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Subとしての生活
5 Next day【1】
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午前中は取引先を訪問し、午後になってやっと出社した。
自分のデスクに座ると隣の小紅が小声で話しかけてくる。
「意外。もう来れないと思ってた」
昨日、プロジェクトチームの前で鷹政に膝をつかされたことを言っているのだろう。
「仕事がある」
「まぁそうだよね。おーじサマはやられっぱなしにはしないもんね」
「おまえも無駄口叩かずに仕事をこなせ」
こっちはもう手を動かし始めたのだ。邪魔をするなのオーラを放つ。
転換してから早退しがちだ。仕事の電話やメールが止むことはないため在宅勤務みたいなものだが、それでも滞ったものごとは多い。つまり仕事が溜まっている。
小紅がオフィスチェアの背もたれに体重を預け、何かを思い出したかのようにヒヒヒと笑った。
「昨日さー、おーじサマが一発食らわされてちょっとスッキリしたんだよね」
「……嫌味が言いたいのか?」
「それもあるけど。周りはその話で持ちきり、グループチャットなんか大盛り上がりだよ。あ、おーじサマだけ誘われてないやつね。──ぼくサマくらいしか味方いなさそうなの、かわいそーだなって」
「情けは無用だ」
「武士?」
部下が上司の愚痴を垂れ流すコミュニティはガス抜きとして必要だろう。行き過ぎているときには情報をよこす小紅もいるし、気に留めていない。さみしいという感情もない。職場さえ回ればプライベートの人間関係などなんでもいい。
「あとねぇ、キミが失脚してギラスが天狗になるのはそれはそれでムカつくんだよね」
「はん」
ギラスとは鷹政のことだ。
Sub社員を筆頭に、一部の社員はヤツのことが嫌いすぎて名前で呼ばない。元は《ギラギラのチンカス》を略してギラカスだったが、聞かれたら言い訳ができないということでギラスになっている。
とんでもない蔑称だが、彼がDomの力をふりかざして過去にやったハラスメント──もちろん揉み消されている──をふまえるとそうもなる。
小紅は昨日のあの場にいた。
俺が去ったあと、鷹政は上司から注意はされたらしい。
プロジェクトの引き継ぎは中止にならなかった。
そうして俺の案件をかっさらえたことではりきり、いつも以上にチームへ厳しく接したため、初日から周囲のヘイトはなかなかのようだった。
「だから、おーじサマに協力してあげる。今後の商談はぼくサマも連れて行ってね。Subのスマートな立ち回りを教えちゃうんだから」
「別に頼んでいないが、好きにしろ。あと俺はSubとして働く気はない」
「はーい」
そう返事をして小紅はデスクの定位置に戻っていった。
小紅は入社当時から愛嬌で生き残ってきた男だ。
当初は彼の子供っぽさを頼りなく思っていたが、それが彼の武器だと理解してからは評価している。Subのわりにデキる奴だと。
彼に望まれずとも、俺は一刻も早く信用を取り戻すつもりだ。
こんなところでSub扱いされて終わってたまるか。
鷹政に案件をとられたのは腹が立つが、決まったことに囚われていても仕方がない。
新しい実績を作れば良いだけのことだ。それに……。
「そうそう、ギラスさぁ。取引先からおーじサマと同じパフォーマンスを求められてバッチリ苦労してるよ。昨日《俺の足を引っ張るなよ》ってぼくサマたちに啖呵切ったくせに、自分が一番あたふたしてんの。ウケるよね」
小紅の耳打ちに、ちょうど考えていたことの答え合わせがあって笑ってしまった。
やはり俺の仕事をアレが継げるわけがないのだ。上司も判断を誤ったな。
「精々がんばっていただきたいな」
これを機に、器の差を思い知ればいい。
「おーじサマはさー、ホントにただのエキセントリックサイコパスDVパワハラ上司だけど、仕事ぶりと、ぼくサマたちを他のDomから守ってくれてることには……恩を感じてるんだよ」
こいつ、締めの言葉が感動的なら何を言っても許されると思っているな。
「部下が使えなくなったら困る。当たり前のことをしているだけだ」
「そういうとこが氷のエリート様って言われちゃうんだよ。……って、何してるの?」
俺は資料をまとめ、鞄の口を閉じるところだった。
財布から鞄の内ポケットへ移動させた診察券の存在を確認し、立ち上がる。
「出かける」
小紅はパソコンで社内用のスケジュール管理ツールを開き、俺の夕方の予定が《外出》と曖昧に記入されているのを見て目をぱちくりさせた。
「めずらし」
「用事を済ませたら戻る」
予定の終了時刻は直帰が許される時間帯だったが、そんなことをしては仕事が回らない。
「うーん、ぼくサマたちって、悲しい社畜だよねぇ」
スケジュールの小紅の部分も《社内業務》の表記が定時の先へ振り切っていた。
■
あまり気は乗らないが、とがみクリニックに着いた。
本当は末善先生で受診したかったが、連絡をしたところ「うちではなく杜上先生の診察を受けるように」と言われてしまったのだ。渋ってはみたが──
「うちより予約を取りやすいし、優秀な医者だから安心しなさい。あそこはもう初診の受け入れを断ってるくらいなんだよ、キミは運がいい」
──行かない理由はない、とばかりに太鼓判を押されて電話を切り上げられてしまった。
仕方なく名刺の番号にかけたら、とがみクリニックの受付にすぐ繋がった。
予約のかねあいで夕方からの診療になり、それがいまだ。
著名な末善先生が推すほどなら腕は確かなのだろう。
