5 / 55
Subとしての生活
5 Next day【1】
しおりを挟む
午前中は取引先を訪問し、午後になってやっと出社した。
自分のデスクに座ると隣の小紅が小声で話しかけてくる。
「意外。もう来れないと思ってた」
昨日、プロジェクトチームの前で鷹政に膝をつかされたことを言っているのだろう。
「仕事がある」
「まぁそうだよね。おーじサマはやられっぱなしにはしないもんね」
「おまえも無駄口叩かずに仕事をこなせ」
こっちはもう手を動かし始めたのだ。邪魔をするなのオーラを放つ。
転換してから早退しがちだ。仕事の電話やメールが止むことはないため在宅勤務みたいなものだが、それでも滞ったものごとは多い。つまり仕事が溜まっている。
小紅がオフィスチェアの背もたれに体重を預け、何かを思い出したかのようにヒヒヒと笑った。
「昨日さー、おーじサマが一発食らわされてちょっとスッキリしたんだよね」
「……嫌味が言いたいのか?」
「それもあるけど。周りはその話で持ちきり、グループチャットなんか大盛り上がりだよ。あ、おーじサマだけ誘われてないやつね。──ぼくサマくらいしか味方いなさそうなの、かわいそーだなって」
「情けは無用だ」
「武士?」
部下が上司の愚痴を垂れ流すコミュニティはガス抜きとして必要だろう。行き過ぎているときには情報をよこす小紅もいるし、気に留めていない。さみしいという感情もない。職場さえ回ればプライベートの人間関係などなんでもいい。
「あとねぇ、キミが失脚してギラスが天狗になるのはそれはそれでムカつくんだよね」
「はん」
ギラスとは鷹政のことだ。
Sub社員を筆頭に、一部の社員はヤツのことが嫌いすぎて名前で呼ばない。元は《ギラギラのチンカス》を略してギラカスだったが、聞かれたら言い訳ができないということでギラスになっている。
とんでもない蔑称だが、彼がDomの力をふりかざして過去にやったハラスメント──もちろん揉み消されている──をふまえるとそうもなる。
小紅は昨日のあの場にいた。
俺が去ったあと、鷹政は上司から注意はされたらしい。
プロジェクトの引き継ぎは中止にならなかった。
そうして俺の案件をかっさらえたことではりきり、いつも以上にチームへ厳しく接したため、初日から周囲のヘイトはなかなかのようだった。
「だから、おーじサマに協力してあげる。今後の商談はぼくサマも連れて行ってね。Subのスマートな立ち回りを教えちゃうんだから」
「別に頼んでいないが、好きにしろ。あと俺はSubとして働く気はない」
「はーい」
そう返事をして小紅はデスクの定位置に戻っていった。
小紅は入社当時から愛嬌で生き残ってきた男だ。
当初は彼の子供っぽさを頼りなく思っていたが、それが彼の武器だと理解してからは評価している。Subのわりにデキる奴だと。
彼に望まれずとも、俺は一刻も早く信用を取り戻すつもりだ。
こんなところでSub扱いされて終わってたまるか。
鷹政に案件をとられたのは腹が立つが、決まったことに囚われていても仕方がない。
新しい実績を作れば良いだけのことだ。それに……。
「そうそう、ギラスさぁ。取引先からおーじサマと同じパフォーマンスを求められてバッチリ苦労してるよ。昨日《俺の足を引っ張るなよ》ってぼくサマたちに啖呵切ったくせに、自分が一番あたふたしてんの。ウケるよね」
小紅の耳打ちに、ちょうど考えていたことの答え合わせがあって笑ってしまった。
やはり俺の仕事をアレが継げるわけがないのだ。上司も判断を誤ったな。
「精々がんばっていただきたいな」
これを機に、器の差を思い知ればいい。
「おーじサマはさー、ホントにただのエキセントリックサイコパスDVパワハラ上司だけど、仕事ぶりと、ぼくサマたちを他のDomから守ってくれてることには……恩を感じてるんだよ」
こいつ、締めの言葉が感動的なら何を言っても許されると思っているな。
