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チャプター【64】

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 蘭は銃を撃とうとし、だが、トリガーを絞ることができなかった。
 指が動かない。
 いや、それどころか、身体を眼に見えぬ何かに縛られたように、動くことができないのであった。

「くッ……、なにを、した……」

 動けぬ蘭の眼前で、木戸江美子は足を止めた。
 顔を近づけていき、蘭の右頬に自分の左頬を密着させると、

「あなたに会ったあのときに、こうしていればよかったわ」

 息を吹きかけるように、耳元でそう囁いた。
 と、そのとき、蘭の背に光を帯びた手が突き出してきた。
 木戸江美子が、手刀で蘭の腹を貫いたのだ。
 木戸江美子の唇に、ふっと微笑が浮かんだ。

「素早いはね。私の空縛(からしば)りを破るなんて、褒めてあげるわ」

 言うと、蘭を貫いている腕を軽く横へふった。
 木戸江美子の手がするりと抜けて、蘭が倒れた。
 だが、それは蘭ではなく、椅子に坐っていた人形だった。

「おまえの技が、未熟なだけだ」

 その声は、木戸江美子の背後で聴こえた。
 蘭がそこに立っている。

「フフ。言うじゃない。でもそうね。甘く見ていたわ。コピーとは言え、天月蘭、あなたは九鬼の血を共有しているんですものね」

 木戸江美子はふり返らずに言った。

「そんなことはどうだっていい。菜々の居場所を言わないなら、おまえに用はない」
「そんなに知りたければ、教えてあげてもいいわよ」

 そこで木戸江美子は、うしろをふり返った。

「でも、どうかしら。それを知ったところで無駄だと思うわ。だって、どうせあなたは、娘に会うことなくここで死ぬんですもの」

 木戸江美子が言うと、どこから這い出てきたのか、10体のセリアンが姿を現した。

「どこまでも、私の邪魔をするつもりか」

 蘭は銃を構えた。

  ダン、
  ダン、
  ダン、
  ダン、
  ダン、
  ダン!

 向かってくる3体のセリアンに、2発ずつB血清弾を打ちこんだ。
 胸と額にである。
 3体は崩れるように倒れていった。

  オゴァアッ!
  ガゥアッ!

 さらに2体が迫る。
 その2体にも、B血清弾をやはり2発ずつ打ちこむ。
 と、また別の2体が迫り、蘭はトリガーを絞った。
 だが、B血清弾が出ない。

「チッ。こんなときに、弾切れか」

 そこへ、ここぞとばかりに、1体のセリアンの腕がふり下されてきた。
 蘭は後方へ跳んでそれを躱し、すぐさまマガジン・リリースボタンを押して空の弾倉を外した。
 腰へと腕を回す。
 そこには弾倉が装備されており、マガジン・フォロアの底部をあてれば、すぐに装填できるようになっていた。
 弾倉を装填し、セリアンに銃を向けようとした、そのとき、太い腕が眼前に迫ってきた。
 蘭は躱(かわ)す間がなかった。
 それでも、かろうじて両腕で顔をカバーした。
 太い腕が、蘭を捉える。
 重い衝撃に、蘭は吹き飛んでいた。
 5メートル以上吹き飛ばされたところで、蘭の身体は止まった。
 倒れてはいない。
 顔をカバーしていた両腕を下す。セリアンに眼を向けると、10体のうち5体を倒したはずであるのに、セリアンの数は10体以上も増えていた。
 蘭を取り囲むようにして、セリアンが迫ってくる。

「これじゃ、キリがない」

 蘭は言うと、なぜか銃をホルスターに収めた。

「悪いが、ここからは命の保障はしない」

 さらにそう言った蘭の両手が蒼白い光を発した。
 瞳が金碧色に耀く。

  ごる……

 喉が鳴った。
 わずかにつり上げた唇に、長く伸びた犬歯が覗いた。
 蘭は、取り囲む10数体のセリアンを睥睨した。
 その蘭の背後から、1体のセリアンが襲いかかった。
 蘭はふり返りもせずに、すっと腕上げると後方へと軽くふった。
 光を発している拳が、襲いかかるセリアンの鼻頭を捉える。
 それだけで、そのセリアンは吹き飛ばされていた。
 それを見た、正面のセリアンが蘭に跳びかかっていく。
 すると、そのセリアンの頭の先端から、下方に向かって真っすぐに閃光が走った。
 蘭が手刀を放ったのだ。
 それによって、まだ宙にあったそのセリアンの身体が、左右真っ二つに断ち割られて床に落ちた。
 そのときには、蘭はもう別のセリアンの胸を手刀で貫き、また別のセリアンの腹を裂き、次々とセリアンを斃(たお)していった。
 その数13体。
 時間はわずか10秒ほどであった。
 残った数体は、たちまち恐れをなして、その場から逃げ出していった。
 蘭は追おうとはしなかった。
 顔が返り血で染まっている。
 その血が頬から唇へとつたい、蘭はそれを舌先で絡め取った。

 ごう……

 金碧色の瞳の耀きが増した。
 その瞳は、冷めた微笑を浮かべて見つめる木戸江美子を睨んでいた。
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