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チャプター【48】
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「じゃあ、この私なら、どう?」
木戸江美子が言った。
「いや、期待を裏切って悪いが、君でもない」
「なら、だれがいるって言うのよ。月にはまだ眠りに就いたままの同胞がいるでしょうけど、女王に相応しい者が生存しているとは、とても思えないわ」
「わからないのか。いるじゃないか、この星に。女王にもっとも相応しい存在が」
「この星に?……」
木戸江美子は考えこむように眼を伏せると、
「それって、まさかあの女の――」
思い当たったのか、改めるように九鬼の横顔へと視線を向けた。
「そのまさかさ。女王の娘。これほど、新たな女王に相応しい者はいないだろう。これまで、天月蘭の好き勝手にさせていたのは、娘の存在があったからだ。その娘も、もう親離れをしていいころだからな。機は熟した。いよいよ動き出すときだ」
そこで九鬼は、改めるように木戸江美子に顔を向けた。
「江美子。君を妃にしてやることはできないが、宰相の妻にすることはできる」
「宰相の妻?」
「この俺が、宰相になるのさ。天月蘭の娘を女王に据えたとしても、その王国を支えることができるのは、この俺しかいないだろう?」
「――――」
木戸江美子は答えず、顔を正面に向けた。
「なんだ。妃でなければ不服か?」
その問いに、木戸江美子はわずかに黙して、
「いいえ」
九鬼を見つめた。
「そんなものはないわ。妃だろうと、宰相の妻であろうと、私はどっちだってかまわないのよ。どちらにしても、あなたの妻には変わりはないんだから。私は、あの女、天月蘭をこの手で抹殺することができればそれでいい」
「そうか」
九鬼は意味ありげな眼で、木戸江美子を見つめ返している。
「なによ」
木戸江美子が、訝しそうに訊いた。
「君は、嫉妬しているのか」
「唐突に、なにを言い出すのかと思えば、私がだれに嫉妬しているって言うのよ」
「女王にさ。君は、俺と女王との関係を知っていたからな」
「そうね。確かに私は、女王に嫉妬していたわ。けれど、それはあくまで女王によ。その女王もいまはいないわ」
そう言った木戸江美子を、九鬼は窺うように見つめ、
「ああ。そうだな」
右手の指先で彼女の顎を軽く上げると、
「君は、俺の妻になるんだ」
唇を近づけ、口づけをした。
しかし、その口づけは軽いもので、九鬼はすぐに窓の外へと顔を向けた。
木戸江美子は、物足りなさそうに九鬼の横顔を見つめている。
九鬼は、夜空に浮かぶ月に眼を馳せている。
「江美子」
ふと、九鬼が呼んだ。
「倉上を呼んできてくれないか」
「どうして私が? あいつ、嫌いなのよ。暗いし、ほとんどしゃべらないし、なにを考えてるのかわからないんだから」
木戸江美子は、不満を口にした。
軽い口づけの物足りなさに、機嫌を損ねているのだろう。
「頼むよ、江美子。口づけのつづきは、倉上と話をしたあとでゆっくりと楽しもう」
九鬼のその言葉で、木戸江美子はとたんに機嫌を直し、
「わかったわ」
言うと、ベッドへ足を運び、シルクローブを羽織って部屋の外へと出ていった。
静寂となった部屋でひとり、九鬼は月を見つづけている。
「蘭――いや、女王陛下。あんたのいるこの世界は、もう終わりだ」
口端を上げて笑った九鬼の眼が、青い耀きを放っていた。
木戸江美子が言った。
「いや、期待を裏切って悪いが、君でもない」
「なら、だれがいるって言うのよ。月にはまだ眠りに就いたままの同胞がいるでしょうけど、女王に相応しい者が生存しているとは、とても思えないわ」
「わからないのか。いるじゃないか、この星に。女王にもっとも相応しい存在が」
「この星に?……」
木戸江美子は考えこむように眼を伏せると、
「それって、まさかあの女の――」
思い当たったのか、改めるように九鬼の横顔へと視線を向けた。
「そのまさかさ。女王の娘。これほど、新たな女王に相応しい者はいないだろう。これまで、天月蘭の好き勝手にさせていたのは、娘の存在があったからだ。その娘も、もう親離れをしていいころだからな。機は熟した。いよいよ動き出すときだ」
そこで九鬼は、改めるように木戸江美子に顔を向けた。
「江美子。君を妃にしてやることはできないが、宰相の妻にすることはできる」
「宰相の妻?」
「この俺が、宰相になるのさ。天月蘭の娘を女王に据えたとしても、その王国を支えることができるのは、この俺しかいないだろう?」
「――――」
木戸江美子は答えず、顔を正面に向けた。
「なんだ。妃でなければ不服か?」
その問いに、木戸江美子はわずかに黙して、
「いいえ」
九鬼を見つめた。
「そんなものはないわ。妃だろうと、宰相の妻であろうと、私はどっちだってかまわないのよ。どちらにしても、あなたの妻には変わりはないんだから。私は、あの女、天月蘭をこの手で抹殺することができればそれでいい」
「そうか」
九鬼は意味ありげな眼で、木戸江美子を見つめ返している。
「なによ」
木戸江美子が、訝しそうに訊いた。
「君は、嫉妬しているのか」
「唐突に、なにを言い出すのかと思えば、私がだれに嫉妬しているって言うのよ」
「女王にさ。君は、俺と女王との関係を知っていたからな」
「そうね。確かに私は、女王に嫉妬していたわ。けれど、それはあくまで女王によ。その女王もいまはいないわ」
そう言った木戸江美子を、九鬼は窺うように見つめ、
「ああ。そうだな」
右手の指先で彼女の顎を軽く上げると、
「君は、俺の妻になるんだ」
唇を近づけ、口づけをした。
しかし、その口づけは軽いもので、九鬼はすぐに窓の外へと顔を向けた。
木戸江美子は、物足りなさそうに九鬼の横顔を見つめている。
九鬼は、夜空に浮かぶ月に眼を馳せている。
「江美子」
ふと、九鬼が呼んだ。
「倉上を呼んできてくれないか」
「どうして私が? あいつ、嫌いなのよ。暗いし、ほとんどしゃべらないし、なにを考えてるのかわからないんだから」
木戸江美子は、不満を口にした。
軽い口づけの物足りなさに、機嫌を損ねているのだろう。
「頼むよ、江美子。口づけのつづきは、倉上と話をしたあとでゆっくりと楽しもう」
九鬼のその言葉で、木戸江美子はとたんに機嫌を直し、
「わかったわ」
言うと、ベッドへ足を運び、シルクローブを羽織って部屋の外へと出ていった。
静寂となった部屋でひとり、九鬼は月を見つづけている。
「蘭――いや、女王陛下。あんたのいるこの世界は、もう終わりだ」
口端を上げて笑った九鬼の眼が、青い耀きを放っていた。
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