみません」
何を持参していったのかは定かではない。
そしてわずかな間をおき、
「今日は、お休みですか?」
ふと、ママが訊いた。
ママもやはり、平日に休んでいることが気になったらしい。
「あ、はい。民営化になってから、郵便局も休日出勤があたり前なんです。それで今日は、そのふり替えの休みということです」
「まあ、そうなんですか。そういえば、休日でも郵便の配達がありますものねえ」
「はい」
ドン・ビトーのご主人は、白い歯を覗かせてはにかんだ。
その顔はどこか幼さを残している。
この人はいったい幾つなのだろうか。
とは言え、これで謎は解けた。
平日に、ドン・ビトーのご主人が休んでいたのは、休日出勤のふり替えだったのである。
謎が解けたところで、これ以上ふたりの会話を聴いていてもつまらない。
『ママ、リードを外してくださいよ』
吾輩は前脚で首輪を掻き、合図をする。
ママはそれに気づいて、リードを外してくれた。
さっそく吾輩は仲間のところへ向かった。
「やあ、みんな」
挨拶を交わしつつ、ドン・ビトーの前へ行く。
「やあ、ドン」
彼とは、助けてもらってから会っていなかった。
「よォ、生きてたか」
「なんとかね」
(生きてたか、ってなんだよ……)
「ま、命は大切にしないとな。俺たちの命は短いんだ」
「君のおかげだよ。ありがとう」
「よせよせ。感謝される憶えはない」
「君に憶えがなくても、吾輩はこの先ずっと忘れないよ」
「やめてくれ。オスに想われつづけるなんて、気味が悪いだけだ。俺には、そっちのケはないぜ」
「勘違いするなよ。吾輩だってそんなケはないさ」
まったく、こっちが感謝の気持ちを伝えてるっていうのに、どうして素直に受け止められないものかね。
そう思いながらドン・ビトーを見やると、彼は何か困ったように顔をしかめている。
その仕種で、彼が照れているのだということがわかった。
彼は彼なりに精一杯、吾輩の感謝の気持ちを受け止めているのだが、それをうまく表現することができないのだろう。
彼はただ、不器用なだけなのだ。
そう思うと、ものすごく親近感が湧いた。
「だけど、どうして、吾輩を助けたりしたのさ」
「ただの気紛れだ。理由があるとすれば、おまえがあの人間の子を、必死で助けようとしていたのを見たからかもしれないな。だから、おまえが勝手に溺れていただけなら、助けたりしなかっただろうよ」
いや、そうではないだろう。
彼は、吾輩が勝手に溺れていただけでも助けたに違いない。
「だがよ。おまえの無様な姿ったらなかったな」
(むむ……)
「泳ごうとすればするほど、沈んでいくんだから笑えるよ。犬のくせにカナヅチなんて、ダサすぎるぜゴン太。ハッハッハッハッ!」
(うむむむ……)
やっぱりこいつは嫌なやつだ。
友だちになろうと思ったが、絶対に嫌だ。
「ところで、ゴン太。最近、ルーシーを見かけないが、どうした?」
「知らないね。吾輩が訊きたいくらいだよ」
「なんだ、おまえ。アイツとつき合ってて知らないっていうのは、どういうことだ? さてはフラれたか。ハハ、面白い。まあ、はなからおまえとルーシーとでは、つり合いが取れないんだよ。ルーシーには俺みたいな犬の中の犬じゃないとな」
ドン・ビトーはこれ見よがしに、鋭い牙を覗かせた。
「うるさい! フラれたのは、おまえのほうじゃないか」
「お、命の恩犬に、ずいぶんとでかい口を利くじゃないか」
「君ほど、でかくはないさ」
そう言いながらも、声が震えた。
「フフン。いい度胸だ。せっかく救ってやったその命、いま奪ってやってもいいんだぜ?」
ドン・ビトーは、地の底から湧き上がるように低く唸った。
とたんに、吾輩はビビッた。
「いや、ちょっと、口が滑っただけだから、ごめんなさい。気にしないで。ほんとにもう、口が裂けたら言えません。あ、いや、言いません」
「ケッ、腰抜けが。おまえのようなやつを、どうしてルーシーが選んだのかまったくわからん。とはいえ、ルーシーも愛想をつかすだろうよ。おまえのようなヘタレじゃな。ま、その命、せいぜい大切にしろよ」
鼻で笑うと、ドン・ビトーはその場を離れていった。
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