バタフライ~復讐する者~

星 陽月

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チャプター【047】

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 黙祷(もくとう)したその数瞬後、蝶子は瞼をかっと開き、立ち上がるとトイレを出て展望デッキ中央の心柱へと 向かった。
 そこには避難階段がある。
 その避難階段のドアを開けると、蝶子は第三展望台へと一気に駆け上がっていった。
 瞬く間に、第3展望台に到達した。
 凄まじい疾さだった。
 そのスピードは、短距離走のアスリートが100メートルの平地を走り抜けるよりも疾かった。
 100メートルを駆け上り、だが、蝶子に息の乱れはない。
 銃を抜き、フロアの中へと入っていった。
 異形人の姿はない。
 上のフロアにつづく、ガラス張りの展望回廊を進んでいく。
 第3展望台の、最上階のフロア。
 そこに、あの犬の異形人がいる。
 蝶子は、それまで以上に警戒心を高め、神経を張りつめさせた。
 フロアに入る。
 右前方を見ると、床の上で無造作に焚火が燃やされていているのが眼に入った。
 焚火はほとんどが燃えつきていて、いまはわずかに炎があるだけだ。
 地上から見上げたときに灯りが洩れていたのは、この炎だったらしい。
 その焚火の手前に倒れている者がいた。
 銃口を向けながら、蝶子はその者にゆっくりと近づいていった。
 異形人ではない。
 人のようだった。

「おい、しっかりしろ」

 蝶子は、銃をホルスターに収めると、その者の肩を揺すった。
 気がついたその者は、ハッとして起き上がり、

「た、助けて、喰わないで!」

 尻を床につけたまま、後ずさった。男だった。
 薄汚れたワイシャツに、よれよれの黒いズボンを穿いていた。
 怪我をしている様子はなかった。

「落ち着け。私は異形人じゃない」

 蝶子のその声に男は、恐る恐る顔を向けた。

「大丈夫か」

 蝶子を見てほっとしたのか、男は肩の力を抜くように、ひとつ息を吐いた。

「他に人はいるのか」

 蝶子の問いに、男は大きくかぶりをふった。

「犬の異形人は、どこだ」

 そう問うと、男は身体をびくつかせ、小刻みに慄えはじめた。

「知らない、知らない、知らない」

 恐怖が甦っているのだろう、怯えた眼で、その言葉をなんども連呼した。

「わかった。落ち着け。なら、ここに男がやってきたはずだ」

 その問いに男は、片腕を上げると、慄える指先で蝶子の後方を指し示した。
 蝶子は後方をふり返った。
 トイレの先に人影がある。
 その人影は、壁に背をあずけて坐りこんでいる。
 蝶子は立ち上がると、

「あんたは、ここを動くな」

 男にそう言い、後方の人影へと駆け寄っていった。
 その人影は、壁に背をあずけているというより、力つきてそこに倒れこんでいるという感じだった。
 頭ごと身体が左へと傾いでいる。

「隼人!」

 蝶子は、その人影をそう呼んだ。

「隼人!」

 もう一度その名を呼び、傾いだ男の身体を抱き起した。
 身体中に傷があるようだった。
 自然修復の機能が損なわれてしまうほど、アーマー・スーツのそこかしこが破れている。
 大半の傷はすでに塞がっているが、胸に負った傷は深く抉られていて、血があふれている。
 その傷が塞がるのには、まだ時間がかかりそうだった。

「おい、聴こえるか!」

 蝶子が身体を揺すると、桐生隼人の閉じた瞼が小刻みに動いた。

「……その声は、蝶子か……」

 かすれた声が返ってきた。
 その男の名は、桐生隼人(きりゅうはやと)。
 蝶子とおなじ、執行人である。
 あの、培養槽の中で蝶子が目醒めたとき、眼の前の培養槽の中にいたのが、この桐生隼人だった。
 彼は蝶子と同様に、培養槽の中で1度目醒め、その培養槽を破壊してラボから逃走した人物だ。
 逃走してから3日後に捕えられ、アルファ・ノアとの契約を交わした。
 桐生隼人と蝶子が、対戦闘養成プログラムを受けたのは同時期だった。
 その養成プログラムを受けたのは他に3人いたが、心を閉ざした蝶子が、気を許したのは桐生隼人だけだった。
 なぜ、彼だけに気を許すようになったのか。
 それは蝶子自身にもわからない。
 気づくと、いつしか隼人に心を開いていたのだった。
 しかし、ふたりのあいだにそれ以上の進展はなく、1年間の養成プログラムは終了した。そしてふたりは執行人となり、これが2年ぶりの再会だった。
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