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【第5話】
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「いい呑みっぷりね、里子」
奈々実が里子のワイングラスに、シャブリを注ぎ足す。
それを受けながら、
「なんにしても良かったわね、奈々実。結婚前提の彼ができたんだから」
里子が言った。
「うん、ありがと。里子には、これから色々とアドバイスしてもらわなきゃね。人生の先輩として」
「やめてよ。私だって、結婚が決まったってだけで、まだ……」
「あら? なにかふくんだような言い方をして、まさかマリッジ・ブルー? らしくないじゃない」
玲子がツッコむ。
「ううん、別にそんなんじゃないんだけど、ただね……」
「ただね?」
今度は、里子にふたりの好奇な視線が注がれる。
「自分でもよくわからないのよ。彼のこと好きだし、幸せにもなれるって思えるし、なにも問題はないはずなんだけど、それでもなにかが欠けてるような気がするのよ」
「なんか複雑ね。でも、そういうのがマリッジ・ブルーなんじゃないの?」
「そうかな……」
里子はふと考えこむ。
倉田と交際を始めてから2年が経ち、その間、波風が立つようなこともなかった。
包容力のある倉田は、どこかそそっかしいところのある里子を、
「そんなとこも、里子の魅力なんだよ」
と笑顔で包みこみ、ちょっとしたことで機嫌を悪くしても、おどけた真似をして笑わせてくれる。
何をするにも里子を優先してくれ、どんな我儘も、やはり笑顔で聞き入れてくれた。
すべてが里子を中心に廻り、まさに「女冥利に尽きる」といった感じだった。
それだけに喧嘩をしたこともなく、不満があるとすれば、その喧嘩のないことが唯一の不満なのかもしれない。
それでも、そんな倉田の心の広さとやさしさに、「この人となら、幸せになれる」そう思い、だからこそ、倉田の 誕生日を赤坂のフレンチ・レストランで祝った席で、とつぜん受けたプロポーズに里子は承諾したのだ。
それなのに、結婚式を1ヶ月後に控えながら、胸に引っかかるものを感じ、素直に歓ぶことができずにいる。
どうして……
そう自分を問い詰めても、答えは見つからない。
それがマリッジ・ブルーなのよ、そう言われればそうなのかも知れないと思う。
けれど、その反面では、それだけでは片づけられない思いが渦巻いている。
「とにかく今日はさ、奈々実に彼ができたってことで、乾杯しよう」
静まった場を盛り上げようと、玲子はシャブリのボトルを持ち、里子と奈々実のワイングラスに注いでから自分のグラスにも注ぎ足した。
「それじゃ、奈々実の幸せに」
玲子がグラスを掲げる。
「里子の幸せに」
奈々実もグラスを持つ。
「3人の幸せと、友情に」
里子もふたりに合わせ、3人は乾杯した。
店内はすでに満席になっている。
ほとんどが会社帰りのサラリーマンやOLたちだ。
皆それぞれが料理を口にし、ワインやビールを呑みながら会話に花を咲かせている。
それでも、照明が落とされ、落ち着きのある雰囲気に声を荒げたりしない。
里子たちはシャブリを2本空け、2時間ほどで店を出た。
「ワインが効いたわ。ちょっといい気分」
里子は火照った頬に手を当てた。
首まで熱が帯びている。
「ねェ、これからカラオケ行かない?」
歌を唄いたい、と玲子が言った。
里子はそれに応じたが、奈々実は、11時までに家に帰ると、彼氏に伝えてあるということで、青山通りでタクシーを拾い、
「私も行きたかったんだけど、ごめんね」
そう言いながらも、心ここにあらず、といった感じで車内へと乗りこんだ。
「じゃあね」
車窓越しに手をふる奈々実に、里子と玲子も手をふり返して走り去るタクシーを見送った。
残ったふたりの口許から、なぜかため息がこぼれた。
「里子、私も帰るわ。なんか唄う気分じゃなくなっちゃった」
口ではそう言い、その実、玲子も彼氏に逢いたくなったのだろう。
「そうね。またにしよう」
里子は察して言った。
