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【第78話】
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「そうですね……。やっぱり、ゆかりさんが学校に登校してきてからのほうがいいと思います。野中さんの話によると、葬儀が終わって高木さんの遺骨を納骨するのは初7日らしいですから、その翌日にはゆかりさんも登校してくるでしょう。学校でなら、僕も話をしやすいですから」
「……そうだな。わかった。あとはヒデに任せるよ」
高木は自分の想いを抑えた。
いまは秀夫に託すしかない。
「信じてくれるかどうかはわかりませんけど、こうなったら僕もヤケです」
「おいおい、ヤケになってどうする」
「いや、そのくらいの気持ちじゃないと話せませんよ。『君のおとうさんはいまここにいる』なんてこと。それに、あまり期待はしないでくださいね。信じてもらえないのが当然なんですから。そうなったときは、潔く諦めることです」
「わかってる。信じてもらえなけりゃ、それはしかたがねえさ。きっぱりと諦めるよ」
「そうしてください。それと、葬儀のあいだは、もう声をかけたりしないでくださいよ」
「ああ」
葬儀はしめやかに執り行われた。
いや、しめやかなのはちがいないが、参列者のない場内はしめやかをとおり越して寂しすぎた。
葬儀が始まってからも訪れるものはなく、唯一の参列者は秀夫ただひとりであった。
それを見かねてか、本来なら参列者の後方に回って式を見守る葬儀社の関係者らも、埋まることのない後列の席に坐していた。
僧侶の読経と一定に叩かれる木魚の音が木霊する中、すすり泣く者がいた。
「うッ、うッ。まだまだこれからだってのに、この若さで死んじまうとはな。惜しい男を亡くしちまったよなあ」
亡き人を惜しんでいるのは、その亡き人である高木であった。
「おじさん、なに言ってるのさ。それじゃまるで、他の人が死んだみたいじゃないか」
となりに坐る康太郎が、すすり泣く高木を呆れ顔で眺めた。
「だってよ、だってよ。俺が死んだってのに、だれも葬式に来ねえなんて哀しぎるじゃねえか。だからよ、俺のために俺が泣くしかねえんだよ。うッ、うッ」
40年という人生をふり返ってみれば、あっという間の一生であった。
人に誇れることなど何ひとつとしてない。
不幸ではなかったけれど、妻と娘を不幸にした。
妻を愛し、娘を愛しながら、甲斐性のないばかりに妻を死なせてしまった。
娘にも、父親らしいことをしてこなかった。
自分を変えなければ、なんとかしなければならない、そう思いつつ、結局何もできなかった。
いや、できなかったのではない。
何もしようとしなかったのだ。
娘に一度として会いに来なかったことだってそうだった。
娘に会いたいと思い、だが、ただそう思うばかりで、それを行動に移す努力をしなかった。
意志が弱く、意気地がなく、優柔不断で何事からも逃げてきた。
そんな男に友人などできるわけもない。
自分では友人をつくらなかったと嘯(うそぶ)いてはいるが、いいかげんでチャランポランな男の友人に、だれがなろうとするだろうか。
それだけに、知人とは浅いつき合いをしてきたつもりでいたが、実は相手からそうされていたにすぎなかった。
それを思えば、きっと、働いていたスナックのママにも、薄っぺらな性格を見抜かれていたにちがいない。
なんともマヌケな話しである。
自分の価値など、ないに等しい存在であったのだ。そんな男の死など、だれも悼むわけがない。
埋まることなくならんだこのパイプイスが、その答えだ。
だからといって、数少なかった知人たちを恨んだりはすまい。
それが、自分という男の人生だったのだと後悔もすまい。
だけれど、現実はあまりにも哀しかった。
高木は嗚咽しながら泣いた。
自分の情けなさと哀れな人生を思えば泣くしかなかった。
「そんなに泣かないでよ、おじさん。ゆかりちゃんのほうがずっとずっと哀しいんだよ。それでも、泣かずにがんばっているんじゃないか。そんなだと、ゆかりちゃんに笑われちゃうよ」
康太郎がやさしくなだめる。
この少年は、どうしてこんなにもやさしいのだろう。
「――そうだな、うん」
無理に笑った高木の顔は、涙と洟にまみれていた。
寂しすぎる葬儀は、焼香をする参列者がいないために予定よりも早く終了した。
出棺された高木の柩は葬儀社のバスの後部に乗せられ、もうなんどとなく走ったであろうルートをたどり、火葬場へと到着した。
