もろはとつるぎ

星 陽月

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チャプター【019】

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「どうだ、少しは継ぐべき者としての自覚が湧いてきたか」

 もろは丸は、つるぎへと眼を向けた。
 つるぎはというと、なんと、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃして、泣きじゃくっていた。

「な、なにを泣いている。つるぎ」

 もろは丸は、驚いてそう訊いた。

「だって……、だって、仙翁が死んじゃった。仙翁が死んじゃったよー」

 つるぎは声をあげて、さらに泣き出した。

「確かにそうだが、それは2000年も前の話だぞ」

「君にはそうかもしれないけど、ボクはいま初めて聞いた話なんだよ。うあー!」
「だからって、それほど泣くことはないだろうに……」

 もろは丸は、困り果てた。

「なんだよ、君だって、仙翁がもう死ぬってときには泣いたじゃないかァ」
「そ、それはおまえ、おれはその場にいたわけだから……」

 もろは丸は、言葉にまで窮してしまった。
 これもう、放っておくのがいちばんだ。
 そう思ったもろは丸は、つるぎが泣き疲れて落ち着くのを待つことにした。
 しばらくの時間が過ぎて、ようやくつるぎは泣くのをやめて、落ち着きを取りもどした。

「やっと、落ち着いたか」

 それにつるぎはうなずき、頬の涙を手のひらで拭い取ると、鼻水を啜った。
 啜った鼻水を、ごくりと呑みこむ。

「おいおい、汚いな。鼻水を呑みこむやつがいるか」

 もろは丸が貌をしかめる。

「涙と鼻水は、心の汗だからいいんだよ」

 つるぎは、そう言ってのけた。

「心の汗は、涙だけで十分ではないのか?」
「うるさいな。そんなことより、霊晶石や、羅紀っていうボスキャラのことはわかったけどさ、継ぐべき者のことは、なにもわからないよ」
「ん? ちょっと待て。なんだ、そのボスキャラとは」
「羅紀のような悪の親玉のことさ」
「ほう。では、このおれ、青竜もろは丸のことは、なんと言う」
「サブキャラかな」
「サブキャラ?」
「そう。わかり易く言えば、脇役ってこと」
「な、なんやとう! この世に2本とない名刀と謳われたこのおれが、脇役やとう! 奥歯ガタガタにしたろか、こら!」
「はいはい、わかりました。君は、名刀、青竜もろは丸。正義の味方で、みんなの英雄」

 つるぎは、うんざりとして言った。
 もろは丸の関西弁にはもう慣れたのか、それとも胆が据わったのか、つるぎはビビらなくなっていた。

「そうや。このおれは、正義の味方で、みんなの英雄や。それで、正義の味方で、みんなの英雄のことはなんと言う」
「ヒーローキャラ」

「そうか、ヒーローキャラと言うのか」

 もろま丸は、なんともうれしそうに、「ヒーローキャラ、ヒーローキャラ」と口ずさんだ。

「ちょっと、もろは丸。ひとりでハッピーに盛り上がっているところを悪いんだけどさ、話を先に進めてほしいんだけど」
「お、そうだった。継ぐべき者のことだったな。これを聞けば、今日から君も継ぐべき者、ってことで聞いておくんない。さあさあ、第二幕の始まりだァ」

 もろは丸は、調子に乗りまくっていた。

 君は、ヒーローキャラというより、お笑いキャラだよ、とは口が裂けても言えず、つるぎは、

「よッ、待ってましたッ!」

 と調子を合わせた。

 するともろは丸は、とたんに真剣な眼差しを遥か過去へと馳せ、

「仙翁の言っていたことは、ほんとうだった――」

 そう言うと、話の第二幕が始まった。

 人々は、州(くに)を創った。
 しかし、いまのように、州として治まるまでには、200年という年月がかかった。
 なぜならば、人々の中に武力というものが生まれたからだ。
 その武力を、平和のために使うのであれば何も問題はない。
 だが、そうではなかった。
 武力は争いの元となっってしまった。
 人々は争い、いがみ合うようになり、そんな中で、他を圧倒する力を持った者が現れたのだ。
 その者は、向かってくるものを蹴散らし、その力を見せつけ、この世界を牛耳ろうとした。
 その陰には、闇の力が働いていたのは言うまでもない。
 世界は荒れに荒れた。

