柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 82】

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 暦は10月に入った。
 前にも話したが、吾輩は秋に生を受けたのである。
 それも10月31日に生まれた。
 10月31日は、ハロウィンなのである。
 ハロウィンとは、アングロ・サクソン系民族の祭日であり、キリスト教の万聖節の前日のことをいう。
 元は古代ケルト人の祭日で、ケルト暦の大みそかにあたり、夜に悪霊や魔術師たちが外を駆けめぐって、翌年の予報を叫び歩いたの言われている。
 その習慣が現代に残り、主にアメリカで秋の収穫を祝うお祭りとして行われ、仮面を被って踊ったり、かぼちゃをくり抜いたジャック・オー・ランタンを作ったり、子供たちが魔女やお化けにコスプレして家々を訪問し、お菓子をねだるようになったのである。
 この日本でも、10年以上前から秋のイベントのひとつとして、若者を中心に行われるようになった。
 吾輩がなぜにそんなことを知っているのかと言えば、予想はついているであろうが、パパから聞かされたことなのである。
 何を隠そう、我が大原家でも3年前からハロウィンの祝うイベントを始めたらしい。
 3年前は吾輩が生まれた年であり、まだ大原家にいなかったのでわからないが、翌年のハロウィンには、パパがドラキュラ伯爵、大ママ、ママ、奈美、真紀は魔女に扮した。
 そして吾輩までがコスプレする羽目になり、シャック・オー・ランタンの被り物をほとんど強引に被らされたのだった。
 魔女に扮した奈美と真紀のコスプレ姿は、とてもかわゆかった。
 サラはと言うと、黒猫なので何者にも扮する必要なしということで、吾輩のように被り物を被らされることはなかった。
 ちなみに、その翌年に吾輩が被らされたのはフランケンシュタインの被り物で、そして昨年はゾンビであった。
 今年はいったに何を被らされることやら。
 それを考えると、いまから憂鬱(ゆううつ)である。
 しかし、ハロウィンと吾輩の誕生日が同じ日であるということで、なにやら世界で吾輩の誕生日を祝ってくれているような気がしてすごくうれしい。
 それに大原家の家族は、

「ハッピー・ハロウィン&ハッピー・バースデイ、ゴン太!」

 そう言って、ハッピーバースデイをみんなで唄い、クラッカーを鳴らしてくれるのだ。
 それどころか、ディナーにはケンタのチキンが2ピースとナゲットを3っつ、そしてポテトフライまでが添えられるのだから、このうえない至福である。
 思い浮かべただけで、よだれが溢れて出てきてしまった。
 それもそのはず、本日のディナーがまだなのである。
 腹が減ってはよだれが溢れるのも当然であった。
 とは言え、ハロウィン、いやいや、吾輩の誕生日まではまだまだ先である。
 いまからその日のことを考えていては身が持たぬ。
 吾輩は、脳裡に浮かぶケンタのチキンをふり払って身を伏せた。
 10月ともなれば、陽が落ちるもの早い。
 散歩から帰ってきたばかりだというのに、もうすっかり日が暮れてしまった。
 風が穏やかに清々しく吹いている。
 その風が、マイハウスで伏せている吾輩の鼻先をなでていく。
 なんとも心地いい。
 その心地よさにしばらく浸っていると、どこからかきれいな音色が聴こえてきた。

 リーン、リーン、リーン……。

 虫の鳴き声。
 鈴虫であろうか。

 リーン、リーン、リーン……。

 風鈴のような鳴き声に吾輩は耳を傾ける。
 すると今度は、

 チンチロリン、チンチロリン……。

 と、松虫の鳴き声が聴こえてきた。

 リーン、リーン、リーン……。
 チンチロリン、チンチロリン……。

 二重奏である。
 奏でられるその音色を、吾輩は瞼を閉じて堪能した。
 するとまた、

 チリチリチリチリ、チリチリチリ……。

 今度は、こおろぎの鳴く声が聴こえてきた。

 リーン、リーン、リーン……。
 チンチロリン、チンチロリン……。
 チリチリチリチリ、チリチリチリ……。

 とたんに三重奏が始った。

 今宵は、いい夢が見れそうだ……。

 そんなことを思いつつ、三重奏に身をゆだねていると、

 チリ、チリチリチリ、チリチリチリ……。

 というこおろぎの鳴き声だけが、三重奏からずれていくのがわかった。
 ただずれていくだけというわけではない。
 徐々にではあるが、鳴き声が大きくなっているのだ。
 吾輩は不思議に思い、瞼を開けて鳴き声のほうへ眼をやると、どうやらその鳴き声は近づいてきているようだった。
 すると、ふいに鳴き声が止まり、

 カサカサ、カサ……。

 植え込みの中から、枯葉がすれる音がかすかに聴こえてきた。
 その方向を、吾輩がジッと見つめていると、植え込みの中からこおろぎが飛び出してきたのであった。
 こおろぎは前脚を動かし、向きを変えるとまた「ピョン!」と飛んだ。
 そしてまた「ピョン!」と飛ぶ。

 むむ?

 吾輩は小首を傾げた。
 こおろぎは、どうやら吾輩に向かって飛んできているようだった。
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