玲子もタクシーに乗り、それを見送って里子は電車で帰ることにして地下鉄の駅に向かった。
奈々実が里子のワイングラスに、シャブリを注ぎ足す。
それを受けながら、
「なんにしても良かったわね、奈々実。結婚前提の彼ができたんだから」
里子が言った。
「うん、ありがと。里子には、これから色々とアドバイスしてもらわなきゃね。人生の先輩として」
「やめてよ。私だって、結婚が決まったってだけで、まだ……」
「あら? なにかふくんだような言い方をして、まさかマリッジ・ブルー? らしくないじゃない」
玲子がツッコむ。
「ううん、別にそんなんじゃないんだけど、ただね……」
「ただね?」
今度は、里子にふたりの好奇な視線が注がれる。
「自分でもよくわからないのよ。彼のこと好きだし、幸せにもなれるって思えるし、なにも問題はないはずなんだけど、それでもなにかが欠けてるような気がするのよ」
「なんか複雑ね。でも、そういうのがマリッジ・ブルーなんじゃないの?」
「そうかな……」
里子はふと考えこむ。
倉田と交際を始めてから2年が経ち、その間、波風が立つようなこともなかった。
包容力のある倉田は、どこかそそっかしいところのある里子を、
「そんなとこも、里子の魅力なんだよ」
と笑顔で包みこみ、ちょっとしたことで機嫌を悪くしても、おどけた真似をして笑わせてくれる。
何をするにも里子を優先してくれ、どんな我儘も、やはり笑顔で聞き入れてくれた。
すべてが里子を中心に廻り、まさに「女冥利に尽きる」といった感じだった。
それだけに喧嘩をしたこともなく、不満があるとすれば、その喧嘩のないことが唯一の不満なのかもしれない。
それでも、そんな倉田の心の広さとやさしさに、「この人となら、幸せになれる」そう思い、だからこそ、倉田の 誕生日を赤坂のフレンチ・レストランで祝った席で、とつぜん受けたプロポーズに里子は承諾したのだ。
それなのに、結婚式を1ヶ月後に控えながら、胸に引っかかるものを感じ、素直に歓ぶことができずにいる。
どうして……
そう自分を問い詰めても、答えは見つからない。
それがマリッジ・ブルーなのよ、そう言われればそうなのかも知れないと思う。
けれど、その反面では、それだけでは片づけられない思いが渦巻いている。
「とにかく今日はさ、奈々実に彼ができたってことで、乾杯しよう」
静まった場を盛り上げようと、玲子はシャブリのボトルを持ち、里子と奈々実のワイングラスに注いでから自分のグラスにも注ぎ足した。
「それじゃ、奈々実の幸せに」
玲子がグラスを掲げる。
「里子の幸せに」
奈々実もグラスを持つ。
「3人の幸せと、友情に」
里子もふたりに合わせ、3人は乾杯した。
店内はすでに満席になっている。
ほとんどが会社帰りのサラリーマンやOLたちだ。
皆それぞれが料理を口にし、ワインやビールを呑みながら会話に花を咲かせている。
それでも、照明が落とされ、落ち着きのある雰囲気に声を荒げたりしない。
里子たちはシャブリを2本空け、2時間ほどで店を出た。
「ワインが効いたわ。ちょっといい気分」
里子は火照った頬に手を当てた。
首まで熱が帯びている。
「ねェ、これからカラオケ行かない?」
歌を唄いたい、と玲子が言った。
里子はそれに応じたが、奈々実は、11時までに家に帰ると、彼氏に伝えてあるということで、青山通りでタクシーを拾い、
「私も行きたかったんだけど、ごめんね」
そう言いながらも、心ここにあらず、といった感じで車内へと乗りこんだ。
「じゃあね」
車窓越しに手をふる奈々実に、里子と玲子も手をふり返して走り去るタクシーを見送った。
残ったふたりの口許から、なぜかため息がこぼれた。
「里子、私も帰るわ。なんか唄う気分じゃなくなっちゃった」
口ではそう言い、その実、玲子も彼氏に逢いたくなったのだろう。
「そうね。またにしよう」
里子は察して言った。
玲子もタクシーに乗り、それを見送って里子は電車で帰ることにして地下鉄の駅に向かった。
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