「部下が使えなくなったら困る。当たり前のことをしているだけだ」
「そういうとこが氷のエリート様って言われちゃうんだよ。……って、何してるの?」
俺は資料をまとめ、鞄の口を閉じるところだった。
財布から鞄の内ポケットへ移動させた診察券の存在を確認し、立ち上がる。
「出かける」
小紅はパソコンで社内用のスケジュール管理ツールを開き、俺の夕方の予定が《外出》と曖昧に記入されているのを見て目をぱちくりさせた。
「めずらし」
「用事を済ませたら戻る」
予定の終了時刻は直帰が許される時間帯だったが、そんなことをしては仕事が回らない。
「うーん、ぼくサマたちって、悲しい社畜だよねぇ」
スケジュールの小紅の部分も《社内業務》の表記が定時の先へ振り切っていた。
■
あまり気は乗らないが、とがみクリニックに着いた。
本当は末善先生で受診したかったが、連絡をしたところ「うちではなく杜上先生の診察を受けるように」と言われてしまったのだ。渋ってはみたが──
「うちより予約を取りやすいし、優秀な医者だから安心しなさい。あそこはもう初診の受け入れを断ってるくらいなんだよ、キミは運がいい」
──行かない理由はない、とばかりに太鼓判を押されて電話を切り上げられてしまった。
仕方なく名刺の番号にかけたら、とがみクリニックの受付にすぐ繋がった。
予約のかねあいで夕方からの診療になり、それがいまだ。
著名な末善先生が推すほどなら腕は確かなのだろう。
しかしあの杜上という男、本当に信用していいのか疑問だが……。
待合室で名前を呼ばれ、診療室に向かう。
自分のデスクに座ると隣の小紅が小声で話しかけてくる。
「意外。もう来れないと思ってた」
昨日、プロジェクトチームの前で鷹政に膝をつかされたことを言っているのだろう。
「仕事がある」
「まぁそうだよね。おーじサマはやられっぱなしにはしないもんね」
「おまえも無駄口叩かずに仕事をこなせ」
こっちはもう手を動かし始めたのだ。邪魔をするなのオーラを放つ。
転換してから早退しがちだ。仕事の電話やメールが止むことはないため在宅勤務みたいなものだが、それでも滞ったものごとは多い。つまり仕事が溜まっている。
小紅がオフィスチェアの背もたれに体重を預け、何かを思い出したかのようにヒヒヒと笑った。
「昨日さー、おーじサマが一発食らわされてちょっとスッキリしたんだよね」
「……嫌味が言いたいのか?」
「それもあるけど。周りはその話で持ちきり、グループチャットなんか大盛り上がりだよ。あ、おーじサマだけ誘われてないやつね。──ぼくサマくらいしか味方いなさそうなの、かわいそーだなって」
「情けは無用だ」
「武士?」
部下が上司の愚痴を垂れ流すコミュニティはガス抜きとして必要だろう。行き過ぎているときには情報をよこす小紅もいるし、気に留めていない。さみしいという感情もない。職場さえ回ればプライベートの人間関係などなんでもいい。
「あとねぇ、キミが失脚してギラスが天狗になるのはそれはそれでムカつくんだよね」
「はん」
ギラスとは鷹政のことだ。
Sub社員を筆頭に、一部の社員はヤツのことが嫌いすぎて名前で呼ばない。元は《ギラギラのチンカス》を略してギラカスだったが、聞かれたら言い訳ができないということでギラスになっている。
とんでもない蔑称だが、彼がDomの力をふりかざして過去にやったハラスメント──もちろん揉み消されている──をふまえるとそうもなる。
小紅は昨日のあの場にいた。
俺が去ったあと、鷹政は上司から注意はされたらしい。
プロジェクトの引き継ぎは中止にならなかった。
そうして俺の案件をかっさらえたことではりきり、いつも以上にチームへ厳しく接したため、初日から周囲のヘイトはなかなかのようだった。
「だから、おーじサマに協力してあげる。今後の商談はぼくサマも連れて行ってね。Subのスマートな立ち回りを教えちゃうんだから」
