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チャプター【47】

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「――そして女王は、母船の爆発とともに2万年という生涯に幕を閉じたのよ。そのときの爆発によって、種族のほとんどが巻きこまれてしまったわ……」

 1000年前の出来事を思い返して、木戸江美子が言った。

「ああ。俺たちは運よく爆発をまぬがれはしたが、そのお蔭でクローンの肉体を棄てて細胞体にもどり、眠りに就くしかなかった。あらゆる機能を停止させてな」

 つづけて九鬼が言った。

「そうして1000年の時を経て、月にやってきた者たちの存在が私たちを目醒めさせてくれたのよ。あのときより、わずかに進化したこの星のホモ・サピエンスよって」
「そうだ。しかし、眠りに就いていた俺には、1000年前のあの出来事が昨日のことのように思える。それにしても、まさか己の命を絶つために、母船を爆破するような暴挙に出るとは」

 九鬼は、下弦の月を見つめている。

「私たちに、この星を侵略させないためだったのよ」
「だろうな。だが、結局、女王のあの行動は裏目となってしまったことになる。種族が滅んでも護ろうとしたこの星の人間が、俺たちを招き入れてくれたんだからな。むしろ、感謝するべきだ」
「感謝するべき?」

 九鬼の横顔に、木戸江美子は眼を向けた。

「ああ、そうさ。だってそうじゃないか。器としたこの肉体の脳は、俺たちの持つ科学や技術を受け入れるだけのキャパシティが充分にある。1000年前だったらこうはいかなかっただろう。そのうえ、いまやこの星の人口は70億に達しようとしている。それはつまり、豊富な食料を得たということだ。この星ならば、我らがドラクの、いや、新生ALPHA(アルファ)としての王国を築くことができる」
「その王国の王となるのが、あなたというわけね」
「――――」

 九鬼は答えず、唇の左端を上げただけだった。

「まあ、それもいいわ。あの天月蘭は、女王の転生者だからといって女王とは言えない。それに、生まれ変わってまでも人間を護ろうとしているあの女は、私たちにとってただの妨げでしかないもの。私たちの遺伝子によって真人(ホモ・ノヴァ)となった者たちが、もうどれほどあの女に排除されたことか。忌々しいったらないわ。あの女の首、必ずこの私が刈ってやる」

 眼下へと視線を移した木戸江美子の眼が、キッと吊り上った。

「真人とは言っても、この俺に付き従う選ばれし精鋭たちと違って、やつらは下等な出来損ないばかりだ。なんの支障もないさ。それにしても、女王の首を刈るとは、ずいぶん畏れ多いことを言うじゃないか。元老院がここにいたら、君は極刑は免れないぞ」

 そう言った九鬼の唇には、笑みが浮かんでいる。
 木戸江美子の言葉を、面白がっているようだった。

「でも、その元老院はここにはいない。この星には、ひとりもね。それに、王になろうとしているあなたに、そんな台詞をいってほしくないわ。とは言え、あなたが王になった暁には、私を妃にしてくれない?」

 木戸江美子のその言葉に、

「そんなつもりはない」

 九鬼は素っ気なく答えた。

「どうしてよ。私なら、きっといい妃になれるわ。それとも、妃に相応しい存在でも他にいるというの?」

 木戸江美子は、九鬼を睨むように見た。

「勘違いするな。俺は王になる気などないという意味で言ったんだ」
「どういうことよ。まだ、あの女を女王にするつもりでいるってこと?」
「馬鹿な。天月蘭を女王にすることなどありえない。出来損ないとは言え、真人を殺しすぎたからな」
「初めから、天月蘭を女王にしようとしたのがいけなかったのよ」
「それを言うな、江美子」
「そうね。あなたには、そうせざるを得なかった理由があったのよね」
「それは、皮肉か?」
「いいえ。真実を言っただけよ」

 それに九鬼は言葉を返さず、わずかに沈黙し、

「とにかく、天月蘭に女王となる資格はない。だが、新たに築いた王国の頂点は、やはり女王でなければだめだ」

 そう言った。
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