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チャプター【014】
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「――そのとおりです」
二橋はうなずき、
「おかしなものですね。あなたを助けておきながら、目醒めるまではあなたを殺すことまで考え、それが目醒めたときには娘を殺してくれなどと……。わたしは、ほんとうに馬鹿です。でも、これでわたしの心は決まりました。この先、この子がどうなってしまおうと、それをしっかりと受け止め、そして受け入れるつもりです。こう思えたのも、蝶子さん、あなたのお陰です」
まるで、呪縛から解放されたような穏やかな顔になって言った。
「私はなにもしていない。あなたが思い直したのは、お嬢さんへの想いの強さですよ」
蝶子の言葉に、二橋は薄い笑みを浮かべた。
「いや、こうしてあなたに会うことがなければ、わたしは思い直すこともなかったでしょう。この先も、ただただ、この子が異形人になってしまうことへの悲しみと、憂うだけの日々をすごしていたと思います。わたしは恐れていた。そして現実から逃れようとしていた。それがいま、ようやくわかった。それもこれも、澱のようにわだかまっていた胸の裡を、あなたに吐きだすことができたからだと思います」
そこまで話を聞くと、蝶子はすっと立ち上がった。
「もう、行かれてしまうのですか」
それを見て、二橋が訊いた。
「これ以上、ここにいるわけにはいかない」
蝶子はきっぱりと答えた。
すると、それを感じ取ったのか美鈴がふいに立ち上がり、蝶子に近寄っていくと、彼女の腰に腕を回して抱きついた。
そんな美鈴の手を取り、蝶子は腰を下ろして、「ごめん。もう行かなきゃいけないんだ」と唇で伝えた。
美鈴は寂しそうな表情を浮かべたが、それでもこくりとなずいて父親のもとへともどった。
「娘は行ってほしくないようだが、しかたありませんね。執行人は人との関わりを避ける。そうでしたよね」
「執行人のことをずいぶん知っていますね。その情報はどこから」
蝶子は、思わず訊いた。
「風の噂でしかありません。しかし、時に風というものは、真実を運んで来るものです。いまのこの世界では、噂だけが唯一の情報ですからね」
「――――」
蝶子は、無言でホルスターを手に取った。
風の噂だと言うが、その情報は確かなものだった。
やはり、真実というものは、どれだけ隠そうとも自然に洩れてしまうものなのだろう。
「この国は、人々は、これからどうなるのでしょう。異形人たちが言うように、彼らがほんとうに進化したのだとするなら、人々はこのまま、滅んでいく運命なのでしょうか」
二橋のその言葉に、蝶子はとつぜんホルスターから銃を抜き、彼へと向けた。
「なにを馬鹿なことを! あれが進化なものか! そんなこと、二度と口にするな! いいな!」
それまでとはまるで別人の顔つきと、乱暴な口調で言い放った。
二橋は驚いて、銃口を見つめた。
美鈴は眼を見開き、固まったように蝶子を見ている。
蝶子はハッとして自分の失態に気づき、
「――すまない」
銃をホルスターに収めた。
「どうやら、よほど深い憎しみを抱えているようですね。よかったら、話してくれませんか」
それに蝶子は眼を瞑り、首を横にふった。
二橋もそれ以上は何も言わず、沈黙が落ちた。
沈黙の中で、囲炉裏の炎の爆ぜる音だけが、パチパチと響く。
その沈黙のあと、
「人々は滅んだりはしない。執行人は、そのためにいるんです」
硬い口調で蝶子は言うと、ホルスターを太腿に装着しはじめた。
「それだけが、人々の希望です」
二橋はぽつりとそう言い、
「蝶子さん。あなたとはもう、会うことはないでしょう。だから、最後にひとつだけ、訊いてもいいですか」
改まってそう言った。
「ええ」
ホルスターの装着をやめずに、蝶子は言った。
二橋は、その蝶子を見つめ、
「失われた世界の光と言われた、ノアのことです」
そう言った。
その言葉に、蝶子の指先がぴたりと止まった。