しかしあの杜上という男、本当に信用していいのか疑問だが……。
待合室で名前を呼ばれ、診療室に向かう。
自分のデスクに座ると隣の小紅が小声で話しかけてくる。
「意外。もう来れないと思ってた」
昨日、プロジェクトチームの前で鷹政に膝をつかされたことを言っているのだろう。
「仕事がある」
「まぁそうだよね。おーじサマはやられっぱなしにはしないもんね」
「おまえも無駄口叩かずに仕事をこなせ」
こっちはもう手を動かし始めたのだ。邪魔をするなのオーラを放つ。
転換してから早退しがちだ。仕事の電話やメールが止むことはないため在宅勤務みたいなものだが、それでも滞ったものごとは多い。つまり仕事が溜まっている。
小紅がオフィスチェアの背もたれに体重を預け、何かを思い出したかのようにヒヒヒと笑った。
「昨日さー、おーじサマが一発食らわされてちょっとスッキリしたんだよね」
「……嫌味が言いたいのか?」
「それもあるけど。周りはその話で持ちきり、グループチャットなんか大盛り上がりだよ。あ、おーじサマだけ誘われてないやつね。──ぼくサマくらいしか味方いなさそうなの、かわいそーだなって」
「情けは無用だ」
「武士?」
部下が上司の愚痴を垂れ流すコミュニティはガス抜きとして必要だろう。行き過ぎているときには情報をよこす小紅もいるし、気に留めていない。さみしいという感情もない。職場さえ回ればプライベートの人間関係などなんでもいい。
「あとねぇ、キミが失脚してギラスが天狗になるのはそれはそれでムカつくんだよね」
「はん」
ギラスとは鷹政のことだ。
Sub社員を筆頭に、一部の社員はヤツのことが嫌いすぎて名前で呼ばない。元は《ギラギラのチンカス》を略してギラカスだったが、聞かれたら言い訳ができないということでギラスになっている。
とんでもない蔑称だが、彼がDomの力をふりかざして過去にやったハラスメント──もちろん揉み消されている──をふまえるとそうもなる。
小紅は昨日のあの場にいた。
俺が去ったあと、鷹政は上司から注意はされたらしい。
プロジェクトの引き継ぎは中止にならなかった。
そうして俺の案件をかっさらえたことではりきり、いつも以上にチームへ厳しく接したため、初日から周囲のヘイトはなかなかのようだった。
「だから、おーじサマに協力してあげる。今後の商談はぼくサマも連れて行ってね。Subのスマートな立ち回りを教えちゃうんだから」
「別に頼んでいないが、好きにしろ。あと俺はSubとして働く気はない」
「はーい」
そう返事をして小紅はデスクの定位置に戻っていった。
小紅は入社当時から愛嬌で生き残ってきた男だ。
当初は彼の子供っぽさを頼りなく思っていたが、それが彼の武器だと理解してからは評価している。Subのわりにデキる奴だと。
彼に望まれずとも、俺は一刻も早く信用を取り戻すつもりだ。
こんなところでSub扱いされて終わってたまるか。
鷹政に案件をとられたのは腹が立つが、決まったことに囚われていても仕方がない。
新しい実績を作れば良いだけのことだ。それに……。
「そうそう、ギラスさぁ。取引先からおーじサマと同じパフォーマンスを求められてバッチリ苦労してるよ。昨日《俺の足を引っ張るなよ》ってぼくサマたちに啖呵切ったくせに、自分が一番あたふたしてんの。ウケるよね」
小紅の耳打ちに、ちょうど考えていたことの答え合わせがあって笑ってしまった。
やはり俺の仕事をアレが継げるわけがないのだ。上司も判断を誤ったな。
「精々がんばっていただきたいな」
これを機に、器の差を思い知ればいい。
「おーじサマはさー、ホントにただのエキセントリックサイコパスDVパワハラ上司だけど、仕事ぶりと、ぼくサマたちを他のDomから守ってくれてることには……恩を感じてるんだよ」
こいつ、締めの言葉が感動的なら何を言っても許されると思っているな。
「部下が使えなくなったら困る。当たり前のことをしているだけだ」
「そういうとこが氷のエリート様って言われちゃうんだよ。……って、何してるの?」
俺は資料をまとめ、鞄の口を閉じるところだった。
財布から鞄の内ポケットへ移動させた診察券の存在を確認し、立ち上がる。
「出かける」
小紅はパソコンで社内用のスケジュール管理ツールを開き、俺の夕方の予定が《外出》と曖昧に記入されているのを見て目をぱちくりさせた。
「めずらし」
「用事を済ませたら戻る」
予定の終了時刻は直帰が許される時間帯だったが、そんなことをしては仕事が回らない。
「うーん、ぼくサマたちって、悲しい社畜だよねぇ」
スケジュールの小紅の部分も《社内業務》の表記が定時の先へ振り切っていた。
■
あまり気は乗らないが、とがみクリニックに着いた。
本当は末善先生で受診したかったが、連絡をしたところ「うちではなく杜上先生の診察を受けるように」と言われてしまったのだ。渋ってはみたが──
「うちより予約を取りやすいし、優秀な医者だから安心しなさい。あそこはもう初診の受け入れを断ってるくらいなんだよ、キミは運がいい」
──行かない理由はない、とばかりに太鼓判を押されて電話を切り上げられてしまった。
仕方なく名刺の番号にかけたら、とがみクリニックの受付にすぐ繋がった。
予約のかねあいで夕方からの診療になり、それがいまだ。
著名な末善先生が推すほどなら腕は確かなのだろう。
しかしあの杜上という男、本当に信用していいのか疑問だが……。
待合室で名前を呼ばれ、診療室に向かう。
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