「強き者が弱き者を喰らう。それが世の習いだ」

 などと、その者たちはのたまった。
 力なきものから略奪し、そして無残に殺していった。
 その者たちは残虐だった。
 どうすれば、むごい殺し方ができるかを考え、そして競い合い、その話を肴に酒を飲んだ。
 残虐さは、日を重ねるごとに増していくばかりだった。
 その者たちこそ、この世界が黒雲に蔽(おお)われたとき、その黒雲から現れた化鳥に身体の中へと侵入され、異形へと変貌した者たちであった。
 仙翁の力によって空を蔽う黒雲は払われ、その者たちはもとの姿へともどったはずだった。
 しかし、闇の力は、心の中にまで侵入していたのだった。
 そればかりではない。
 闇自体はどこにでも存在し、その者たちを操っていた。
 そばに寄り添い、囁き、煽(あお)り、駆り立てた。
 闇にとって、その者たちを操ることなど雑作もないことだった。
 その者たちの心は蝕まれ、その顔には鬼相が現れていた。
 悪鬼となっていたのだ。
 闇は、留まることを知らなかった。
 ついには、力なき者たちにまで、その魔手を伸ばしていったのだ。
 そして、力なき者が、さらに弱き者を叩くということが横行し始めた。
 それは、地獄絵図だった。いや、まさに、地獄そのものだった。
 世界に散った式鬼たちは、だが、手を出したりしなかった。
 闇の手がかかっているとはいえ、それは人々の中で起こっていることだったからだ。
 式鬼たちは、人間たちのあいだで起きたことに干渉してはならなかった。
 ましてや、人間を殺めることなどあってはならない。
 仙翁の遺言と言うべき言葉を、守らねばならかった。
 耐えるしかなかった。
 そして、待つしかなかった。
 弱き人間の中から、強き者、真の強者が現れることを。
 その思いは叶わず、血塗られた月日だけが無常に流れていった。
 そうして、100年の時が過ぎていた。
 それでも式鬼たちは、耐え忍んだ。
 そんなとき、やはりと言うべきか、やむにやまれず、弱き者を救おうと考える式鬼が出てきた。
 その式鬼は、東方に散っていった青竜だった。

「この青竜とは、要するにおれのことだが、ここでは青竜で話を進めていく」

 弱き者を救おうとする青竜のその考えは、仙翁の言葉に反することだった。
 だから、さすがに単独では行動を起こせない。
 そう判断した青竜は、他の式鬼たちと話し合うことにした。
 散っていった東西南北のちょうど中間にあたる場所を、他の式鬼たちに思念を飛ばして伝え、いざ、式鬼たちは一堂に会した。
 100年ぶりに、十二支の式鬼が顔を突き合わせた。
 弱き人間たちを救おうとする青竜は、他の式鬼たちを説得させるべく己の想いを熱く語って聞かせた。
 他の式鬼は、その青竜の言葉にいたく感じ入った。
 想うところは、皆おなじだったのだ。
 だが、そうであるにもかかわらず、青竜に賛同した者はいなかった。
 他の式鬼は、やはり人間のあいだで起きたことに、干渉してはならないというのが結論だった。
 他の式鬼たちを説き伏せることができなかった青竜は、さらに考えた末、単独で行動を起こすことにした。
 とはいえ、人間に自分たちの姿を晒すわけにはいかない。
 それが、闇に支配された者たちであってもだ。
 たとへ闇に操られていようと、その者たちは、人間であることには変わりはない。
 
 姿を見られなければいいのだ――

 青竜は、そう考えた。
 霊身である式鬼にとっては、それは容易(たやす)きことであった。
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