柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【スピン・オフ】改めて、マイケルの一日

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 こんにちワン!
 前回に引きつづき、ゴン太です。
 作者は、

「肩痛いよー、腰痛いよー、疲れたよー」

 と、わめきながら休んでおります。
 と言うわけで、今回こそ「マイケルの一日」を話そうと思ってます。
 コージー犬のマイケルは、みなさんもご存じのように吾輩の親友です。
 出逢ったときからすぐに意気投合し、契りは交わしていないが無二の親友となったわけです。
 基本的にいいやつなのですが、ときに、わけのわからぬことを口走ったりします。
 それが生まれつきなのか、それとも、オカマのご主人の影響なのかは知るよしもありません。
 ともあれ、吾輩の親友、マイケルの一日をご堪能ください。

 陽が昇り、会社へと出勤するために人々が駅へと向かう七時過ぎ。
 それまで、すやすやと眠っていたマイケルは、自宅のマンションのエレベーターが上がってくる微かな音を耳にして、むくっと顔を上げた。
 自宅は六階にあり、エレベーターがその階に止まってドアが開くと、

「ハーハは来ましーたァー♪ 今日もー来ーたァー♪」

 と唄うだみ声が聴こえてきて、マイケルは玄関に向かった。
 マイケルのご主人は、酔って機嫌がいいとその曲を唄いながら帰ってくる。

 なんで、岸壁の母なんだよ!

 などと、吾輩のようにツッコみを入れたりしないマイケルは、シッポがないのでお尻をふってご主人が玄関のドアを開けるのを待った。
 玄関のドアを見つめ、マイケルは「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と笑って――あ、いや、荒く息を吐き、テンションも上がってオシッコをちょっとだけチビらせた。
 しかし、そのマイケルをよそに、

「こーの岸壁にー、今日もまーたー♪」

 ドアの向こうから、だみ声の唄は聴こえてくるが、一向に鍵を開ける気配がない。
 なぜなら、ご主人は鍵を口許へ持っていき、マイク代わりにして唄っているのだ。
 一度唄い始めたらこのご主人、フルコーラスを熱唱しないと気がすまない。

「だったら、部屋に入ってから好きなだけ唄えばいいじゃないか。他の住人に迷惑だろう」

 という声が聴こえてきそうだが、もうすでに六階に住む住人たちは大迷惑をこうむっていた。
 ご主人の自宅はエレベーターの前にあるので、出勤しようと部屋から出てくる住人たちは、否応なしに熱唱する奇 怪なオカマに出くわしてしまう。
 ご主人は熱唱しながらも住人に会うと、

「行ってらっしゃーい♥」

 などと色気をふりまいて声を掛けるので、声を掛けられた住人のほうはたまったものじゃない。
 引きつった笑みを浮かべてやり過ごし、エレベ-ターのボタンを「早く来い!」とばかりになんども押すのだ。
 いまでは、出勤前に廊下でご主人の唄声が聴こえるようなら、住人たちは玄関を出ずに唄が終わるまでジッと待つか、エレベーターを使わずに非常階段で下へ降りなければならなかった。
 当然、管理会社へはクレームの電話がやんやと入っているだろうと思いきや、不思議なことに一本のクレームも入っていなかった。
 なんと心やさしき住人たちであろうか。
 いやいや、そうではない。
 住人たちは、

 触らぬ神に祟りなし――

 ただただ、そう思っているのだった。
 しっかりと、岸壁の母を完璧にフルコーラスで唄い切ったご主人は、ようやく鍵を鍵穴に差し込んだ。
 余談ではあるが、ご主人がメガマックスにテンション上げ上げのときは北島三郎の「北の漁場」をフルで唄い、テンションぐだ下がりでブルーになったときは、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」をダークに沈んでいるにもかかわらず、やはりフルで唄うのであった。
 話がそれてしまったので、ここでもどそう。
 玄関のドアが開くと、マイケルは「うれし、うれし」と全身で表現してご主人を迎えた。

「ただいまー、マイケルーン♥」

 ご主人はその場に屈みこんで、マイケルの顔を両手でめーいっぱい撫でながら頬ずりをする。

 うわ、酒クッセー!
 キモイー!
 頬をすりすりするなー! 

 そう思いながらも、マイケルは「うれし、うれし」とご主人の顔を舐める。

「あら、おまえったらオシッコもらして、わたしが帰ってきてうれしいのー。そんなにうれしいのー」

 決してうれしいわけではないが、一食寝まくりつきで養われている身なれば、帰宅したときくらいは、ご機嫌をとらなければならない。
 そう思うマイケルなのであった。
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