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【Episode 81】
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「なに? いまなんて言った、小太郎」
ふり向きざまに、ドン・ビトーは小太郎を睨んだ。
「聞こえただろう、ビトー」
男犬の中で小太郎だけが、唯一ドン・ビトーを「ビトー」と呼んでいる。
その小太郎は、ゆっくりと歩を進めてドン・ビトーの前に立った。
むろんこと、彼の四肢(しし)はまったく震えていない。
小太郎はドン・ビトーを見上げて、睨み返している。
ドン・ビトーと比べれば、成犬と仔犬ほどの体躯の差がある。
吾輩と比べても小さいのだ。
それでありながら、臆するところなど微塵もなく、小太郎はドン・ビトーと対峙(たいじ)しているのである。
なという肝(きも)の太さであろうか。
肝の太さなら、きっとドン・ビトーよりも勝っているのではないだろうか。
「ククク、確かにな。よく聞こえたよ。俺が訊き返したのは確認のためだ。俺様にあんな口を利くとは、身の程知らずもいいところだからな。そうか、じゃあ覚悟ができているいうわけだな。俺様の牙で、身体をズタズタされてもかまわないという覚悟が」
ドン・ビトーは吾輩にもしたように、顔を小太郎の鼻先に突き出し、牙を覗かせた。
「フン。おまえのその軟(やわ)な牙で、果たしておれの皮膚を突き破ることができるかな?」
小太郎は不敵に笑った。
「言うじゃないか。キサマをただの肉塊にしてやる」
ドン・ビトーが言う。
「できるものなら、やってみろ」
小太郎がそう返す。
睨み合う二匹のあいだに、火花が散った。
ごるる……。
ドン・ビトーが唸る。
ぐるる……。
小太郎も唸り返す。
空気が、ビリビリと張りつめる。
二匹の動向を見つめているみんなは、その場を動けずに息を呑んだ。
それは吾輩も同じであった。
「ごるるぅ……」
「ぐるるぅ……」
一触即発!
文字どおり、ドン・ビイトーと小太郎はちょっと触れただけで即バトルが始りそうであった。
あまりの緊張感に、吾輩は生唾を「ゴクリ」と音を立てて呑んでしまった。
その瞬間、「お静かに!」とで言うように、みんなの視線が一気に吾輩に向けられた。
吾輩はバツが悪くなって、意味もなく鼻の穴を広げたり窄(すぼ)めたりした。
しかし、そんなことはお構いなしに、二匹は睨み合ったままである。
その緊迫感たるや、時が経つのも忘れてしまうほどであった。
と、ドン・ビトーが前右脚をずずっと擦るように前に出した。
その動きに、みんながまた息を呑む。
どうだ!
始まるのか!!
だが、小太郎は動かない。
むむむむむ……。
手に汗握りたいが、肉球が邪魔をしてとても握れそうにない。
時だけが流れていく。
「って、いつまで睨み合ってるんだよ!」
「やるなら、さっさとやれッ!」
などと、誰も野次を飛ばすことなどできるわけもないが、みんなが焦(じ)れ始めたのは当然で、事実、無言のまま皆その場を離れ始めた。
そんななか、クララ姫はその場を離れようとせず、吾輩が声を掛けると、
「わたしのせいで、あのおふたりの争いごとになってしまったのですから、離れるわけにはいきませんわ」
そう言うので、吾輩もクララ姫の隣から動かなかった。
けれども、ご主人に呼ばれてしまっては動かないわけにはいかず、かと言って二匹に声を掛けることもままならず、クララ姫はうしろ髪を引かれる思いでその場を離れていった。
吾輩としても、クララ姫がいなければそこにいる意味がないので、そそくさとその場から退散した。
そして吾輩も奈美に呼ばれて公園をあとにしたので、ドン・ビトーと小太郎がどうなったのかはしらない。
そして、月曜日の今日。
マイケルから、ドン・ビトーと小太郎の昨日の結末を聞いた。
そのマイケルが言うにはこうだ。
一度その場を離れたマイケルだったが、二匹がいったいどうなるのかがきになった。
そこでマイケルはそっと草むらの中に身を隠すことにして、二匹の動向を見ていたのである。
二匹が睨み合うその周りに、誰もいなくなって数分が過ぎたころ、
「おい、小太郎。もう誰もいなくなったぞ」
ドン・ビトーがそう言った。
「あァ、そのようだな」
小太郎はそう答えた。
「まァ、互いの面子は保てたということで、この辺でやめにしないか」
「おれはかまわないよ。おまえとやり合ったところで、なにも得はしないからな」
「よし、決まりだ」
と、二匹は睨み合うのをやめて、向き合う形でおすわりをした。
「しかし、なんだ。この俺様に挑んでくるとは度胸があるじゃないか」
と、ドン・ビトー。
「なんのことはないさ。あの場合、おれもあとには引けなくなったというだけのことだよ」
と、小太郎。
「フン。そう謙遜するな。おまえ、気に入ったよ」
「おまえも、根は悪いやつじゃないようだな。おれも気に入った」
そのあとも、なんやかんやと互いを褒め合い、仲良く話しているのを見て、マイケルはアホらしくなって草むらからそっと離れていったということらしい。
吾輩もその話を聞いてアホらしくなった。
そして無性に腹が立ってきて、公園にドン・ビトーがまだ来ていないことを見計らって、彼がいつも匂いを嗅ぎ回っている草むらにオシッコを掛けまくってやった。
今度クララ姫になにか言ってきたら、容赦はしないぞ、ドン・ビトー!
