幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

文字の大きさ
83 / 84

【第83話】

しおりを挟む
「あ、川村先生。また気を失われては困ります」

 困り果てたような顔で玲子が言った。

「――は、はい、大丈夫です」

 秀夫は椅子から崩れ落ちそうになる身体を、テーブルに手をついて支えた。

「なんだ、そうだったんですか。まいったな。ハハハ」

 自分のマヌケさを笑うしかなかった。
 玲子が「結婚を」と言ったところで気を失い、実はそれが結婚の報告だとも知らずにプロポーズをされたのだと勘違いしてしまったのだ。
 まったくもって前代未聞の大マヌケである。
 穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。
 というか、どこをどうしたらそんな勘違いができるのであろうか。
 秀夫は額にどっと汗をかき、ポケットから取り出したハンカチでしきりに拭った。

「いや、その、勘違いとはいえ、ほんとにすみません。僕が言ったことは、バカな男のたわごとだと思って忘れてください」
「そうします。この先、学校で気まずい思いをしたくはありませんから」

 フォローもなく率直にそう言われ、秀夫は苦笑いをうかべながらヘビーに打ち沈んだ。

「結婚されるんですか……」

 肩を落とし、ため息とともにこぼれ出た言葉に、

「はい」

 明るく答えられ、秀夫はさらに闇の中へと沈んだ。

「それで、結婚式はいつなんですか?」

 日程を訊くなど辛いことだが、なぜか訊かずにはいられない。

「8月の予定です」

 玲子の声は心なしか弾んでいる。

「そうですか。それはおめでとうございます」

 秀夫は胸に針を落としたような痛みを覚えた。
 やはり訊くべきではなかった。

「それで、僕に話しがあるというのは、結婚の報告のためだったんですか」
「いえ、それもありましたけど、折り入って川村先生におねがいしたいことがあったんです」
「おねがい、ですか」
「ええ。実は、披露宴でスピーチをしていただこうかと」
「僕にスピーチを?」
「はい。弘行さん――あ、結婚相手のことですけど、彼がどうしても、川村先生におねがいしたいと言うものですから」
「それはまた、どういうことでしょうか」

 玲子の結婚相手とは面識などないはずである。
 それなのに、スピーチをしてくれとはどういうことなのだろうか。

「実はその……、私の結婚相手というのは、先生のクラスの、田島弘樹君のおとうさんなんです」
「―――――」

 驚きのあまり、秀夫は玲子を瞠目したまま、またしても固まってしまった。
 面識がないはずもなかった。
 自分の生徒の父親なのだからそれも当然のことである。
 だがまさか、その父親が玲子の結婚相手だとは思いもよらない。

「あの、先生。大丈夫ですか?」
「あ、はい。なんとか」
「驚きますよね。先生の生徒の父親が、私の結婚相手だなんて」
「いや、そんなことはありません」

 田島弘樹の父親とは父兄参観のときに対面している。
 家電メーカーに勤めている父親は、人柄のいい男だった。

「中西先生が結婚をしようと決めた人なんですから、まちがいはありませんよ」
「そう思っていただけます」
「もちろんです」
「よかった」

 玲子はホッとしたようにひと息つくと、

「彼、弘樹君のことで、川村先生に感謝しているんです」

 そう言葉をつづけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

処理中です...