火葬場の広いホールには高熱炉が二機ならんでおり、照明の光を冷たく反射している。
そのひとつに、ストレッチャ―に載せられた柩が運ばれていった。
「……そうだな。わかった。あとはヒデに任せるよ」
高木は自分の想いを抑えた。
いまは秀夫に託すしかない。
「信じてくれるかどうかはわかりませんけど、こうなったら僕もヤケです」
「おいおい、ヤケになってどうする」
「いや、そのくらいの気持ちじゃないと話せませんよ。『君のおとうさんはいまここにいる』なんてこと。それに、あまり期待はしないでくださいね。信じてもらえないのが当然なんですから。そうなったときは、潔く諦めることです」
「わかってる。信じてもらえなけりゃ、それはしかたがねえさ。きっぱりと諦めるよ」
「そうしてください。それと、葬儀のあいだは、もう声をかけたりしないでくださいよ」
「ああ」
葬儀はしめやかに執り行われた。
いや、しめやかなのはちがいないが、参列者のない場内はしめやかをとおり越して寂しすぎた。
葬儀が始まってからも訪れるものはなく、唯一の参列者は秀夫ただひとりであった。
それを見かねてか、本来なら参列者の後方に回って式を見守る葬儀社の関係者らも、埋まることのない後列の席に坐していた。
僧侶の読経と一定に叩かれる木魚の音が木霊する中、すすり泣く者がいた。
「うッ、うッ。まだまだこれからだってのに、この若さで死んじまうとはな。惜しい男を亡くしちまったよなあ」
亡き人を惜しんでいるのは、その亡き人である高木であった。
「おじさん、なに言ってるのさ。それじゃまるで、他の人が死んだみたいじゃないか」
となりに坐る康太郎が、すすり泣く高木を呆れ顔で眺めた。
「だってよ、だってよ。俺が死んだってのに、だれも葬式に来ねえなんて哀しぎるじゃねえか。だからよ、俺のために俺が泣くしかねえんだよ。うッ、うッ」
40年という人生をふり返ってみれば、あっという間の一生であった。
人に誇れることなど何ひとつとしてない。
不幸ではなかったけれど、妻と娘を不幸にした。
妻を愛し、娘を愛しながら、甲斐性のないばかりに妻を死なせてしまった。
娘にも、父親らしいことをしてこなかった。
自分を変えなければ、なんとかしなければならない、そう思いつつ、結局何もできなかった。
いや、できなかったのではない。
何もしようとしなかったのだ。
娘に一度として会いに来なかったことだってそうだった。
娘に会いたいと思い、だが、ただそう思うばかりで、それを行動に移す努力をしなかった。
意志が弱く、意気地がなく、優柔不断で何事からも逃げてきた。
そんな男に友人などできるわけもない。
自分では友人をつくらなかったと嘯(うそぶ)いてはいるが、いいかげんでチャランポランな男の友人に、だれがなろうとするだろうか。
それだけに、知人とは浅いつき合いをしてきたつもりでいたが、実は相手からそうされていたにすぎなかった。
それを思えば、きっと、働いていたスナックのママにも、薄っぺらな性格を見抜かれていたにちがいない。
なんともマヌケな話しである。
自分の価値など、ないに等しい存在であったのだ。そんな男の死など、だれも悼むわけがない。
埋まることなくならんだこのパイプイスが、その答えだ。
だからといって、数少なかった知人たちを恨んだりはすまい。
それが、自分という男の人生だったのだと後悔もすまい。
だけれど、現実はあまりにも哀しかった。
高木は嗚咽しながら泣いた。
自分の情けなさと哀れな人生を思えば泣くしかなかった。
「そんなに泣かないでよ、おじさん。ゆかりちゃんのほうがずっとずっと哀しいんだよ。それでも、泣かずにがんばっているんじゃないか。そんなだと、ゆかりちゃんに笑われちゃうよ」
康太郎がやさしくなだめる。
この少年は、どうしてこんなにもやさしいのだろう。
「――そうだな、うん」
無理に笑った高木の顔は、涙と洟にまみれていた。
寂しすぎる葬儀は、焼香をする参列者がいないために予定よりも早く終了した。
出棺された高木の柩は葬儀社のバスの後部に乗せられ、もうなんどとなく走ったであろうルートをたどり、火葬場へと到着した。
火葬場の広いホールには高熱炉が二機ならんでおり、照明の光を冷たく反射している。
そのひとつに、ストレッチャ―に載せられた柩が運ばれていった。
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