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Subとしての生活
6 Next day【2】
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スライドドアを開けて診療室に入ると、昨日ぶりの男がそこにいた。
ドクター向けのオフィスチェアに腰掛け、タブレットのカルテに視線を落としている。
俺はどんな顔で会えばいいか緊張しているのに、杜上は顔を上げるとまるで何事もなかったかのように柔和な微笑みを作った。
「大慈さん、こんにちは。調子は良くなりました?」
患者用の椅子をすすめられ、腰掛けて返事をする。
「ああ」
Careを受けて調子が良くなったのは事実だ。それは認める。
けれどまたされたいかと言われたら、それは。
「では──」
「今日は会社への建前で来てるだけだ。仕事がまだ残っているから早く済ませたい」
先手を打ってそう言えば、向こうも何かを察したらしい。
「わかりました。顔色も良いですし、この調子で無理せず過ごしましょう。──受付で必ず次の予約をとってくださいね。週に一回はCareを受けてくださらないと」
「週一!?」
あれを?
小紅もパートナーのいないSubだが、金を払ってCareを受けるのは月に一回程度だと言っていたぞ。
「あなたはいま不安定なんです。こまめに様子を見ないといけません。来なかったら、会社に連絡してドクターストップかけますからね」
「…………そのうち来る」
そっぽを向いたまま、ぽそりとそう答える。杜上は表情を変えなかったが、目の奥が笑っていなかった。
「そうそう、《宿題》を持って帰ってもらいましょうか」
「宿題?」
「なんでもいいので、映画館で映画を一本観ること」
「なんで俺が」
「まあまあ。ゆるい宿題です。できたらでいいですよ」
医者の考えることはわからない。なんの意味があると言うんだ。
携帯の電源を切ったら仕事に支障が出る。そもそもそんな娯楽に興味ない。
任意ならなおさら、誰が行くか。
「次の診察のときにチケットの半券、持ってきてください。そうしたらたくさん褒めさせていただくので」
「…………」
■ ■ ■
「ねぇ、仕事のフォローするとは言ったけど、二時間ほど業務端末を預かって欲しいって、なに?」
「うるさい。用事があるんだ」
「そもそも今日って祝日じゃん……とはさすがにぼくサマも言えない。プロヴィデーレって年間休日ゼロ日だし。──これは借りだからね」
あれから、小紅と行動することが増えた。今日も二人で取引先訪問を終えたところだ。
こうやって一緒に動いていると、彼の立ち回りがよくわかる。
自分もそうするかと言われたらしないが。
彼には訪問が終わった後に時間をくれと頼んであった。
俺からそういったお願いをされるのは初めてだったからか、そっと俺の手をとって手の甲をつねっていた。夢か確かめたいなら自分のでやれ。
「二時間で何するつもり?」
飲食店、ファッション店、劇場、様々な店が並ぶ街中で小紅は周囲を見回す。
このあたりに俺が好むような店がないことを彼は知っているのだ。
「映画を……観る」
「へぇー、映画を。……映画を!? この世のすべての娯楽に唾を吐いてそうなおーじサマが!? アンパンマンさえ知らず幼少期は洞窟でつららと広辞苑をしゃぶって育ってそうなおーじサマが!? 映画に興味を!?」
「それは悪口か?」
「うん」
「ならついでに悪口のレパートリーを増やさせてやる。映画のチケットの買い方を教えてくれ」
「券売機の前まで連れていくから、四苦八苦してるさまを見ててもいい? あとね、映画館を観るときはポップコーンとドリンクのLセットとチュロスを買わないとダサい軟弱者だと思われるんだ」
「そうだったのか。小紅、おまえは口は悪いが役に立つな」
「どういたしまして」
そして、上映時間が近い映画を適当に観た。
貧乏なSubと実業家のDomが運命的な出会いをして愛を誓い合う映画だったが、理解はまったくできなかった。
仕事を放り出して感情的な行動をとるなんて社会人として恥ずかしくないのか?
雨の中で傘もささずに抱き合うシーンでは、両隣の観客はなんと号泣していた。あいつらは手に傘を持っていたんだぞ。なぜささずに放り捨てた? 知性なくふるまう人間の何に共感しているんだ?
