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【第45話】
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「そういうことだね」
少年はくるりとふり返った。
「それにしたって、なんだよ。そのお迎えのじいさんは、あまりにもあっけなくおまえをこの世に残して行っちまったんだな」
高木は言った。
「ボクの想いを考えてくれたからだよ」
「それで34年も、ほったらかしかよ」
「うん、ほったらかし」
「っておまえ……」
高木は呆れ返った。
「だから、言ったじゃないか。34年なんてあっという間だってさ」
「だからってよ……。じゃあ訊くが、これまでずっと、おまえのおふくろさんは泣きっぱなしなのか?」
「おじさん、ずいぶんと口が悪くなってない?」
「ん? 言われて見ればそうだな。まァ、こっちがいつもの俺だから気にするな。それでどうなんだ。おふくろさんは」
「うん。毎日のように泣いていたのは、ボクが死んでから半年くらいだったかな。それからは少しずつ泣くことも減って、3年が経ったころには笑うようにもなったよ」
「だったらよ、その3年が経ったころに、お迎えが来るべきじゃなかったのか? なのにどうして、いまになってもお迎えが来ないんだ?」
「それはボクが、天国へ行ってもいいって気持ちになってないからじゃないかな」
「どうしてだよ。あ、そうか。おまえ、しなくちゃいけないことがあるって言ってたな。だからおまえは天国へ行こうとしない。それでお迎えも来ねえってわけだ。で? しなくちゃいけないことってのは、いったいなんだ」
「うん……」
少年はわずかに言いよどみ、
「ボク、おかあさんにあやまりたいんだ」
そう答えた。
その答えは、高木の胸を突き刺した。
「康太郎、おまえの気持ちはわかるがよ、おまえがどんなにあやまりたくても、おまえの声はおふくろさんには聴こえねえんだぞ」
「そんなこと、わかってるよ」
「わかってるならどうしてだ。おまえの34年間は、ただの無駄骨じゃねえかよ」
「それを言わないでよ、おじさん。いまのボクには無駄なんてなにもないんだから。ボクはただ待ってるだけだよ」
「待つ? それってお迎えをか? なんかよ、おまえの言っていることって、どうも矛盾してるんだよな」
「むじゅんて言葉はむずかしくてわからないけど、つまりおじさんは、ボクが天国へ行こうとしないのに、どうしてお迎えを待っているのか、それを知りたいんだね」
さすがに少年は聡明だ。
「そうそう、それだよ」
「なら話すけど、実はね、ボクはもう天国へ行ったっていいって思ってるんだ。おかあさんもおとうさんも、ずいぶん齢を取っちゃったしね。それに、おかあさんはまだ、ボクを喪った悲しみを抱えてる。その悲しみを引きずって苦しんでるんだ。だから、あのおじいさんが言っていたように、ボクが天国へ行くことでおかあさんが苦しみから解放されるなら、そうしようって」
「おいおい、34年も経ってからそれに気づくなんて、ちと遅すぎやしねえか?」
「うるさいな。だからなんども言うけどさ。そんな年月の長さはなんの意味もないんだ。ボクには時間の流れってものがないんだから、1秒でも1日でも1ヵ月でも、それが34年だって、ボクにとってはいまこの一瞬でしかないんだよ。おじさんだって、それくらいわかるでしょ?」
「え? あ、その、うん……」
言われてみれば確かにそうだ。
高木自身、まだ死んでから2日しか経っていないが、時間の経過をまるで感じない。
いまは朝、いまは昼といった認識はあるが、少年の言うようにすべてが「いまこの一瞬」なのである。
時間の流れというものがないのだ。
ということは、たとえ100年という時の流れも「いまこの一瞬」であって、その年月の長さに意味はなく、そして無駄ということもないのだった。
少年はくるりとふり返った。
「それにしたって、なんだよ。そのお迎えのじいさんは、あまりにもあっけなくおまえをこの世に残して行っちまったんだな」
高木は言った。
「ボクの想いを考えてくれたからだよ」
「それで34年も、ほったらかしかよ」
「うん、ほったらかし」
「っておまえ……」
高木は呆れ返った。
「だから、言ったじゃないか。34年なんてあっという間だってさ」
「だからってよ……。じゃあ訊くが、これまでずっと、おまえのおふくろさんは泣きっぱなしなのか?」
「おじさん、ずいぶんと口が悪くなってない?」
「ん? 言われて見ればそうだな。まァ、こっちがいつもの俺だから気にするな。それでどうなんだ。おふくろさんは」
「うん。毎日のように泣いていたのは、ボクが死んでから半年くらいだったかな。それからは少しずつ泣くことも減って、3年が経ったころには笑うようにもなったよ」
「だったらよ、その3年が経ったころに、お迎えが来るべきじゃなかったのか? なのにどうして、いまになってもお迎えが来ないんだ?」
「それはボクが、天国へ行ってもいいって気持ちになってないからじゃないかな」
「どうしてだよ。あ、そうか。おまえ、しなくちゃいけないことがあるって言ってたな。だからおまえは天国へ行こうとしない。それでお迎えも来ねえってわけだ。で? しなくちゃいけないことってのは、いったいなんだ」
「うん……」
少年はわずかに言いよどみ、
「ボク、おかあさんにあやまりたいんだ」
そう答えた。
その答えは、高木の胸を突き刺した。
「康太郎、おまえの気持ちはわかるがよ、おまえがどんなにあやまりたくても、おまえの声はおふくろさんには聴こえねえんだぞ」
「そんなこと、わかってるよ」
「わかってるならどうしてだ。おまえの34年間は、ただの無駄骨じゃねえかよ」
「それを言わないでよ、おじさん。いまのボクには無駄なんてなにもないんだから。ボクはただ待ってるだけだよ」
「待つ? それってお迎えをか? なんかよ、おまえの言っていることって、どうも矛盾してるんだよな」
「むじゅんて言葉はむずかしくてわからないけど、つまりおじさんは、ボクが天国へ行こうとしないのに、どうしてお迎えを待っているのか、それを知りたいんだね」
さすがに少年は聡明だ。
「そうそう、それだよ」
「なら話すけど、実はね、ボクはもう天国へ行ったっていいって思ってるんだ。おかあさんもおとうさんも、ずいぶん齢を取っちゃったしね。それに、おかあさんはまだ、ボクを喪った悲しみを抱えてる。その悲しみを引きずって苦しんでるんだ。だから、あのおじいさんが言っていたように、ボクが天国へ行くことでおかあさんが苦しみから解放されるなら、そうしようって」
「おいおい、34年も経ってからそれに気づくなんて、ちと遅すぎやしねえか?」
「うるさいな。だからなんども言うけどさ。そんな年月の長さはなんの意味もないんだ。ボクには時間の流れってものがないんだから、1秒でも1日でも1ヵ月でも、それが34年だって、ボクにとってはいまこの一瞬でしかないんだよ。おじさんだって、それくらいわかるでしょ?」
「え? あ、その、うん……」
言われてみれば確かにそうだ。
高木自身、まだ死んでから2日しか経っていないが、時間の経過をまるで感じない。
いまは朝、いまは昼といった認識はあるが、少年の言うようにすべてが「いまこの一瞬」なのである。
時間の流れというものがないのだ。
ということは、たとえ100年という時の流れも「いまこの一瞬」であって、その年月の長さに意味はなく、そして無駄ということもないのだった。
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