心の中でそう叫ぶ吾輩であった。
ふり向きざまに、ドン・ビトーは小太郎を睨んだ。
「聞こえただろう、ビトー」
男犬の中で小太郎だけが、唯一ドン・ビトーを「ビトー」と呼んでいる。
その小太郎は、ゆっくりと歩を進めてドン・ビトーの前に立った。
むろんこと、彼の四肢(しし)はまったく震えていない。
小太郎はドン・ビトーを見上げて、睨み返している。
ドン・ビトーと比べれば、成犬と仔犬ほどの体躯の差がある。
吾輩と比べても小さいのだ。
それでありながら、臆するところなど微塵もなく、小太郎はドン・ビトーと対峙(たいじ)しているのである。
なという肝(きも)の太さであろうか。
肝の太さなら、きっとドン・ビトーよりも勝っているのではないだろうか。
「ククク、確かにな。よく聞こえたよ。俺が訊き返したのは確認のためだ。俺様にあんな口を利くとは、身の程知らずもいいところだからな。そうか、じゃあ覚悟ができているいうわけだな。俺様の牙で、身体をズタズタされてもかまわないという覚悟が」
ドン・ビトーは吾輩にもしたように、顔を小太郎の鼻先に突き出し、牙を覗かせた。
「フン。おまえのその軟(やわ)な牙で、果たしておれの皮膚を突き破ることができるかな?」
小太郎は不敵に笑った。
「言うじゃないか。キサマをただの肉塊にしてやる」
ドン・ビトーが言う。
「できるものなら、やってみろ」
小太郎がそう返す。
睨み合う二匹のあいだに、火花が散った。
ごるる……。
ドン・ビトーが唸る。
ぐるる……。
小太郎も唸り返す。
空気が、ビリビリと張りつめる。
二匹の動向を見つめているみんなは、その場を動けずに息を呑んだ。
それは吾輩も同じであった。
「ごるるぅ……」
「ぐるるぅ……」
一触即発!
文字どおり、ドン・ビイトーと小太郎はちょっと触れただけで即バトルが始りそうであった。
あまりの緊張感に、吾輩は生唾を「ゴクリ」と音を立てて呑んでしまった。
その瞬間、「お静かに!」とで言うように、みんなの視線が一気に吾輩に向けられた。
吾輩はバツが悪くなって、意味もなく鼻の穴を広げたり窄(すぼ)めたりした。
しかし、そんなことはお構いなしに、二匹は睨み合ったままである。
その緊迫感たるや、時が経つのも忘れてしまうほどであった。
と、ドン・ビトーが前右脚をずずっと擦るように前に出した。
その動きに、みんながまた息を呑む。
どうだ!
始まるのか!!
だが、小太郎は動かない。
むむむむむ……。
手に汗握りたいが、肉球が邪魔をしてとても握れそうにない。
時だけが流れていく。
「って、いつまで睨み合ってるんだよ!」
「やるなら、さっさとやれッ!」
などと、誰も野次を飛ばすことなどできるわけもないが、みんなが焦(じ)れ始めたのは当然で、事実、無言のまま皆その場を離れ始めた。
そんななか、クララ姫はその場を離れようとせず、吾輩が声を掛けると、
「わたしのせいで、あのおふたりの争いごとになってしまったのですから、離れるわけにはいきませんわ」
そう言うので、吾輩もクララ姫の隣から動かなかった。
けれども、ご主人に呼ばれてしまっては動かないわけにはいかず、かと言って二匹に声を掛けることもままならず、クララ姫はうしろ髪を引かれる思いでその場を離れていった。
吾輩としても、クララ姫がいなければそこにいる意味がないので、そそくさとその場から退散した。
そして吾輩も奈美に呼ばれて公園をあとにしたので、ドン・ビトーと小太郎がどうなったのかはしらない。
そして、月曜日の今日。
マイケルから、ドン・ビトーと小太郎の昨日の結末を聞いた。
そのマイケルが言うにはこうだ。
一度その場を離れたマイケルだったが、二匹がいったいどうなるのかがきになった。
そこでマイケルはそっと草むらの中に身を隠すことにして、二匹の動向を見ていたのである。
二匹が睨み合うその周りに、誰もいなくなって数分が過ぎたころ、
「おい、小太郎。もう誰もいなくなったぞ」
ドン・ビトーがそう言った。
「あァ、そのようだな」
小太郎はそう答えた。
「まァ、互いの面子は保てたということで、この辺でやめにしないか」
「おれはかまわないよ。おまえとやり合ったところで、なにも得はしないからな」
「よし、決まりだ」
と、二匹は睨み合うのをやめて、向き合う形でおすわりをした。
「しかし、なんだ。この俺様に挑んでくるとは度胸があるじゃないか」
と、ドン・ビトー。
「なんのことはないさ。あの場合、おれもあとには引けなくなったというだけのことだよ」
と、小太郎。
「フン。そう謙遜するな。おまえ、気に入ったよ」
「おまえも、根は悪いやつじゃないようだな。おれも気に入った」
そのあとも、なんやかんやと互いを褒め合い、仲良く話しているのを見て、マイケルはアホらしくなって草むらからそっと離れていったということらしい。
吾輩もその話を聞いてアホらしくなった。
そして無性に腹が立ってきて、公園にドン・ビトーがまだ来ていないことを見計らって、彼がいつも匂いを嗅ぎ回っている草むらにオシッコを掛けまくってやった。
今度クララ姫になにか言ってきたら、容赦はしないぞ、ドン・ビトー!
心の中でそう叫ぶ吾輩であった。
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