甦る妻

星 陽月

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【チャプター 20】

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「あなた、もう、おねがい……」

 妻が切なく哀願する。
 中沢はそれに応えて顔を上げると、猛々しく脈打つ熱き欲情の塊を、妻の中へと沈めていった。

「あ、ああッ……」

 妻は苦痛に耐えるように眉根をよせ、中沢の背に腕を回した。
 中沢の腰が動く。
 深く浅く、ときに烈しく、ときに緩慢に。

 妻は喘ぐ。その声が大きくなっていく。

「つッ」

 とつぜん、背中に痛みを覚えて中沢は声を吐き出した。
 背中には幾つものすじが流れ、血が滲んでいる。
 妻が爪を立てたのだ。
 と、そのとき、中沢の脳裡に閃光が走り、甦ってくるものがあった。
 それは、痛みそのものの残滓(ざんし)。
 その痛みを憶えている。
 やはりそれは、妻の爪によって刻まれた傷の痛みだ。

 手の甲の傷――

 それがいま、記憶が甦るとともに疼(うず)いた。
 忘れるはずがない手の甲の傷を、だがなぜか、いまのいままで忘れ去ってしまっていた。
 中沢は腰をふりつづけながら、手の甲の絆創膏を歯で剥がした。
 そこには、すじを引いた幾つもの傷の痕がある。

(夢じゃなかったのか!) 

 中沢は驚愕の中で烈(はげ)しく腰をふりつづけた。
 妻がまた爪を立てる。
 背中に痛みが走る。
 それにともなって、手の甲の傷痕が疼く。

「礼子……」

 妻の名を呼ぶ。
 その声は悲痛に震えている。
 手の甲の傷痕に血が滲みはじめる。

(あれが夢でないというのなら……)

 妻の乳房を鷲づかみにし、揉みあげた。

(これが夢だとでもいうのか――そんなばかなことが……)

 何もかもがわからなかった。
 快感が渦となって脳髄(のうずい)へと湧き上がってくる。
 妻の体内の中で、欲情の塊はさらに膨張する。
 心と身体が溶けていく。
 烈しくなる息に妻の息が呼応する。
 絡み合い、高みへと昇っていく中で、妻の両手が中沢の首に伸びてきた。
 首を絞めるつもりなのか。
 中沢はそう思った。
 それならそれでかまわない。
 そうも思った。
 だが、一度は首を絞めるような形で両手を当てたが、妻はその手で夫の手を取り、自分の首へといざなった。
 中沢は驚いて妻を見た。
 妻は夫を見つめている。
 そうしながら夫の手に手のひらを重ね、力をこめる。

 絞めて――

 妻の眼がそう言っていた。
 中沢は妻の手を払いのけるようにして、首から手を離した。
 妻は何も言わず、今度は夫の手首を取って、もう一度自分の首へと持っていった。
 その一瞬、中沢は妻の首筋を眼にしていた。
 そして見てしまった。
 その首筋にある指の形を残した蒼黒い痣を。

「どういうことだ、これは!」

 戦慄に思わず口走る。
 中沢は掴まれた手を引こうとした。
 だが、それを妻は許さない。
 中沢は抗うが、妻の力には及ばない。
 どんなに力をこめても、引くどころか押すことも払うことすらできなかった。
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