だが、それは一瞬のことで、蝶子はすぐに指先を動かした。
二橋はうなずき、
「おかしなものですね。あなたを助けておきながら、目醒めるまではあなたを殺すことまで考え、それが目醒めたときには娘を殺してくれなどと……。わたしは、ほんとうに馬鹿です。でも、これでわたしの心は決まりました。この先、この子がどうなってしまおうと、それをしっかりと受け止め、そして受け入れるつもりです。こう思えたのも、蝶子さん、あなたのお陰です」
まるで、呪縛から解放されたような穏やかな顔になって言った。
「私はなにもしていない。あなたが思い直したのは、お嬢さんへの想いの強さですよ」
蝶子の言葉に、二橋は薄い笑みを浮かべた。
「いや、こうしてあなたに会うことがなければ、わたしは思い直すこともなかったでしょう。この先も、ただただ、この子が異形人になってしまうことへの悲しみと、憂うだけの日々をすごしていたと思います。わたしは恐れていた。そして現実から逃れようとしていた。それがいま、ようやくわかった。それもこれも、澱のようにわだかまっていた胸の裡を、あなたに吐きだすことができたからだと思います」
そこまで話を聞くと、蝶子はすっと立ち上がった。
「もう、行かれてしまうのですか」
それを見て、二橋が訊いた。
「これ以上、ここにいるわけにはいかない」
蝶子はきっぱりと答えた。
すると、それを感じ取ったのか美鈴がふいに立ち上がり、蝶子に近寄っていくと、彼女の腰に腕を回して抱きついた。
そんな美鈴の手を取り、蝶子は腰を下ろして、「ごめん。もう行かなきゃいけないんだ」と唇で伝えた。
美鈴は寂しそうな表情を浮かべたが、それでもこくりとなずいて父親のもとへともどった。
「娘は行ってほしくないようだが、しかたありませんね。執行人は人との関わりを避ける。そうでしたよね」
「執行人のことをずいぶん知っていますね。その情報はどこから」
蝶子は、思わず訊いた。
「風の噂でしかありません。しかし、時に風というものは、真実を運んで来るものです。いまのこの世界では、噂だけが唯一の情報ですからね」
「――――」
蝶子は、無言でホルスターを手に取った。
風の噂だと言うが、その情報は確かなものだった。
やはり、真実というものは、どれだけ隠そうとも自然に洩れてしまうものなのだろう。
「この国は、人々は、これからどうなるのでしょう。異形人たちが言うように、彼らがほんとうに進化したのだとするなら、人々はこのまま、滅んでいく運命なのでしょうか」
二橋のその言葉に、蝶子はとつぜんホルスターから銃を抜き、彼へと向けた。
「なにを馬鹿なことを! あれが進化なものか! そんなこと、二度と口にするな! いいな!」
それまでとはまるで別人の顔つきと、乱暴な口調で言い放った。
二橋は驚いて、銃口を見つめた。
美鈴は眼を見開き、固まったように蝶子を見ている。
蝶子はハッとして自分の失態に気づき、
「――すまない」
銃をホルスターに収めた。
「どうやら、よほど深い憎しみを抱えているようですね。よかったら、話してくれませんか」
それに蝶子は眼を瞑り、首を横にふった。
二橋もそれ以上は何も言わず、沈黙が落ちた。
沈黙の中で、囲炉裏の炎の爆ぜる音だけが、パチパチと響く。
その沈黙のあと、
「人々は滅んだりはしない。執行人は、そのためにいるんです」
硬い口調で蝶子は言うと、ホルスターを太腿に装着しはじめた。
「それだけが、人々の希望です」
二橋はぽつりとそう言い、
「蝶子さん。あなたとはもう、会うことはないでしょう。だから、最後にひとつだけ、訊いてもいいですか」
改まってそう言った。
「ええ」
ホルスターの装着をやめずに、蝶子は言った。
二橋は、その蝶子を見つめ、
「失われた世界の光と言われた、ノアのことです」
そう言った。
その言葉に、蝶子の指先がぴたりと止まった。
だが、それは一瞬のことで、蝶子はすぐに指先を動かした。
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