バタフライ~復讐する者~

星 陽月

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チャプター【039】

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 蝶子はコンクリートの塊の上で、邪蛇が2頭目のデイノニクスをすべて呑みこむのを待った。デイノニクスの尾の先が、邪蛇の口の中に消えていく。
 そこでようやく、蝶子は地に降りた。

「さまになったじゃないか。それにしても、おまえの胃袋はずいぶんデカいんだな」

 蝶子は、邪蛇へと近づいていく。
 2頭を呑みこんだ邪蛇は、巨大なツチノコのような姿になっていた。

「まだいたのかい。とうに逃げ出したと思ったが、馬鹿なやつだねえ。それがおまえの運の尽きだよ」

 邪蛇は、にたりと嗤った。

「フン。そんなザマで、私に勝てると思っているのか」
「舐めるんじゃないよ!」

 邪蛇は、尾を見舞った。
 だが、邪蛇の尾は、蝶子には届かずに空を切った。
 それもそのはず、邪蛇の尾は、2頭のデイノニクスを呑みこみ膨らんでしまったために、尾としての役割を果たせ る長さは1メートルほどしかなかった。

「いまのはなんだ。まったく、滑稽だな」

 蝶子は、背から太刀を抜刀し、さらに邪蛇へと近づいていく。

「そんなものじゃ、私の身体は斬れないよ」

 邪蛇は余裕の表情を浮かべる。

「どうかな」

 蝶子は、太刀の柄を両手で握ると刃先を上に向け、邪蛇に向かって地を蹴った。

「あぎゃッ!」

 太刀の切っ先が、邪蛇の胴体を貫いていた。

「おまえェ、傷口を刺すなんて、汚いじゃないか……」

 切っ先が潜りこんでいたのは、1頭のデイノニクスが脚の爪で傷をつけた個所だった。

「グケェ!」

 それは、邪蛇の腹の中から聴こえた。邪蛇の胴体がぼこぼことうねる。
 呑みこまれたデイノニクスの1頭に、太刀の切っ先が刺さったのだろう。

「お腹の子が、腹を蹴っているぞ」
「このやろう!」

 邪蛇が腕を伸ばし、蝶子を摑もうとする。
 しかしその手も、膨れた腹が邪魔をして蝶子には届かなかった。
 蝶子が刺した太刀をこねる。

「ギャオッ! 痛い痛い、やめて、おねがいだよう!」

 邪蛇が懇願する。

「いままで、どれだけの人が、そうやっておまえに懇願した!」
「そんなの、憶えてないよう……」
「憶えてないだと? 人を無残に殺して喰らいながら、それを憶えてないとはどういうことだ」

 蝶子は、さらに太刀をこねる。

「あぎゃぎゃぎゃッ! やめて、やめてよう。後生だからさァ」
「後生だってえ? おまえはそれを、一度だって聞き届けたことがあったのか!」

 またもこねる。

「うぎゃあッ! やめておくれよ! し、しかたないじゃないか。私だって……好きで、異形人になったわけじゃないんだよう。人を喰らうんだってそうさ……自分を止められないんだよう。人の肉が喰らいたくなって、もうどうにもならないんだよ。あんたの言うとおりさ。こんなのは進化じゃない。そうさ、私は病気なんだよ。だからおねがいだよ。許しておくれよう」
「もう、人を喰らわないと、約束できるか」
「する、するよう。もう二度と人間を喰ったりしない。ほ、ほんとだよう」
「よし。その言葉を信じよう」

 蝶子は、いともあっさりと太刀を引いた。

「ほんとうかい? ありがとう。あんたは執行人なのに、こんな私に慈悲をかけてくれるんだねえ。いい人なんだねえ」

 邪蛇は涙を流し、手を合わせて言った。
 傷口からは、赤い血がピュピュと噴き出していた。

「おまえも、好きで異形人になったわけじゃないからな」
「そうだろう? 私はこんな姿になんかなりたくなかったんだよ。こんな姿はバケモンさ。できることなら、人間にもどりたいよ」

 邪蛇の涙はとめどがなかった。
 蝶子は、邪蛇から一歩身を退いた。
 太刀は手にしたままだった。
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