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【第20話】

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 クソッ、とことん死んだことを認めなけりゃよかったのかよ……。

 流れでつい認めてしまったことが悔しい。
 だが、ここであとには退きたくない。
 高木は厳しい眼光を老人に向けて近づく。

「な、なんですか。殴るおつもりですか?」

 思わず老人は後ずさる。
 と、
 高木はその場に土下座をした。

「頼む。なんとか見逃してくれ」
「そんな真似をするのはおやめなさい。さ、高木さん。立って」
「いや、あんたがわかったと言うまでは、俺は頭を上げねえ」
「そんな、ちょっと、わたしを困らせないでくださいよ」

 老人は高木に手をかけ、立ち上がらせようとするが、彼は断固として頭を上げようとしなかった。

「もう、ほんとに困りましたね」

 まったく、といったように老人はため息をついた。
 そのときであった。
 天から眩いばかりの光が射してきた。
 その光を、老人が見上げる。

「高木さん。どうやら天へと召される時間がきたようです」

 それでも高木は頭を上げようとしない。
 老人は光を見上げながら、高木からすっと背を向ける。

「どうです高木さん。これほどに美しい光を見たことがありますか?」
「――――」

 高木はそれに答えない。

「あちらの世界はどこもかしこも、このような煌びやかな光に包まれているのです。それはもう、言葉では言いつくせないほどにすばらしく、幸せに満ちあふれた世界です。それを考えたら、この世に留まるなど、つまらないことではないでしょうか。そうは思いませんか?」
「――――」

 それにも高木は答えない。
 老人はふり返って高木に眼を向けた。
 だが、そこに土下座をしていたはずの高木の姿はなかった。

「高木さん?」

 室内を見回し名を呼ぶが、高木からの返事はない。
 だがそれでも、老人はあわてる様子もなく、シーツをかけられ治療台に横たわる高木の肉体に眼を落とした。

「行かれてしまわれたか」

 ぽつりとそう言い、老人はまた光をふり仰いだ。
 天からの光は、その煌びやかさをそこなうことなく降り注いでいる。 

「これでよかったのかどうか……。いやはや、なんとも……」

 ため息交じりにそう呟いたものの、老人のその表情どこか穏やかに微笑しているように思えた。
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