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【第8話】
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「パパ?……」
もう片方の手で瞼を擦りながら、ゆかりは父親を見上げた。
「うん、パパだよ」
高木は慌てて涙を拭った。
「ママは? かえってきた?」
「ううん、まだだよ」
母親が死んだなどと言えるわけがない。
だから、白布をかけられた母親の姿を見せたくなくて、通夜のあいだもずっと居間には近づけないようにしていた。
「そう……」
ゆかりの顔に落胆が浮かぶ。
「ママは、おしごとがいそがしいの?」
「うん、そうだね。いまはとっても忙しいみたいなんだ」
そう答えるのがやっとだった。
胸をえぐられるような痛みに、高木は耐えた。
「でも、どうしてかえってこないの? いつもママは、ほいくじょにむかえにきてくれるのに、どうしてむかえにきてくれなかったの? ママは、ゆかりよりもおしごとのほうがたいせつなの?」
ゆかりは半身を起こして言った。
「そんなわけないじゃないか。ママは世界でいちばん、ゆかりのことが大好きなんだよ。だけど、いまはどうしても帰ってこれないのさ。だから、もう少しがまんして、パパと一緒に待ってよう。いいね」
「うん……」
ゆかりはとたんにうなだれた。
小さな肩がしおれている。
「おいで」
高木はいたたまれなくなって、ゆかりを抱き上げた。
「ねえ、パパァ」
「うん?」
「ママ、すぐにかえってくる?」
「ああ、すぐに帰ってくるさ」
高木は泣くまいと涙をこらえる。
だが、こらえてもこらえても、涙はみるみる溢れてくる。
「パパ、さむいの? ふるえてるよ」
「ううん、大丈夫。寒くないよ」
「かぜをひいたらたいへんだよ。おねつがいっぱいでて、くるしくなっちゃうんだから」
その口ぶりは、母親を真似ているのだろう。
それが高木をたまらなくさせる。
「そうだね。ありがと。ゆかりはやさしいね。パパのことを心配してくれてるんだ」
「だって、パパのことだいすきだもん」
「パパも、ゆかりが大好きだよ」
声が震える。
思わず抱きしめる腕に力がこもる。
「パパ、くるしい」
「あ、ごめんごめん」
高木は腕の力をゆるめ、涙を拭うと、
「さ、ゆっくりおやすみ」
ゆかりを布団に寝かせた。
「おやすみ、パパ」
「うん、おやすみ。また明日ね」
ゆかりはこくりとうなずき、瞼を閉じるとすぐに寝息を立てはじめた。
そのやすらかな寝顔を見つめながら、高木はさめざめと泣いた。
どれだけ泣いても、涙は枯れることはなかった。
もうずいぶん、大きくなったんだろうな……。
娘のことへと思いを馳せていると、
「どうしたんだい。物思いにふけった顔をして」
焼き上がった注文の品を、カウンターの中から差し出してきて店主が訊いた。
「いや、おやじさんが孫の話なんてするから、ちょっとね」
「どうしてマサさんが、孫の話で考えこむのさ。あ、そうか。そういや、マサさんには、うちの孫とおなじくらいの娘がいたんだったね」
高木は黙ってうなずく。
「離れて暮らしてから一度も会いに行ってないって言ってたけどさ、会いに行ってやったら。娘さんだって会いたいはずだよ」
それに答えず、高木は串を口に運んだ。
俺だって会いに行きたいさ……。
ずっとずっと、そう思ってきた。
一日だって娘のことを思わなかったことはない。
日々成長していく姿を思い描けば、会いたい想いが募るばかりだった。
けれど、会いに行けるわけがなかった。
どのつら下げて、会いに行けばいいというのか。
娘と別れて5年が経ったいまでも借金は返しきれず、就職先が見つからないまま腰を据えてしまった仕事といえば、雀荘でよく卓を囲む男に紹介されたスナックの雇われマスターである。
会わせる顔などあるはずもなかった。
最低な父親だよ、俺は……。
そう思うのも無理はない。
高木は深いため息をついた。
「自分を最低な父親だと思うのは、マサさんの勝手だよ。だけどさ、どんなに最低な父親だって、娘さんからすればたったひとりの父親だよ」
店主の言葉に、高木は顔を向けた。
胸の中の呟いたつもり言葉が、つい口からこぼれ出てしまったらしい。
「それにさ、マサさん。自分を最低だと責めたって、なにも変わりはしないよ。そんなのはただ苦しむだけさ。まずは一歩を踏み出さなきゃ。その一歩が、娘さんに会いに行くってことじゃないのかい?」
