柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

文字の大きさ
上 下
61 / 94

【Episode 61】

しおりを挟む
「アヅイー!」

 吾輩はもがいた。
 こんなときにママか大ママがいてくれたら、水道の水をホースで雨のごとくに吾輩の頭上から撒(ま)いてくれるであろうが、いかんせん、お盆なのである。
 大原家は、朝から家族そろってパパのパパだった良三――大パパの墓参りに出掛けていったのだ。
 であるからして、大原家には吾輩しかいない。
 サラも三匹の子供たちを連れて、どこかへ行ってしまった。
 こんなときこそ、番犬としての仕事をまっとうし、不審者らしき人物が我が家の周りをうろついていないか眼を光らせていなければならない。
 ならない、のだが、この暑さである。
 とてもじゃないが、そんな気力はどこへやらであった。
 そんなこんなで、吾輩がマイハウスの床に顎をあずけてぐだーとしていると、この辺りでは見かけたことのない男が、我が家の前を通りがかった。
 見るからに怪しき風貌の男である。
 ここは吾輩も、日本男犬らしく、

「ワン! ワン!」

 と吠えたいところだが、吾輩はやはりその気力もなく、怪しき風貌の男の顔をちらりと見ただけで、すぐに視線をそらしてしまった。
 とはいえ、何事もなく男は我が家を通り過ぎていったのだから、終わりよければすべてよしである。
 では、今回はこのへんで、と思ったそのとき、

 ん?
 なんだ?

 なにやら、焦げ臭い匂いがする。
 吾輩は、鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぐ。
 焦げる匂いが、どんどん強くなる。
 まさか、さっきの男が我が家を放火したのではなかろうか。
 吾輩はマイハウスを飛び出した。
 しかし、我が家が燃えている気配はなく、吾輩はほっと胸をなで下ろした。
 我が家でないとすると、ご近所さんから火の手が上がっているのではないか。
 その思いに吾輩はご近所さんに眼をやるが、煙さえも見えない。
 そうしながらも、焦げる匂いだけは強くなる一方なのである。
 はて、と小首を傾げると、なにやら頭のてっぺんが熱い。

「――?」

(熱ッ、熱ッ、アツーイッ!!!)

 あまりの熱さに、前脚で頭のてっぺんをかいた。
 すると頭の上から、まだ火のついいたままの煙草がポロリと落ちた。
 吾輩は慌てて土をかけ、転がった煙草を消した。

(なぜに、火のついた煙草が吾輩の頭のてっぺんに……)

 考えることもなく、すぐに思いあたった。
 あの男だ。
 吾輩が吠えもせず、ぐだー、としているのをいいことに、あの男が投げ捨てたのだ。

(なんてやつだ……)
 
 警察に通報してやる!

 と思ってはみたが、吾輩はスマホを持っていなかった。
 熱さが治まらぬ頭のてっぺんを前脚で触ってみると、まるで円形脱毛症のように、その部分の毛が焦げ落ちてしまっていた。
 まったく、なんて日だ。
 怒りも治まらないので、ここで一句。

 あの男 今度あったら 許すまじ――

 みなさん、煙草のポイ捨てはやめましょう。
しおりを挟む

処理中です...