里子の恋愛

星 陽月

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【第34話】

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「お友だち、始めてよね」

 ママが玲子に訊いた。

「そう。大学からの友だちで、里子」

 紹介されて、里子は改めて挨拶をした。

「私はトシ、よろしくね」

 トシは微笑んだ。
 その微笑には、滲み出る色香があった。
 それは男のものではなく、まさしく「女」のものだった。

「それで? 騒ぎたいって言ってたけど、何かあったの?」

 水割りを口にしながらトシが訊いた。

「彼女がね、来月結婚する相手をフッたの。それで今日は、何もかも忘れて呑もうってことになったのよ」

 玲子が答えた。

「あら、やるじゃないの。オンナはどんどん男をフッてちょうだい。傷ついた男を、私たちが心身ともに癒してあげるんだから。ところで、その彼、いい男なの?」
「いい男よ。ね、里子」

 そう言われ、里子は困った顔をする。
 だが、

「オンナが言ういい男って、あてにならないのよね」

 トシのその言葉にムッとして、

「オカマにそんなこと言われたくないわ」

 そう言い返した。

「あら、言うじゃない。アンタ、彼にまだ未練があるのね」
「未練なんかありません」
「嘘おっしゃい。顔にちゃんと書いてあるわよ。未練たらたらですって」

 それにはさすがに里子も憤りを覚え、「私、帰る」とスツールを降りようとした。
 それを玲子が制し、

「ママ、やめてよ。里子が彼をフッたのは、彼のほうが結婚をやめるって言ったからなんだから」

 里子を庇うように言った。

「あら、そうなの……。それならそうと、初めに言いなさいよ。私はてっきり男を蔑(ないがしろ)ろにしたのかと思って、それで苛めてやりたくなったのよ」

「蔑ろにしたとしたら、何もかも忘れて呑みたいなんて思わないでしょ?」
「それもそうね。ごめんなさい、里子ちゃん。私はどうしてもオンナを敵対視するところがあるから、気にしないで」

 今日は特別に何でも聞いてあげるから、そう言うと、トシは里子の水割りをつくり足した。
 里子も何とか機嫌を直し、水割りを受け取ると、

「だったら、ひとつ訊いていいですか?」

 そう言った。

「いいわよ。何かしら?」
「人って、一度に何人も愛せるものなんですか?」

 なぜか里子は、そんな質問をした。
 里子自身、どうしてそんな質問をしたのかわからなかった。

「いきなり難問ね」

 トシは里子を見つめた。

「同時に、ふたりを好きになったりできるのかな……」

 里子は眼を伏せる。

「それって、もしかして倉田さん?」

 玲子が訊く。

「ううん、彼じゃないんけど……」

 里子は口を閉じた。
 それが誰なのかなどと玲子に言えるわけがない。
 訊いたことを里子は後悔した。

 もういいの、忘れてください――

 そう言おうとしたとき、

「好きになれるんじゃない」

 トシがさらっと言った。

「本気でですか?」

 里子はその返答に思わず訊き返した。

「そうね、本気で好きになることもあると思うわ。ましてや、男ならね。でもそれは、本気だって思いこんでるってことでもあるけど、それに気づかないのよ、男は単純だから。だから、思いこんでることに気づかないってことは、本人からすれば本気であるわけよ」

 そう言って水割りを口にするトシに、

「そんなの、女からすれば冗談じゃないわ」

 と言い返したのは玲子だった。

「オンナからすればね。でも、男は本質的にオスなわけだから、子孫を残すって本能があるわよね。その本能にふり廻されて、真実を見失ったりするものなのよ」
「だからって、女はそれを黙って許さなければいけないわけ?」

 と、またもや玲子。
 質問した里子より、玲子のほうが、「侵害だ」と言わんばかりに真剣になっている。
 もしこの話の男が遠藤のことだと知ったら、玲子はいったいどんな反応を示すのだろう。
 横目で玲子を見つめながら、里子はそう思った。

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