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チャプター【28】
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「自己紹介をするわ。私は、木戸江美子。よろしくね。天月蘭さん」
まるで、友人に話しかけるような口調で、女――木戸江美子が言った。
「――――」
どうして、名前を知っているのか――
遠い意識の中で、蘭は思っていた。
「いま自分に起きていることが、理解できていないと思うけれど、すぐにその答えがわかるわ」
木戸江美子は、蘭のもとにいくと、
「一緒に来て」
耳元に顔を近づけ、囁くように言った。
すると蘭は、催眠術にでもかけられたかのように、木戸江美子のあとにつづいた。
ふたりは廊下に出ると、階段を上がった。
2階に上がると、奥の部屋のドアの前に立った。
その部屋は寝室だった。
「ここよ。入って」
木戸江美子がドアを開けると、蘭を促した。
蘭は促されるまま、寝室へ入った。
寝室には、ひとりの男がいた。
その男はドレッサーの椅子に坐り、足を組んでる。
「やあ」
男は、蘭を見つめた。
「ご主人は、気の毒だったね」
「!――」
男のその言葉に、蘭の中で怒りが急激にこみ上げた。
「あなたが、夫を……」
男を睨みつけた。
「勘違いしないでくれよ。君のご主人を殺したのは俺じゃないぜ。俺は、あんな惨いことはしない。水野というやつなんだが、止める間もなかったんだ。とは言え、君の夫としての役割は終わったわけだから、生かしておいても意味はなかったけどね」
男は、にやりと嗤った。
「夫としての役割が終わったって、どういうことよ!」
男を睨みつけながら、蘭は言い放った。
「蘭。そんなに、恐い顔をするなよ。美しい顔が台無しになるぞ」
「答えて! それに、どうして私の名前を知っているの? あなたは、いったいだれなのよ!」
「質問ばかりだな。蘭」
男は嗤(わら)っている。
「やめて! だれとも知らないあなたに、気安く名前を呼んでほしくない!」
「おー、これは恐い。俺は、君を怒らせるために来たんじゃない。だが、君が言っていることは正論だ。名も名乗らなきゃあ、怒るのも当然だな。では改めて、俺の名は九鬼兼次だ。と言っても、この肉体の名だがな」
男――九鬼は、笑みを消して立ち上がると、
「君を迎えに来た」
蘭に手を差し伸べた。
「迎えに来たですって? ふざけないで!」
蘭は、一歩うしろに下がった。
「おい、おい、ふざけてなんかいないさ。俺は真面目に言っている」
手を差し伸べながら、男は前へ出る。
「来ないでよ!」
蘭はまた、うしろに下がろうとした。
と、何かに背がぶつかって、蘭はふり返った。
そこには、男の胸板があった。
2メートル近い上背のある男だった。
蘭は、その男に両側から二の腕を掴まれた。
ふり払おうとしても、ふり払うことができなかった。
「その男は、倉上。そして彼女が――」
「もう、自己紹介はすませたわ」
九鬼が言うのを制して、木戸江美子が寝室に入ってきた。
「そうか。なら、いい」
木戸江美子から、視線を蘭にもどして、
「あとふたり。君の夫を喰った水野と田島というのがいるんだが、またどこかへ行ってしまったよ」
九鬼が言った。
「まさか………、それって、夫を食べたってこと?……」
蘭の脳裡に、夫の変わり果てた姿が、まざまざと甦った。
夫の腹は、身に着けている衣服ごとズタズタになり、穴が開いていた。
蘭は初め、夫は猛獣の類に襲われたのだと思い、だが、都心の中の住宅地に猛獣が出没することなど考えられず、 何か得体の知れないものに襲われたのだと思い直した。
しかし夫は、猛獣でもなく、得体の知れないものでもなく、人間に襲われたのだと言うのだ。
果たして、ひとりの人間が、他の人間の腹を喰い破り、臓物を、はらわたを喰らうなどできるものなのか。
もし、それができるとするなら、悪霊にでも憑りつかれて、常軌を逸した人間だ。
蘭には、とても信じられなかった。
信じられないのは、そればかりではない。
