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【第26話】
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「……わかってるよ。わかってるけど、どうしようもないんだ。オレにはふたりとも必要なんだよ」
遠藤の声が落ちた。
「そんなの、ただふたりを利用してるだけじゃない。人を好きになるのは本能だけじゃないわ。あなたは何かを見失ってる」
「だったら、どうすればいいんだよ」
「ふたりと別れることね。そうすれば傷は軽くすむわ」
その言葉に、遠藤は里子を見つめた。
「キツイこと言うんだな」
「そうよ。玲子がぼろぼろになった姿は見たくないもの」
「だったら、もうひとりと別れて、とか言うんじゃないのか、ふつうはさ」
「それができないって言ったのは、あなたよ」
「だけどさ……」
遠藤は里子から眼をそらし、小さく息を吐くと、店員を呼び、レモン・サワーのお代わりを頼んだ。
「遠藤くん。あなた、人を好きになるのは本能だなんて言ってるけど、ほんとは、本気でふたりを好きじゃないんじゃない?」
遠藤は不思議そうに里子を見る。
「オレは本気でふたりとも好きだよ」
「それは違うわ。本気だったら、ふたりを好きになんてなれないと思う。それが本能だったら尚更よ。あなたが言うように、人を好きになるのは本能だと私も思う。でも、それだけじゃ何も生まれないわ。ひとりの人間を大切に想うことが、本気で好きだってことじゃないの? それこそが、人を愛する本能ってことじゃないの?」
遠藤は黙って里子を見つめていた。
「あなたは怖いのよ、ひとりになることが。本気で人を好きになって、もしフラれたら、って考えて、傷つくことを恐れてるのよ」
「知ったようなこと言うなよ。まだ二度しか会ってないオタクに、オレの何がわかるっていうんだよ。それに、オタクはどうなんだ。さっきの男、婚約者じゃないだろ? どう見ても、オタクより年上には見えなかったぜ」
「彼は、会社の後輩よ。帰りが一緒になっただけ」
「それだけの関係じゃないだろ?」
「どういう意味よ」
「アイツのオタクを見る眼、あれは、オタクのことが好きだって眼だよ」
里子は口を噤んだ。
「何だ、図星かよ」
遠藤は口端で笑った。
それに里子はカッとして、
「そうよ、彼は私のことが好きなの。それは会社の人間も知ってることだわ。私が婚約発表をした日に、みんなの前で彼が告白したのよ。だからって、アナタの思ってるようなことはないわ」
はっきりと言った。
「へェ、やるもんだね、アイツ。オタク、意外とモテるんだ」
「茶化さないで、私は困ってるんだから」
「それはどうかな。アイツ、結構いい男だったし、好きだって言われてイヤな気はしなかっただろ? 口では何だかんだ言ったって、心の中じゃ受け入れてるんだよ。オタクだってオレと変わらないのさ」
「ふざけないで。私はアナタと違って、ふたりを好きになったりしないわよ」
「ふたりだけじゃないぜ。オレは三人だって四人だって好きになれるさ。その証拠に、オタクのこと好きになってきた」
遠藤は不適に笑う。
その遠藤を里子は睨みつけた。
「アナタって、ひとをムカつかせる天才ね。カメラマンて、モデルを歓ばせるものなんでしょ? アナタ、そんなだから一流になれないんじゃないの?」
言ったあとで里子は、ひどいことを言ってしまったと思った。
憤りに、気づくと口から滑りだしていた。
「ごめんなさい……」
顔を顰(しか)め、遠藤から眼をそらした。
「言ってくれるね。カメラの世界なんて、何も知らないくせに。オタクも充分に人をムカつかせてるよ」
思いの外、遠藤は静かに言った。
里子は幾分ホッとしながら、
「とにかく。アナタにつき合ったこと、後悔してるわ」
そう言うと席を立った。
「逃げるのかよ」
遠藤が見上げた。
「逃げるわけじゃないわ。これ以上アナタといても仕方ないからよ」
「言いたいこと言って、それで逃げるんだ」
「だから、逃げるわけじゃないって言ってるでしょ」
「オレには、逃げてるとしか思えないね」
「そう。わかったわ」
里子は席に坐り直した。
「これで満足?」
「そうだよ。誘ったのはオタクなんだから、先に帰るなんて最低だよ」
「アナタが最初に誘ったんでしょ」
「ま、そんなことはいいから、今日は呑もうよ。今までのことは水に流してさ」
そう言った遠藤の口は廻らなくなり始めている。
