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チャプター【55】

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「子供騙しもいいところだ」

 ぽつりとそう言うと、蘭はすっと後方へふり返り、左手に持つ銃のトリガーを絞った。
 銃弾が、妨げを受けることなく、大気を破って疾駆(しっく)していく。

「どこを狙っ――」

 声がした。

 だが、その声が最後まで言葉を言い切る前に、

  ダンッ!

 1発の銃声が上がった。
 蘭の右腕に持つ銃が、左腕とは違う方角に向いている。
 銃口に煙が揺れている。
 すると、

「ごわッ!」

 その声とともに、獅子男の姿が現れた。
 蘭が銃口を向けている、3メートルほど前方である。
 6体の獅子男の姿は、すでに消えていた。
 その6体が残像だということを、蘭は見抜いていたというわけだ。

「きさま……、1発目は、憶測で撃ったのではなかったのか……」

 獅子男が腹部を片手で抑えている。
 その指の隙間から血が滲んでいた。

「憶測で撃つわけがないだろう。誘ったんだよ。おまえを」

 蘭が答えた。

「誘っただと?……」
「ああ。わざと外せば、その隙を見ておまえが近づいてくると思ってな。要は、おまえを釣る餌さ。マヌケなおまえは、その餌にまんまと掛かったんだよ」

 蘭は左手に持つ銃も、獅子男に向けた。

「ぐぬぬ……、小癪(こしゃく)な――」

 真似を、と獅子男が言い切る前に、再び蘭はトリガーを絞った。
 2発の銃弾が、獅子男を撃ち抜く。

「ぐはッ!」

 獅子男の巨体が、ゆらりと後方へ揺らぐ。
 その獅子男に向けて、蘭はトリガーを絞る。

  ダンッ、
  ダンッ、
  ダンッ、
  ダンッ!

 4発の銃弾が発射された。
 しかし、その4発の銃弾が届く前に、獅子男の姿が消えた。

「きさまァ、またしても卑怯な手を使ったなァ…」

 獅子男の声だけが、大気の中に響く。

「そうして、姿を消すのもいいが、ひとつ言っておく」

 姿の見えない獅子男に向かって、蘭が言った。

「おまえに撃ちこんだ弾は、鉛玉じゃない」
「なに? いったい、なにを撃ちこんだと言うんだ!」

 獅子男の声だけが聴こえてくる。

「その弾には、ナノマシンが仕込んである」
「ナノマシン? なんだそれはァ」
「おまえたち最初の5人を排除すべく、久坂博士が創ったものだ。人間の肉体を奪ったおまえたち地球外生命体は、人間の血や肉を摂取しなければならない。そうしなければ、最後には自然発火を起こして燃えつきてしまうからだ。博士はそこに目をつけた。要するに、おまえに撃ちこんだそのナノマシンは、細胞へと入りこんで自然発火を誘発させるんだ。じきにおまえは、自らが発する火で燃えつきることになるのさ」
「ば、馬鹿な!」

 獅子男の声があがった。
 その声には、あきらかに動揺があった。
 そこで沈黙が落ちる。
 と、

 グ、ハ、ハ、ハ……。

 獅子男の高嗤いが響いた。

「なにが可笑しい。自分の死にざまを知って、狂ったか」

 蘭が言う。

「これが笑わずにいられるか。このおれが、燃えつきるだとう? そんなことが、起こると思っているのか。どうせ、捕えたセリアンに対する実験の結果がそうだったのだろうがな、やつらはおれたちの複製(コピー)だ。マスターのひとりであるこのおれが、自然発火で燃えつきるわけがないだろうが。グ、ハ、ハ。無駄骨だったなァ」

 勝ち誇ったように、獅子男が言った。

「無駄骨かどうかは、すぐにわかるさ」
「そうか。なら、少し待ってみようか――などと、言うと思うかァ!」

 獅子男が言った、その直後、

  ドゴォォォオン!

 凄まじい音が鳴り響いた。
 と思うと、蘭が立っていた車のボディが、一瞬にしてアルミ缶のように中央からひしゃげてしまっていた。
 蘭の姿はない。
 そのときすでに、蘭は別の車のルーフに立っていた。

「よくぞ、躱(かわ)したなァ」

 獅子男の声。

「フン。まだ、わからないのか。おまえの瞬動(しゅんどう)など、すでに見切っている」
「なに! では、これならどうだ!」

 と、ひしゃげた車が、すうっと宙に浮いた。
 浮いたその車が、蘭に向かって飛んでくる。
 蘭がそれを躱(かわ)す。
 躱したところに、別の車が飛んでくる。
 それをまた躱す。
 すると、そのとき、

「ぐうッ!」

 蘭を、10トン級の重い衝撃が襲った。
 たちまち蘭は、後方へ吹き飛ばされていた。
 10メートル、いや、20メートルほども吹き飛んでいき、ファースト・フード店らしき店舗のガラス張りの窓をぶち破っていった。
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