「…………」
高木は言葉もなく眼を伏せた。
もう片方の手で瞼を擦りながら、ゆかりは父親を見上げた。
「うん、パパだよ」
高木は慌てて涙を拭った。
「ママは? かえってきた?」
「ううん、まだだよ」
母親が死んだなどと言えるわけがない。
だから、白布をかけられた母親の姿を見せたくなくて、通夜のあいだもずっと居間には近づけないようにしていた。
「そう……」
ゆかりの顔に落胆が浮かぶ。
「ママは、おしごとがいそがしいの?」
「うん、そうだね。いまはとっても忙しいみたいなんだ」
そう答えるのがやっとだった。
胸をえぐられるような痛みに、高木は耐えた。
「でも、どうしてかえってこないの? いつもママは、ほいくじょにむかえにきてくれるのに、どうしてむかえにきてくれなかったの? ママは、ゆかりよりもおしごとのほうがたいせつなの?」
ゆかりは半身を起こして言った。
「そんなわけないじゃないか。ママは世界でいちばん、ゆかりのことが大好きなんだよ。だけど、いまはどうしても帰ってこれないのさ。だから、もう少しがまんして、パパと一緒に待ってよう。いいね」
「うん……」
ゆかりはとたんにうなだれた。
小さな肩がしおれている。
「おいで」
高木はいたたまれなくなって、ゆかりを抱き上げた。
「ねえ、パパァ」
「うん?」
「ママ、すぐにかえってくる?」
「ああ、すぐに帰ってくるさ」
高木は泣くまいと涙をこらえる。
だが、こらえてもこらえても、涙はみるみる溢れてくる。
「パパ、さむいの? ふるえてるよ」
「ううん、大丈夫。寒くないよ」
「かぜをひいたらたいへんだよ。おねつがいっぱいでて、くるしくなっちゃうんだから」
その口ぶりは、母親を真似ているのだろう。
それが高木をたまらなくさせる。
「そうだね。ありがと。ゆかりはやさしいね。パパのことを心配してくれてるんだ」
「だって、パパのことだいすきだもん」
「パパも、ゆかりが大好きだよ」
声が震える。
思わず抱きしめる腕に力がこもる。
「パパ、くるしい」
「あ、ごめんごめん」
高木は腕の力をゆるめ、涙を拭うと、
「さ、ゆっくりおやすみ」
ゆかりを布団に寝かせた。
「おやすみ、パパ」
「うん、おやすみ。また明日ね」
ゆかりはこくりとうなずき、瞼を閉じるとすぐに寝息を立てはじめた。
そのやすらかな寝顔を見つめながら、高木はさめざめと泣いた。
どれだけ泣いても、涙は枯れることはなかった。
もうずいぶん、大きくなったんだろうな……。
娘のことへと思いを馳せていると、
「どうしたんだい。物思いにふけった顔をして」
焼き上がった注文の品を、カウンターの中から差し出してきて店主が訊いた。
「いや、おやじさんが孫の話なんてするから、ちょっとね」
「どうしてマサさんが、孫の話で考えこむのさ。あ、そうか。そういや、マサさんには、うちの孫とおなじくらいの娘がいたんだったね」
高木は黙ってうなずく。
「離れて暮らしてから一度も会いに行ってないって言ってたけどさ、会いに行ってやったら。娘さんだって会いたいはずだよ」
それに答えず、高木は串を口に運んだ。
俺だって会いに行きたいさ……。
ずっとずっと、そう思ってきた。
一日だって娘のことを思わなかったことはない。
日々成長していく姿を思い描けば、会いたい想いが募るばかりだった。
けれど、会いに行けるわけがなかった。
どのつら下げて、会いに行けばいいというのか。
娘と別れて5年が経ったいまでも借金は返しきれず、就職先が見つからないまま腰を据えてしまった仕事といえば、雀荘でよく卓を囲む男に紹介されたスナックの雇われマスターである。
会わせる顔などあるはずもなかった。
最低な父親だよ、俺は……。
そう思うのも無理はない。
高木は深いため息をついた。
「自分を最低な父親だと思うのは、マサさんの勝手だよ。だけどさ、どんなに最低な父親だって、娘さんからすればたったひとりの父親だよ」
店主の言葉に、高木は顔を向けた。
胸の中の呟いたつもり言葉が、つい口からこぼれ出てしまったらしい。
「それにさ、マサさん。自分を最低だと責めたって、なにも変わりはしないよ。そんなのはただ苦しむだけさ。まずは一歩を踏み出さなきゃ。その一歩が、娘さんに会いに行くってことじゃないのかい?」
「…………」
高木は言葉もなく眼を伏せた。
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