息絶えていると思っていた夫が、あの状態で立ち上がり、向かってきたのだ。
まるで、ゾンビのように。
まるで、友人に話しかけるような口調で、女――木戸江美子が言った。
「――――」
どうして、名前を知っているのか――
遠い意識の中で、蘭は思っていた。
「いま自分に起きていることが、理解できていないと思うけれど、すぐにその答えがわかるわ」
木戸江美子は、蘭のもとにいくと、
「一緒に来て」
耳元に顔を近づけ、囁くように言った。
すると蘭は、催眠術にでもかけられたかのように、木戸江美子のあとにつづいた。
ふたりは廊下に出ると、階段を上がった。
2階に上がると、奥の部屋のドアの前に立った。
その部屋は寝室だった。
「ここよ。入って」
木戸江美子がドアを開けると、蘭を促した。
蘭は促されるまま、寝室へ入った。
寝室には、ひとりの男がいた。
その男はドレッサーの椅子に坐り、足を組んでる。
「やあ」
男は、蘭を見つめた。
「ご主人は、気の毒だったね」
「!――」
男のその言葉に、蘭の中で怒りが急激にこみ上げた。
「あなたが、夫を……」
男を睨みつけた。
「勘違いしないでくれよ。君のご主人を殺したのは俺じゃないぜ。俺は、あんな惨いことはしない。水野というやつなんだが、止める間もなかったんだ。とは言え、君の夫としての役割は終わったわけだから、生かしておいても意味はなかったけどね」
男は、にやりと嗤った。
「夫としての役割が終わったって、どういうことよ!」
男を睨みつけながら、蘭は言い放った。
「蘭。そんなに、恐い顔をするなよ。美しい顔が台無しになるぞ」
「答えて! それに、どうして私の名前を知っているの? あなたは、いったいだれなのよ!」
「質問ばかりだな。蘭」
男は嗤(わら)っている。
「やめて! だれとも知らないあなたに、気安く名前を呼んでほしくない!」
「おー、これは恐い。俺は、君を怒らせるために来たんじゃない。だが、君が言っていることは正論だ。名も名乗らなきゃあ、怒るのも当然だな。では改めて、俺の名は九鬼兼次だ。と言っても、この肉体の名だがな」
男――九鬼は、笑みを消して立ち上がると、
「君を迎えに来た」
蘭に手を差し伸べた。
「迎えに来たですって? ふざけないで!」
蘭は、一歩うしろに下がった。
「おい、おい、ふざけてなんかいないさ。俺は真面目に言っている」
手を差し伸べながら、男は前へ出る。
「来ないでよ!」
蘭はまた、うしろに下がろうとした。
と、何かに背がぶつかって、蘭はふり返った。
そこには、男の胸板があった。
2メートル近い上背のある男だった。
蘭は、その男に両側から二の腕を掴まれた。
ふり払おうとしても、ふり払うことができなかった。
「その男は、倉上。そして彼女が――」
「もう、自己紹介はすませたわ」
九鬼が言うのを制して、木戸江美子が寝室に入ってきた。
「そうか。なら、いい」
木戸江美子から、視線を蘭にもどして、
「あとふたり。君の夫を喰った水野と田島というのがいるんだが、またどこかへ行ってしまったよ」
九鬼が言った。
「まさか………、それって、夫を食べたってこと?……」
蘭の脳裡に、夫の変わり果てた姿が、まざまざと甦った。
夫の腹は、身に着けている衣服ごとズタズタになり、穴が開いていた。
蘭は初め、夫は猛獣の類に襲われたのだと思い、だが、都心の中の住宅地に猛獣が出没することなど考えられず、 何か得体の知れないものに襲われたのだと思い直した。
しかし夫は、猛獣でもなく、得体の知れないものでもなく、人間に襲われたのだと言うのだ。
果たして、ひとりの人間が、他の人間の腹を喰い破り、臓物を、はらわたを喰らうなどできるものなのか。
もし、それができるとするなら、悪霊にでも憑りつかれて、常軌を逸した人間だ。
蘭には、とても信じられなかった。
信じられないのは、そればかりではない。
息絶えていると思っていた夫が、あの状態で立ち上がり、向かってきたのだ。
まるで、ゾンビのように。
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