「別に頼んでいないが、好きにしろ。あと俺はSubとして働く気はない」
「はーい」
そう返事をして小紅はデスクの定位置に戻っていった。
小紅は入社当時から愛嬌で生き残ってきた男だ。
当初は彼の子供っぽさを頼りなく思っていたが、それが彼の武器だと理解してからは評価している。Subのわりにデキる奴だと。
彼に望まれずとも、俺は一刻も早く信用を取り戻すつもりだ。
こんなところでSub扱いされて終わってたまるか。
鷹政に案件をとられたのは腹が立つが、決まったことに囚われていても仕方がない。
新しい実績を作れば良いだけのことだ。それに……。
「そうそう、ギラスさぁ。取引先からおーじサマと同じパフォーマンスを求められてバッチリ苦労してるよ。昨日《俺の足を引っ張るなよ》ってぼくサマたちに啖呵切ったくせに、自分が一番あたふたしてんの。ウケるよね」
小紅の耳打ちに、ちょうど考えていたことの答え合わせがあって笑ってしまった。
やはり俺の仕事をアレが継げるわけがないのだ。上司も判断を誤ったな。
「精々がんばっていただきたいな」
これを機に、器の差を思い知ればいい。
「おーじサマはさー、ホントにただのエキセントリックサイコパスDVパワハラ上司だけど、仕事ぶりと、ぼくサマたちを他のDomから守ってくれてることには……恩を感じてるんだよ」
こいつ、締めの言葉が感動的なら何を言っても許されると思っているな。
「部下が使えなくなったら困る。当たり前のことをしているだけだ」
「そういうとこが氷のエリート様って言われちゃうんだよ。……って、何してるの?」
俺は資料をまとめ、鞄の口を閉じるところだった。
財布から鞄の内ポケットへ移動させた診察券の存在を確認し、立ち上がる。
「出かける」
小紅はパソコンで社内用のスケジュール管理ツールを開き、俺の夕方の予定が《外出》と曖昧に記入されているのを見て目をぱちくりさせた。
「めずらし」
「用事を済ませたら戻る」
予定の終了時刻は直帰が許される時間帯だったが、そんなことをしては仕事が回らない。
「うーん、ぼくサマたちって、悲しい社畜だよねぇ」
スケジュールの小紅の部分も《社内業務》の表記が定時の先へ振り切っていた。
■
あまり気は乗らないが、とがみクリニックに着いた。
本当は末善先生で受診したかったが、連絡をしたところ「うちではなく杜上先生の診察を受けるように」と言われてしまったのだ。渋ってはみたが──
「うちより予約を取りやすいし、優秀な医者だから安心しなさい。あそこはもう初診の受け入れを断ってるくらいなんだよ、キミは運がいい」
──行かない理由はない、とばかりに太鼓判を押されて電話を切り上げられてしまった。
仕方なく名刺の番号にかけたら、とがみクリニックの受付にすぐ繋がった。
予約のかねあいで夕方からの診療になり、それがいまだ。
著名な末善先生が推すほどなら腕は確かなのだろう。
しかしあの杜上という男、本当に信用していいのか疑問だが……。
待合室で名前を呼ばれ、診療室に向かう。
66
あなたにおすすめの小説
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。
碓氷雅
BL
支配や管理で愛情を伝えんとするDomとそれに応えることで愛情を伝えんとするSub。
そんなDom/Subユニバースの世界。
十年、忘れることはなかった初恋の相手を、とある会場で見かける。
「ワインのすべてに青酸カリを入れた!」その一言でパニックに陥った中のことだった。その相手はワイングラスを傾けていて――?!
▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀
第二章を書き終わりましたので小出しにしていこうと思います。
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる