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チャプター【65】
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「しゃらくさいわね、天月蘭! その首、この私が刈ってやるわ」
そう言った、木戸江美子の唇に覗く犬歯も長く伸びていた。
蘭と木戸江美子。
ふたりは対峙した。
と、
「江美子さん。あなたの手をわずらわせることもありませんよ」
その声とともに、ひとりの男が姿を現した。
それは、ロビーから消えた黒いスーツの男だった。
男は木戸江美子の前に立った。
「邪魔しないで」
不機嫌そうに、木戸江美子が言った。
「いや、ここはおれに任せてください」
男は、蘭を見つめながらそう返した。
その瞬間、男はハッとした顔をして、うしろをふり返った。
だが、ふり返ったのは身体だけで、顔はそのまま蘭へと向いていた。
何かを問おうとでもしているかような男の顔が、うなだれるように前に傾いたかと思うと、首がごろりと落ちて床に転がった。
木戸江美子の指先から、血が滴り落ちている。
手刀によって男の首を斬り落としたのだ。
首を失った男の身体の切断面から、血が、ぴゅう、ぴゅうと噴き出した。
「邪魔しないでと言ったはずよ」
木戸江美子が、立ったままの首のない男の肩を、どんと押した。
押された男の身体は、よろよろと後退すると、転がった自分の首に足を取られて倒れこんだ。
「これで、邪魔者はいなくなったわ」
木戸江美子は、緑色に耀く双眸(そうぼう)を蘭に向けた。
ごぉうッ!
蘭が、木戸江美子に向かって吼えた。
がうぁッ!
木戸江美子もまた、蘭に向かって吼える。
睨み合うふたりの気の塊が、一気に体外へと放出した。
ふたりは、互いに向かって床を蹴った。
蘭が手刀を突いていく。
それを、木戸江美子が手の甲で横へ弾き、その手の軌道を変えて、蘭の顔へ同じく手刀をくり出した。
蘭は首を曲げてそれを躱(かわ)し、その腕を摑んで木戸江美子を柱へと放り投げた。
間髪入れずに蘭は床を蹴り、柱に叩きつけられた木戸江美子に拳を打ちこんでいった。
だが、木戸江美子はその場から消え、蘭は柱を砕いていた。
蘭はふり返り、周囲に眼をやった。
木戸江美子の姿は見えない。
柱の陰にでも隠れたのか。
「どうした。シッポを巻いて逃げだしたか」
蘭が言う。
「失礼ね。舐めたことを言うんじゃないわよ」
木戸江美子の声は、フロアに響くように四方から聴こえてきた。
「フン。瞬動で姿を消したか。獣化した水野にも言ったが、そんな子供騙しは私に通用しない」
「――――」
そこでわずかに沈黙があり、
「水野はどうしたのよ」
木戸江美子の声だけが聴こえた。
「私がここにいるということが答えさ」
「彼、死んだのね」
「ああ。細切れになり、燃えつきて灰になったよ」
「そう。水野は死んだの……」
木戸江美子のその声は、幾分力なく聴こえた。
「やつは、私の夫の腹を喰い破り、贓物(ぞうぶつ)を喰らった。当然の酬いだ」
「――――」
木戸江美子は、そこでまた沈黙した。
「どうした。おまえたちにも、仲間の死を悼む心があるのか。それとも、木戸江美子自身の心が残っているのか」
蘭のその言葉にも、木戸江美子は沈黙をつづけていたが、
「そうね……」
ぽつりと答えた。
「なら、これ以上闘う必要はない」
蘭は諭すように言った。
と、
「フフフ、ハハハハハ!」
木戸江美子が高らかに笑った。
「やだ、真に受けたの? 馬鹿みたい。まあ、確かに、この肉体には人間だった水野の記憶があるけれど、でもそれは、言葉どおりに脳にあった記憶であって、あなたの言う心なんてどこにもなかったわ。人間という生物は、愛や心などと言うけれど、それはただの幻想のようね。それを信じている人間て、なんて愚かなのかしら」
「幻想だっていい。愚かだっていいさ。それを信じればこそ、人間は強くなれる。それを知らないおまえたちよりは、よほど幸せというものだ。だが、安心したよ。おまえを斃(たお)すのに、遠慮せずにすむ」
挑むように蘭は言った。
そう言った、木戸江美子の唇に覗く犬歯も長く伸びていた。
蘭と木戸江美子。
ふたりは対峙した。
と、
「江美子さん。あなたの手をわずらわせることもありませんよ」
その声とともに、ひとりの男が姿を現した。
それは、ロビーから消えた黒いスーツの男だった。
男は木戸江美子の前に立った。
「邪魔しないで」
不機嫌そうに、木戸江美子が言った。
「いや、ここはおれに任せてください」
男は、蘭を見つめながらそう返した。
その瞬間、男はハッとした顔をして、うしろをふり返った。
だが、ふり返ったのは身体だけで、顔はそのまま蘭へと向いていた。
何かを問おうとでもしているかような男の顔が、うなだれるように前に傾いたかと思うと、首がごろりと落ちて床に転がった。
木戸江美子の指先から、血が滴り落ちている。
手刀によって男の首を斬り落としたのだ。
首を失った男の身体の切断面から、血が、ぴゅう、ぴゅうと噴き出した。
「邪魔しないでと言ったはずよ」
木戸江美子が、立ったままの首のない男の肩を、どんと押した。
押された男の身体は、よろよろと後退すると、転がった自分の首に足を取られて倒れこんだ。
「これで、邪魔者はいなくなったわ」
木戸江美子は、緑色に耀く双眸(そうぼう)を蘭に向けた。
ごぉうッ!
蘭が、木戸江美子に向かって吼えた。
がうぁッ!
木戸江美子もまた、蘭に向かって吼える。
睨み合うふたりの気の塊が、一気に体外へと放出した。
ふたりは、互いに向かって床を蹴った。
蘭が手刀を突いていく。
それを、木戸江美子が手の甲で横へ弾き、その手の軌道を変えて、蘭の顔へ同じく手刀をくり出した。
蘭は首を曲げてそれを躱(かわ)し、その腕を摑んで木戸江美子を柱へと放り投げた。
間髪入れずに蘭は床を蹴り、柱に叩きつけられた木戸江美子に拳を打ちこんでいった。
だが、木戸江美子はその場から消え、蘭は柱を砕いていた。
蘭はふり返り、周囲に眼をやった。
木戸江美子の姿は見えない。
柱の陰にでも隠れたのか。
「どうした。シッポを巻いて逃げだしたか」
蘭が言う。
「失礼ね。舐めたことを言うんじゃないわよ」
木戸江美子の声は、フロアに響くように四方から聴こえてきた。
「フン。瞬動で姿を消したか。獣化した水野にも言ったが、そんな子供騙しは私に通用しない」
「――――」
そこでわずかに沈黙があり、
「水野はどうしたのよ」
木戸江美子の声だけが聴こえた。
「私がここにいるということが答えさ」
「彼、死んだのね」
「ああ。細切れになり、燃えつきて灰になったよ」
「そう。水野は死んだの……」
木戸江美子のその声は、幾分力なく聴こえた。
「やつは、私の夫の腹を喰い破り、贓物(ぞうぶつ)を喰らった。当然の酬いだ」
「――――」
木戸江美子は、そこでまた沈黙した。
「どうした。おまえたちにも、仲間の死を悼む心があるのか。それとも、木戸江美子自身の心が残っているのか」
蘭のその言葉にも、木戸江美子は沈黙をつづけていたが、
「そうね……」
ぽつりと答えた。
「なら、これ以上闘う必要はない」
蘭は諭すように言った。
と、
「フフフ、ハハハハハ!」
木戸江美子が高らかに笑った。
「やだ、真に受けたの? 馬鹿みたい。まあ、確かに、この肉体には人間だった水野の記憶があるけれど、でもそれは、言葉どおりに脳にあった記憶であって、あなたの言う心なんてどこにもなかったわ。人間という生物は、愛や心などと言うけれど、それはただの幻想のようね。それを信じている人間て、なんて愚かなのかしら」
「幻想だっていい。愚かだっていいさ。それを信じればこそ、人間は強くなれる。それを知らないおまえたちよりは、よほど幸せというものだ。だが、安心したよ。おまえを斃(たお)すのに、遠慮せずにすむ」
挑むように蘭は言った。
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