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チャプター【013】
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ポールシフトは地殻に変動を起こさせ、それによって地磁気にゆがみが生じ、それが生物の遺伝子に影響を及ぼして、その形態までも変えてしまったのだと言われている。
異形人や古代生物へと変異した先祖返り。
それらがこの世界に現れてから、いったいどれだけの人間が、無残に、そして残酷に殺され、喰われてきただろうか。
とはいえ、先祖返りのほうは、よほど腹を空かしたところに出くわさないかぎり、人間を襲うことはない。
しかし、異形人は違う。
やつらは、人間の肉を好む。
要するに人間だけを襲い、喰らうのだ。
その異形人も、もとは人間である。
なのに、その人間を単なる餌としかみなしていない。
そのうえ、人間の恐怖に慄(おのの)く姿を見るのを至福とし、じわりじわりといたぶりながら、生きたまま喰らいはじめる。
喰らいながら、苦痛にゆがめる顔を眺め、苦悶に上げる絶叫を聴き、その悦びに浸り、そして嗤うのだ。
なんという卑劣で残酷な所業であろうか。
それを考えると、怒りが沸々と湧き上がってくる。
それだけに、そんな異形人たちを、次々と蝶子は駆除してきた。
だが、その原動力の源になっているのは、やはり妹を眼の前で殺された異形人への恨みが大きかった。
だからこそ蝶子は、殺された妹に誓ったのだ。
1日でも早く、あの犬の異形人を捜し出して、妹の復讐を果たすと。
その意志だけで、蝶子は生きているのだった。
「しかし――」
ふいに、二橋が言った。
「あれほどの傷を負っていたというのに、腫れや痣がもうすっかりなくなっている。ふつうなら、2週間は立つこともままならないはずなのに――あなたには、特別な力があるようだ」
そこで二橋は真顔になって蝶子を見つめると、
「蝶子さん。あなたに、無理を承知でお願いがあります」
とつぜんにそんなことを言った。その唐突さに、蝶子は言葉に窮した。
「困惑されるのは当然です。ですが、どうか聞いてください。わたしには、あなたにすがるしかない」
二橋は切羽詰まったように言うと、
「これを見てください」
膝に抱えている美鈴の右腕を取り、袖をまくり上げた。
「!――」
美鈴のその腕に、蝶子は眼を瞠った。
細く華奢な美鈴の右腕は、深緑色の光沢を持った鱗で被われていた。
「この子はいま、異形人になろうとしているんです」
「――――」
「この子の身体に変異がはじまったのは、あの大震災から半年ほどが経ったころでした。初めは身体のところどころに淡い痣のようなものができて、それでも、それ以上の変化はなく、時が過ぎていきました。それが今年になってからです。その痣がしだいに大きくなりはじめて、このような鱗になっていったんです。いまでは、全身の3分の1ほどが、この鱗に被われています」
「変異の冬眠――」
それは、変異が始りながらも、その進行が一定の期間ストップし、潜伏してしまうというケースだった。
「再び変異がはじまってしまっては、もうこの子は……」
二橋は顔を伏せ、美鈴の鱗に被われた腕をさすった。
肩が震えている。
二橋は唇を固く結び、咽び泣いていた。
そんな二橋を見ていられず、蝶子は囲炉裏の中で燃える炎へと眼を移した。
やるせなさに、胸が痛んだ。
わずかな沈黙のあり、二橋はふいに顔を上げると頬に伝った涙を手のひらで拭った。
「わたしには、どうすることもできないんです……。だから、お願いです。蝶子さん。この子をどうか、あなたの手で殺してくれませんか」
そう訴えかけた。
「――――」
想像だにしなかったその訴えに、蝶子は言葉を失った。
「とんでもないことを言っているのはわかっています。しかし、あなだからこそ、お願いするんです」
「あなただから、とはどういうことですか」
「それは――執行人である、あなただからです」
そう断言され、蝶子は何も言わずに二橋を見つめた。
異形人や古代生物へと変異した先祖返り。
それらがこの世界に現れてから、いったいどれだけの人間が、無残に、そして残酷に殺され、喰われてきただろうか。
とはいえ、先祖返りのほうは、よほど腹を空かしたところに出くわさないかぎり、人間を襲うことはない。
しかし、異形人は違う。
やつらは、人間の肉を好む。
要するに人間だけを襲い、喰らうのだ。
その異形人も、もとは人間である。
なのに、その人間を単なる餌としかみなしていない。
そのうえ、人間の恐怖に慄(おのの)く姿を見るのを至福とし、じわりじわりといたぶりながら、生きたまま喰らいはじめる。
喰らいながら、苦痛にゆがめる顔を眺め、苦悶に上げる絶叫を聴き、その悦びに浸り、そして嗤うのだ。
なんという卑劣で残酷な所業であろうか。
それを考えると、怒りが沸々と湧き上がってくる。
それだけに、そんな異形人たちを、次々と蝶子は駆除してきた。
だが、その原動力の源になっているのは、やはり妹を眼の前で殺された異形人への恨みが大きかった。
だからこそ蝶子は、殺された妹に誓ったのだ。
1日でも早く、あの犬の異形人を捜し出して、妹の復讐を果たすと。
その意志だけで、蝶子は生きているのだった。
「しかし――」
ふいに、二橋が言った。
「あれほどの傷を負っていたというのに、腫れや痣がもうすっかりなくなっている。ふつうなら、2週間は立つこともままならないはずなのに――あなたには、特別な力があるようだ」
そこで二橋は真顔になって蝶子を見つめると、
「蝶子さん。あなたに、無理を承知でお願いがあります」
とつぜんにそんなことを言った。その唐突さに、蝶子は言葉に窮した。
「困惑されるのは当然です。ですが、どうか聞いてください。わたしには、あなたにすがるしかない」
二橋は切羽詰まったように言うと、
「これを見てください」
膝に抱えている美鈴の右腕を取り、袖をまくり上げた。
「!――」
美鈴のその腕に、蝶子は眼を瞠った。
細く華奢な美鈴の右腕は、深緑色の光沢を持った鱗で被われていた。
「この子はいま、異形人になろうとしているんです」
「――――」
「この子の身体に変異がはじまったのは、あの大震災から半年ほどが経ったころでした。初めは身体のところどころに淡い痣のようなものができて、それでも、それ以上の変化はなく、時が過ぎていきました。それが今年になってからです。その痣がしだいに大きくなりはじめて、このような鱗になっていったんです。いまでは、全身の3分の1ほどが、この鱗に被われています」
「変異の冬眠――」
それは、変異が始りながらも、その進行が一定の期間ストップし、潜伏してしまうというケースだった。
「再び変異がはじまってしまっては、もうこの子は……」
二橋は顔を伏せ、美鈴の鱗に被われた腕をさすった。
肩が震えている。
二橋は唇を固く結び、咽び泣いていた。
そんな二橋を見ていられず、蝶子は囲炉裏の中で燃える炎へと眼を移した。
やるせなさに、胸が痛んだ。
わずかな沈黙のあり、二橋はふいに顔を上げると頬に伝った涙を手のひらで拭った。
「わたしには、どうすることもできないんです……。だから、お願いです。蝶子さん。この子をどうか、あなたの手で殺してくれませんか」
そう訴えかけた。
「――――」
想像だにしなかったその訴えに、蝶子は言葉を失った。
「とんでもないことを言っているのはわかっています。しかし、あなだからこそ、お願いするんです」
「あなただから、とはどういうことですか」
「それは――執行人である、あなただからです」
そう断言され、蝶子は何も言わずに二橋を見つめた。
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