柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 62】

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「ゴン太さーん!」

 ルーシーが吾輩を呼ぶ。
 それに応えて、

「ルーシー!」

 吾輩もルーシーを呼ぶ。

「気持ちがいいね」
「ええ、とっても」

 ふたりは仲良く川岸を走っている。

「ウフフ」

 ルーシーの長い毛がサラサラとなびいている。

「アハハ」

 吾輩の毛は、剛毛ゆえにまったくなびかない。

「アハハ」
「ウフフ」

 ゆく手を阻むものはなにもなかった。
 ふたりは、駆けに駆け、走りに走った。
 それなのに、まったく息が切れない。
 これなら、どこまでだって走っていける。
 横を見れば、美しいルーシーの横顔がある。

「アハハ」
「ウフフ」

 吾輩は幸せいっぱいである。
 こんなに幸せなら、吾輩はいつ死んでもいい。
 いやいや、待て。
 そんなアホな。
 幸せなのに死んでしまっては、元も子もないではないか。
 前言撤回である。
 ならば、この超ハッピーな想いをどう表現すればいいのであろう。
 何かウマい例えはないものだろうか。

(うむ……)

 と、考え込んで、ウマい例えが浮かぶわけがないのが吾輩なのである。
 では、どうする。

(ふむ……)

 と言って、どうすることもできそうにないので、願うことにする。
 願うことなら吾輩にだってできる。
 得意と言ってもいい。
 と言うことで、

 おお、神よ……。
 ルーシーとのこの幸せが、いつまでもつづきますように……。
 仏様、観音様、犬神様……。
 我が願いを叶えたまえ……。
 アーメン……。
 手と手のシワを合わせて、南無ぅ……。

 吾輩は前脚と前脚を合わせてみたが、合わさるのはシワではなく肉球だった。
 ともかく、これがもし夢ならば覚めないでほしい。
 それが心からの願いである。

「ゴン太さん。私はあなたが好きよ」

 ルーシーが言う。

「ルーシー、吾輩も君が大好きだよ」

 吾輩は幸せいっぱいである。

「ゴン太さん。私はあなたが大大好きよ」
「うれしいよ、ルーシー。吾輩は、君が想うよりも君が好きだよ」
「いいえ、ゴン太さん。私のほうが絶対、あなたが想う以上にあなたが大好きよ」
「感激だなー。そんなに、吾輩を想ってくれてるなんて。でも、ルーシーを想うこの気持ちは、だれにも負けないよ」
「なにを言うの、ゴン太。ゴン太を想う気持ちは、私のほうが上だから。ゴン太になんて負けないわよ」

 むむ、なにかおかしい。

「いやいや、ルーシー。吾輩は別に、君と張り合おうとしているわけではないんだ。って言うか、想いを張り合うこと自体がおかしいじゃないか」
「ごちゃごちゃとうるさいわね、ゴン太」

 むむむ、これは絶対におかしい。
 ルーシーが、こんなことを言うはずがない。
 吾輩のことも、呼び捨てにするなどと。

「あ、あのルーシー。君はルーシーだよね」

 思わず吾輩はそう訊いた。

「なにを言ってるのよ。あんた、寝ぼけてるの?」

 むむむむ。
 呼び捨てだったのが、今度は「あんた」に変わった。
 それに、この口調はあいつと同じだ。
 あいつと言えば、そう、

「ルーシー、君はサラと友だちになったのかい? だから、そんな口調に」

 サラである。

「ゴン太。あんた、ほんとに夢でも見てるんじゃないの?」

 え?
 夢? 
 これが夢だって?
 確かに、夢なら覚めないでほしいとお願いはしたけれど、まさかほんとに、夢だとでも言うのか。
 って言うか、あれ?
 いつの間にか、目の前にいるのはサラだった。

「サラ、どうしてそこに?」
「なに言ってるの、私はずっとここにいたわよ」
「なに? ではルーシーはどこだ?」
「ルーシー? ルーシーって、だれよ」
「ルーシーは、おまえとは似ても似つかない――」

 と、そのとき、まったくもって強引に吾輩は眼を覚ました。
 前脚で瞼をこすって片目だけを開けると、そこにサラが――あ、いや、サラではなく、

「旦那、あっしです」

 ポン吉がひょいっと頭を下げたのだった。
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