バタフライ~復讐する者~

星 陽月

文字の大きさ
13 / 70

チャプター【012】

しおりを挟む
 男が、この吸血蟲を捕えることができているのは、まずは森林に入って吸血蟲が現れるのを待ち構え、数匹がやってきたところを布袋のようなもので捕獲し、あとはたちどころに森林を抜け出ているからだろう。
 しかし、いくら小動物の捕獲がままならなくなったとはいえ、吸血蟲を食料にするなど、蝶子にはとても考えられなかった。

「食べれそうにないですか」

 口にすることができずにいる蝶子を見て、男が訊いた。
 蝶子は眼に笑みを湛えて、

「はい……」

 うなずいた。

「確かに、こんなものは人の食べるものじゃないですよ。けれど、こんなものでも口にしなければ生きていけない」
「…………」

 蝶子は申し訳なさそうにうつむいてしまった。

「まあ、食べたくないものを無理強いはしません。でも、あなたは丸1日も眠っていたんです。少しでも食べておかないと身体に毒ですよ――あ、これじゃ、無理強いしているのとおなじですね」

 そう言うと男は、口許に歯を覗かせて笑った。
 笑うと目尻が垂れる男の顔は、どこか愛嬌があった。

「それはそうと、自己紹介がまだでしたね。わたしは二橋勝といいます。そして、この子は娘の美鈴です」

 男――二橋は言うと、娘の頭をなでた。
 娘の美鈴は、吸血蟲を頬張りながら蝶子の顔を見つめている。

「私は、桜木、蝶子です」
「蝶子さん、ですか。いい名前だ。それにしても、すごい回復力ですね。顔色もずいぶんよくなった」

 蝶子の顔を見ながら二橋は言った。

「助けてもらったお陰です。ありがとう」
「礼ならこの美鈴に言ってください。あなたが倒れているのを見つけたのはこの子ですから。耳は聴こえませんが、ジェスチャーや唇の動きでなんとか理解するんです」

 そう聞いて蝶子は、美鈴に顔を向けた。
 そして唇をゆっくりと動かし、「ありがとう」と礼を言った。
 美鈴は吸血蟲を咀嚼(そしゃく)しながら、こくりとうなずいた。

「それと、裸で寝ていたのは驚かれたと思いますが、あなたが身に着けていたものを脱がせたのもこの子です。だから安心してください。わたしは誓って、なにも見ていません」

 二橋は最後に、身の潔白を訴えるように言ったが、蝶子には、そのことを気に留めている様子はなかった。

「けれど、あんな場所にお嬢さんを連れていくなんて、あまりにも危険ですよ」

 蝶子のその言葉に、二橋はわずかに黙り、

「――危険じゃない場所なんて、どこにもありませんよ」

 そう言った。

「それならば、ふたりで一緒にいたほうがいい。それにこの子は、耳が聴こえない代わりに視力と嗅覚がずば抜けているんです。だから、あなたが倒れているのもすぐに発見した。残骸となった異形人(いぎょうびと)は血の匂いでね。むしろ、この子といれば、わたしのほうが危険を回避できるんですよ」

 その話を聞き、蝶子はすぐに得心(とくしん)した。
 いまのこの世界に、安全の保障がある場所などどこにもない。
 どんなに隠れ住もうとも、異形人は執拗にやってくる。
 見つかれば、あとは喰われるのを待つしかない。
 この世界で、もっとも忌むべき存在だった。

 異形人――

 それは5年前のあの大震災後、とつぜん起きた遺伝子の暴走によって、身体が変異した者たちのことだ。
 その異形人となった者たちのほとんどは、身体の変異を「進化」と捉え、自分たちを進化人(しんかびと)と呼んでいた。
 遺伝子の暴走は、なにも人間だけに及んだわけではない。
 すべての生物にも、おなじように起こった。
 ある生物は古代生物にその姿を変え、また別の生物は、巨大化した。
 人間もふくめ、その変異した者たちは、皆、一様に奇形な姿に変貌した。
 それも、磁極の移動ポールシフトによって引き起こされたものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...