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チャプター【21】

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 その後JAXAは、国家レベルの、さらには人類にとっての危機と成り得るであろうその事件を、一切公表しなかった。
 すべては、最高機密(トップ・シークレット)とされた。
 それは政府からの要請でもあり、「国民にパニックが起きることが、最も危険」という理由からだった。
 宮田としても得心のいく理由だったが、彼には家族の身が気がかりだった。
 九鬼の言葉(メッセージ)を、全世界に伝えなければ家族を襲う、という強迫があったからだ。
 その旨を伝えると、対応策として、警視庁のSP(セキュリティ・ポリス)付で秘密裏に家族を安全な場所に移すということになり、宮田はひとまず合意した。
 だが、JAXAで起きた事件の翌日、九鬼は自らALPHAと名乗り、宮田が公表するはずだったメッセージをインター・ネットを通じて全世界に流したのだった。
 アクセス件数は、瞬く間に200万件を超えた。
 早急に動いた公安機関によってそのメッセージは削除されたが、そのときにはアクセス件数が300万件にまで達していた。
 それを、メディアが黙って見過ごすわけもなく、警視庁は緊急に記者会見を開き、「ある特定の人物による悪質な悪戯」とだけ発表した。質疑応答においても、「ある特定の人物とありましたが、その人物を逮捕するのでしょうか?」という質問に対し、「今後、こういった悪質な悪戯が起きぬよう、然るべき処置を取るつもりでおります」と述べ、記者会見は終了した。
 その記者会見が行われていたとき、宮田はJAXAのダイニング・ルームのTVで見ていた。

「なんてことだ……」

 モニターを見つめながら、宮田は呟いた。
 家族を襲うと脅迫しておきながら、九鬼は初めからこうするつもりでいたのだと、宮田は思った。
 そうでなければ、昨日の今日で、自らメッセージをインター・ネットに発信したりはしないだろう。
 九鬼には、宮田がメディアの前で、公表しようがしまいが、どちらでもよかったのだ。

「九鬼め……」

 宮田は、九鬼に対し、新たな怒りを覚えた。
 その後、九鬼のメッセージがインター・ネットに流れることはなく、JAXAで起こったことも、表向きには何もなかったことにされたが、水面下では政府が動いていた。
 つきかげ号の搭乗員5名が、どのようにして未知なる細胞体に感染したかは不明だが、その搭乗員に咬まれた3人がさらに感染し、腹を喰われたふたりは絶命していながら甦ったのだ。
 そのうえ、搭乗員5名の行方はわからなくなっている。
 この先、感染者の数が増えるのは明らかだった。
 事態を重く見た政府は、真っ先に、月に基地を持つ、米国、イギリス、ロシア、中国の首脳へ警告を発した。
 それによって、4ヵ国の月面でのヘリウム3採掘は中止となった。
 むろん、月から帰還した宇宙飛行士たちは検査を受けたが、未知なるものに感染した者はいなかった。
 次に政府は、文部科学省、警視庁、公安、自衛隊、さらに国立病院機構からエキスパートを人選し、特別対策局の設立を行った。
 それが、国家安全保障省外局治安維持対策局――OMEGA(オメガ)だった。

 OMEGA――

 それは、月によりて、未知なる細胞体に感染した「つきかげ」号の船長、九鬼の言った「ALPHA(アルファ)」 が始まりであるなら、「OMEGA(オメガ)」はそれを終わらせるという意味をこめてつけられた通称なのであった。
 話はそれてしまったが、ここで、蘭と久坂が遭遇した2年前にもどそう。
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