眼も赤く、よく見ると襟元までが真っ赤だった。
何よ、お酒弱いんじゃない……。
里子は困惑顔で、遠藤の眼の坐った顔を見つめた。
遠藤の声が落ちた。
「そんなの、ただふたりを利用してるだけじゃない。人を好きになるのは本能だけじゃないわ。あなたは何かを見失ってる」
「だったら、どうすればいいんだよ」
「ふたりと別れることね。そうすれば傷は軽くすむわ」
その言葉に、遠藤は里子を見つめた。
「キツイこと言うんだな」
「そうよ。玲子がぼろぼろになった姿は見たくないもの」
「だったら、もうひとりと別れて、とか言うんじゃないのか、ふつうはさ」
「それができないって言ったのは、あなたよ」
「だけどさ……」
遠藤は里子から眼をそらし、小さく息を吐くと、店員を呼び、レモン・サワーのお代わりを頼んだ。
「遠藤くん。あなた、人を好きになるのは本能だなんて言ってるけど、ほんとは、本気でふたりを好きじゃないんじゃない?」
遠藤は不思議そうに里子を見る。
「オレは本気でふたりとも好きだよ」
「それは違うわ。本気だったら、ふたりを好きになんてなれないと思う。それが本能だったら尚更よ。あなたが言うように、人を好きになるのは本能だと私も思う。でも、それだけじゃ何も生まれないわ。ひとりの人間を大切に想うことが、本気で好きだってことじゃないの? それこそが、人を愛する本能ってことじゃないの?」
遠藤は黙って里子を見つめていた。
「あなたは怖いのよ、ひとりになることが。本気で人を好きになって、もしフラれたら、って考えて、傷つくことを恐れてるのよ」
「知ったようなこと言うなよ。まだ二度しか会ってないオタクに、オレの何がわかるっていうんだよ。それに、オタクはどうなんだ。さっきの男、婚約者じゃないだろ? どう見ても、オタクより年上には見えなかったぜ」
「彼は、会社の後輩よ。帰りが一緒になっただけ」
「それだけの関係じゃないだろ?」
「どういう意味よ」
「アイツのオタクを見る眼、あれは、オタクのことが好きだって眼だよ」
里子は口を噤んだ。
「何だ、図星かよ」
遠藤は口端で笑った。
それに里子はカッとして、
「そうよ、彼は私のことが好きなの。それは会社の人間も知ってることだわ。私が婚約発表をした日に、みんなの前で彼が告白したのよ。だからって、アナタの思ってるようなことはないわ」
はっきりと言った。
「へェ、やるもんだね、アイツ。オタク、意外とモテるんだ」
「茶化さないで、私は困ってるんだから」
「それはどうかな。アイツ、結構いい男だったし、好きだって言われてイヤな気はしなかっただろ? 口では何だかんだ言ったって、心の中じゃ受け入れてるんだよ。オタクだってオレと変わらないのさ」
「ふざけないで。私はアナタと違って、ふたりを好きになったりしないわよ」
「ふたりだけじゃないぜ。オレは三人だって四人だって好きになれるさ。その証拠に、オタクのこと好きになってきた」
遠藤は不適に笑う。
その遠藤を里子は睨みつけた。
「アナタって、ひとをムカつかせる天才ね。カメラマンて、モデルを歓ばせるものなんでしょ? アナタ、そんなだから一流になれないんじゃないの?」
言ったあとで里子は、ひどいことを言ってしまったと思った。
憤りに、気づくと口から滑りだしていた。
「ごめんなさい……」
顔を顰(しか)め、遠藤から眼をそらした。
「言ってくれるね。カメラの世界なんて、何も知らないくせに。オタクも充分に人をムカつかせてるよ」
思いの外、遠藤は静かに言った。
里子は幾分ホッとしながら、
「とにかく。アナタにつき合ったこと、後悔してるわ」
そう言うと席を立った。
「逃げるのかよ」
遠藤が見上げた。
「逃げるわけじゃないわ。これ以上アナタといても仕方ないからよ」
「言いたいこと言って、それで逃げるんだ」
「だから、逃げるわけじゃないって言ってるでしょ」
「オレには、逃げてるとしか思えないね」
「そう。わかったわ」
里子は席に坐り直した。
「これで満足?」
「そうだよ。誘ったのはオタクなんだから、先に帰るなんて最低だよ」
「アナタが最初に誘ったんでしょ」
「ま、そんなことはいいから、今日は呑もうよ。今までのことは水に流してさ」
そう言った遠藤の口は廻らなくなり始めている。
眼も赤く、よく見ると襟元までが真っ赤だった。
何よ、お酒弱いんじゃない……。
里子は困惑顔で、遠藤の眼の坐った顔を見つめた。
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