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【第35話】
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「許すも許さないも、それはオンナが決めることよ。別れるもよし、もうひとりのオンナから奪い取るもよし。ただ、泣いてすがるのだけは、やめたほうがいいわね。オンナの株を下げるだけだから。まァ、いちばんいいのは、自分を磨くことね。身も心も――あらヤダ、私、どうしてオンナのアンタたちに、こんな助言めいたこと言ってるのかしら」
やんなっちゃうわ、そう言いながらトシは、むくれ顔で煙草に火を点けた。
里子は、トシの言ったことを考えていた。
トシの言うことが正しいとするなら、遠藤はやはり、ふたりの女性を本気で好きだと思いこんでることになる。
そして、そんな自分に気づいてない。
それは里子が遠藤に対して感じたことと同じだ。
それなら玲子のためにも、そのことを話すべきではないのか。
里子はそう感じた。
だが、そう感じながら、それを口にするのを躊躇(ためら)った。
遠藤に他の女性がいることを話すとするならば、彼と一緒に呑みに行ったことや、部屋まで送ったことも話さなければならない。
そうなった経由を説明すれば、玲子が変に勘ぐったりはしないだろうが、でも、里子にはどこかうしろめたい気持ちがある。
それは、遠藤の部屋でのひとときが、里子の中に消えずに残っていて、玲子を裏切ってしまったような思いにさせるからだった。
それにしてもなぜ、そのことにこだわりを持つのだろうか。
遠藤の寝顔を見つめながら、唇に口づけをしようとはしたが、すぐにそんな自分に気づき、結果的には何もなかった。
そしてそれは、遠藤も知らないことなのだ。
それなら、玲子にうしろめたさも感じることも、こだわりを持つこともないはずだ。
やはり、好意を持ち始めているんだろうか……。
倉田と別れて、その哀しみが胸を抉(えぐ)られ、他のことを考えることなどできないはずなのに、気づくと遠藤のことを考えている自分がいる。
遠藤の横顔が脳裡に灼きついていて、ふとした時に浮かぶのだ。
倉田と別れたからとはいえ、彼のことはまだ好きだ。
それなのに、遠藤のことが気にかかっている。
気にかかっているということは、それはすでに遠藤を好きになっているということではないのか。
だとすれば、里子自身が、ふたりの男を同時に好きになっているということになる。
ほんとうにそうなのか。
里子は自分がわからなくなった。
そんなことを考えていると、玲子が覗きこんできた。
「里子。今は辛いだろうけど、大丈夫よ。明日は里子の風が吹くわ。だから呑もう。今日はとことんつき合ってあげる」
里子が失恋した痛手から伏せているのだと思ったのだろう。
玲子はそんなことを言って、里子のグラスに自分のを重ねた。
その玲子に、申しわけないような複雑な思いを胸に抱きながら、里子はグラスを口に運んだ。
十時を過ぎても客の入ってくる気配はなかった。
「アンタたちが口開け早々来たりするから、客が来ないんじゃないの」
トシはそうぼやいた。
「私たちだって客でしょ」
玲子がそう返すと、トシは不機嫌な顔をしながら、スコッチをストレートで煽った。
玲子のボトルが残り少ないのを見て、新しいボトルを入れさせるつもりらしい。
玲子もそれがわかっていて、
「ママ、新しいヤツ出しといて」
ボトルを指差し、そう言った。
「まァ、ニューボトルね、ありがとうございまァーす」
不機嫌な顔がパッと明るくなって、トシは棚から新しいボトルを出してきた。
結局十一時を過ぎても客は入らず、もうすぐ零時になろうとするときに店のドアが開いて、
「おはようございまァーす」
というだみ声とともに、ラメの入ったピンクのジャケットにピンクのパンツを穿いた、見るからにその世界に属するであろう男が入ってきた。
やんなっちゃうわ、そう言いながらトシは、むくれ顔で煙草に火を点けた。
里子は、トシの言ったことを考えていた。
トシの言うことが正しいとするなら、遠藤はやはり、ふたりの女性を本気で好きだと思いこんでることになる。
そして、そんな自分に気づいてない。
それは里子が遠藤に対して感じたことと同じだ。
それなら玲子のためにも、そのことを話すべきではないのか。
里子はそう感じた。
だが、そう感じながら、それを口にするのを躊躇(ためら)った。
遠藤に他の女性がいることを話すとするならば、彼と一緒に呑みに行ったことや、部屋まで送ったことも話さなければならない。
そうなった経由を説明すれば、玲子が変に勘ぐったりはしないだろうが、でも、里子にはどこかうしろめたい気持ちがある。
それは、遠藤の部屋でのひとときが、里子の中に消えずに残っていて、玲子を裏切ってしまったような思いにさせるからだった。
それにしてもなぜ、そのことにこだわりを持つのだろうか。
遠藤の寝顔を見つめながら、唇に口づけをしようとはしたが、すぐにそんな自分に気づき、結果的には何もなかった。
そしてそれは、遠藤も知らないことなのだ。
それなら、玲子にうしろめたさも感じることも、こだわりを持つこともないはずだ。
やはり、好意を持ち始めているんだろうか……。
倉田と別れて、その哀しみが胸を抉(えぐ)られ、他のことを考えることなどできないはずなのに、気づくと遠藤のことを考えている自分がいる。
遠藤の横顔が脳裡に灼きついていて、ふとした時に浮かぶのだ。
倉田と別れたからとはいえ、彼のことはまだ好きだ。
それなのに、遠藤のことが気にかかっている。
気にかかっているということは、それはすでに遠藤を好きになっているということではないのか。
だとすれば、里子自身が、ふたりの男を同時に好きになっているということになる。
ほんとうにそうなのか。
里子は自分がわからなくなった。
そんなことを考えていると、玲子が覗きこんできた。
「里子。今は辛いだろうけど、大丈夫よ。明日は里子の風が吹くわ。だから呑もう。今日はとことんつき合ってあげる」
里子が失恋した痛手から伏せているのだと思ったのだろう。
玲子はそんなことを言って、里子のグラスに自分のを重ねた。
その玲子に、申しわけないような複雑な思いを胸に抱きながら、里子はグラスを口に運んだ。
十時を過ぎても客の入ってくる気配はなかった。
「アンタたちが口開け早々来たりするから、客が来ないんじゃないの」
トシはそうぼやいた。
「私たちだって客でしょ」
玲子がそう返すと、トシは不機嫌な顔をしながら、スコッチをストレートで煽った。
玲子のボトルが残り少ないのを見て、新しいボトルを入れさせるつもりらしい。
玲子もそれがわかっていて、
「ママ、新しいヤツ出しといて」
ボトルを指差し、そう言った。
「まァ、ニューボトルね、ありがとうございまァーす」
不機嫌な顔がパッと明るくなって、トシは棚から新しいボトルを出してきた。
結局十一時を過ぎても客は入らず、もうすぐ零時になろうとするときに店のドアが開いて、
「おはようございまァーす」
というだみ声とともに、ラメの入ったピンクのジャケットにピンクのパンツを穿いた、見るからにその世界に属するであろう男が入ってきた。
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