バタフライ~復讐する者~

星 陽月

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チャプター【060】

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(これは……)

 蝶子は瞼を閉じた。
 妹の顔が鮮明に瞼の裏に浮かんだ。
 妹は笑っていた。

「おねえちゃん」

 そう呼ぶと、妹の顔は脳裡の奥へと消えていった。
 そしてまたすぐに、べつの顔が浮かんだ。
 それは母親の顔だ。
 母親も微笑んでいる。

「蝶子」

 やさしい声でそう呼ぶと、母親もやはり、脳裡の奥へと消えた。
 そして次に現れたのは、父親の顔だった。
 父親は少し照れたように微笑んでいる。

「蝶子」

 父親の顔も同様に消えていく。

(梨花、ママ、パパ!)

 蝶子は、胸の中で家族を呼んだ。
 すると今度は、家族で食卓を囲む光景が浮かんできた。
 それは朝食のときの光景だった。

「今日は、おねえちゃんに負けないからね」

 妹はそう言うと、ご飯の入った茶碗を口許へ持っていき、お箸で一気に口の中へと掻きこんだ。姉よりも先に朝食を食べ終え、学校へ行く準備を整えようとしているのだ。

「梨花、そんないっぺんにご飯を口の中に入れたら、喉につかえてしまうわよ」

 母親は窘めるが、その声はやさしい。

「よーし、私だって」

 蝶子も妹に負けじと、ご飯を掻きこむ。

「あら、おねえちゃんまでそんなこと」

 母親は呆れたという顔をする。

「今日こそ、おねえちゃんに負けるなよ、梨花」

 父親が梨花を応援する。

「ちょっと、あなた」

 そう言いながら、母親は微笑みを浮かべる。

 幸せな家族の団欒がそこにある。
 そうだ。
 私はこの夢を見ていたんだ。
 私は幸福に包まれながら、そうして、無意識の闇へと落ちていったのだろう。
 脳裡に浮かぶ光景が、すっと消えていく。

(梨花、ママ、パパ……)

 もう一度胸の中で呟くと、蝶子は悲しくなった。
 悲しくて悲しくてしかたがなくて、涙があふれてきた。
 眉根をよせ、堪えようとしても、涙はあとからあとからあふれてくる。

「蝶子――」

 隼人が声をかけたが、それ以上は何も言わなかった。
 蝶子の気持ちを察してのことだろう。
 膝を抱え、その膝に顔を埋めて蝶子は泣いた。
 それは蝶子が、アルファ・ノアの施設で目醒めてから初めて流す涙だった。
 しばらく泣いて、心の昂ぶりが鎮まると、蝶子は頬の涙を拭って顔を上げた。
 そして隼人に顔を向け、

「ありがとう」

 礼を言った。

「なにがだ?」
「そっとしておいてくれて」
「いや、慰める言葉が見つからなかっただけさ」

 隼人は、さらりとそう言った。
 蝶子は、口許に笑みを浮かべ、炎へと視線を移した。
 わずかな沈黙のあと、

「これまでずっと、おなじ夢を見てきた。あいつに妹を、無残に殺される夢を」

 炎に眼を向けたまま、蝶子が言った。

「辛いな、それは」

 隼人は蝶子に視線を向けた。

「それ以外の夢は、一度として見たことがなかった。まるで呪いのように。……なのに、いま見たのは、家族で朝の食卓を囲んでいたころの夢だった」
「よかったじゃないか」

 その言葉に、蝶子はまた隼人へと顔を向けた。

「呪いが解けたんだよ」

 隼人が言った。

「呪いが解けた? どういうことだ」

 蝶子が訊く。

「おまえは、妹の復讐のために、あの異形人を捜しつづけていたんだろう?」
「そうだ」
「その異形人を、おまえは捜しあてた。そして闘った」
「そのことと、いままで見つづけていた夢と、どういう関係があるというんだ」
「おまえは、その悪夢を呪いだと言ったが、それは、おまえ自身が自分にかけた呪いなんだよ」
「――――」
「蝶子。おまえは、妹の死を自分のせいだと思っているんじゃないか? 自分がそばにいながら助けられなかったと」
「――――」

 真相を突かれて、蝶子は隼人から眼を伏せた。
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