食べるタイミングがわからず一口も減っていないポップコーンとチュロスは、劇場を出てから小紅にくれてやった。
感想を求められ、思ったままを伝えたら小紅は大笑いしていた。
ドクター向けのオフィスチェアに腰掛け、タブレットのカルテに視線を落としている。
俺はどんな顔で会えばいいか緊張しているのに、杜上は顔を上げるとまるで何事もなかったかのように柔和な微笑みを作った。
「大慈さん、こんにちは。調子は良くなりました?」
患者用の椅子をすすめられ、腰掛けて返事をする。
「ああ」
Careを受けて調子が良くなったのは事実だ。それは認める。
けれどまたされたいかと言われたら、それは。
「では──」
「今日は会社への建前で来てるだけだ。仕事がまだ残っているから早く済ませたい」
先手を打ってそう言えば、向こうも何かを察したらしい。
「わかりました。顔色も良いですし、この調子で無理せず過ごしましょう。──受付で必ず次の予約をとってくださいね。週に一回はCareを受けてくださらないと」
「週一!?」
あれを?
小紅もパートナーのいないSubだが、金を払ってCareを受けるのは月に一回程度だと言っていたぞ。
「あなたはいま不安定なんです。こまめに様子を見ないといけません。来なかったら、会社に連絡してドクターストップかけますからね」
「…………そのうち来る」
そっぽを向いたまま、ぽそりとそう答える。杜上は表情を変えなかったが、目の奥が笑っていなかった。
「そうそう、《宿題》を持って帰ってもらいましょうか」
「宿題?」
「なんでもいいので、映画館で映画を一本観ること」
「なんで俺が」
「まあまあ。ゆるい宿題です。できたらでいいですよ」
医者の考えることはわからない。なんの意味があると言うんだ。
携帯の電源を切ったら仕事に支障が出る。そもそもそんな娯楽に興味ない。
任意ならなおさら、誰が行くか。
「次の診察のときにチケットの半券、持ってきてください。そうしたらたくさん褒めさせていただくので」
「…………」
■ ■ ■
「ねぇ、仕事のフォローするとは言ったけど、二時間ほど業務端末を預かって欲しいって、なに?」
「うるさい。用事があるんだ」
「そもそも今日って祝日じゃん……とはさすがにぼくサマも言えない。プロヴィデーレって年間休日ゼロ日だし。──これは借りだからね」
あれから、小紅と行動することが増えた。今日も二人で取引先訪問を終えたところだ。
こうやって一緒に動いていると、彼の立ち回りがよくわかる。
自分もそうするかと言われたらしないが。
彼には訪問が終わった後に時間をくれと頼んであった。
俺からそういったお願いをされるのは初めてだったからか、そっと俺の手をとって手の甲をつねっていた。夢か確かめたいなら自分のでやれ。
「二時間で何するつもり?」
飲食店、ファッション店、劇場、様々な店が並ぶ街中で小紅は周囲を見回す。
このあたりに俺が好むような店がないことを彼は知っているのだ。
「映画を……観る」
「へぇー、映画を。……映画を!? この世のすべての娯楽に唾を吐いてそうなおーじサマが!? アンパンマンさえ知らず幼少期は洞窟でつららと広辞苑をしゃぶって育ってそうなおーじサマが!? 映画に興味を!?」
「それは悪口か?」
「うん」
「ならついでに悪口のレパートリーを増やさせてやる。映画のチケットの買い方を教えてくれ」
「券売機の前まで連れていくから、四苦八苦してるさまを見ててもいい? あとね、映画館を観るときはポップコーンとドリンクのLセットとチュロスを買わないとダサい軟弱者だと思われるんだ」
「そうだったのか。小紅、おまえは口は悪いが役に立つな」
「どういたしまして」
そして、上映時間が近い映画を適当に観た。
貧乏なSubと実業家のDomが運命的な出会いをして愛を誓い合う映画だったが、理解はまったくできなかった。
仕事を放り出して感情的な行動をとるなんて社会人として恥ずかしくないのか?
雨の中で傘もささずに抱き合うシーンでは、両隣の観客はなんと号泣していた。あいつらは手に傘を持っていたんだぞ。なぜささずに放り捨てた? 知性なくふるまう人間の何に共感しているんだ?
食べるタイミングがわからず一口も減っていないポップコーンとチュロスは、劇場を出てから小紅にくれてやった。
感想を求められ、思ったままを伝えたら小紅は大笑いしていた。
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