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Subとしての生活
7 Attract【1】
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相変わらず休みはないが、小紅の協力もあってクリニックに行く時間を作ることができている。
見慣れてきた診療室の椅子に座り、むすっとした顔のまま映画の半券を見せた。
「宿題、やってくれたんですね」
杜上は嬉しそうに白衣のポケットから個包装の飴玉を取り出すと、俺の半券と交換した。
「俺は子供じゃないんだが」
「わかってますよ。僕の五つ上ですもんね」
言われて知る杜上の年齢に驚く。同じ世代どころか二十代なのか。
その若さで開業医とは、よほどの才能と人望、そして自信がなければ難しい。
「……本当に優秀なんだな」
「Domですから」
おや、と思う。
杜上は第二性を武器や盾にするタイプには見えない。
「おまえがそういう風に言うのは意外だ」
「能力を持って生まれたことから逃げるな。──昔、そう言われたので」
彼は俺の知らない思い出を振り返っているようで、懐かしそうに「ふふふ」と笑った。
キィ。椅子のキャスターが小さな音を立てる。杜上が前側へ体重をかけたからだ。
「僕たちのセーフワードは覚えていますね?」
ぎくりとする。
その確認は、あのときのようなCareが始まる合図に他ならない。
悔しくも甘い記憶が蘇ってくる。喉が渇きを思い出すように張り付き、声がかすれた。
「杜上」
「それはセーフワードじゃないですよ。中止のときは【Red】です。──《Come》」
杜上は白衣を後ろに流すと、膝をぽんぽんと叩いた。
飴といい、やっぱり子供扱いじゃないか。
従う俺も俺だ。
大人二人の体重を支える椅子を気の毒に思いながら彼の膝に乗る。
抱き寄せられ、背中を優しく撫でられた。
「《Good》、やっぱり飲み込みが早いですね」
行き場のない両手をおそるおそる彼の肩に置く。
手から、背中から、触れているところから彼の体温が伝わってくると、言いようのない心地に襲われてむずがゆい。
なにより、すぐそばから届く声が俺を惑わせる。
「宿題、やってくれるとは正直思ってませんでした」
「なっ……、やれと言ったのはおまえだろう……!」
「だって、宿題の話をされてるとき『絶対やる気ないです』って顔してましたよ」
「…………」
それはそう。
彼の手は緩く背中を撫で続けている。要求が叶った喜びの深さを示すように。
「《時間を割くのは大変だったでしょう》。《僕の頼みを聞いてくれてありがとう》。大慈さんは本当に良い子だ》」
ただの男の言葉ひとつひとつが脳に甘く染みる。
乾いた土が水を求めるように求めてしまう。いつの間にか、俺は彼の声に集中していた。
「《僕の手を引いて、診察台まで連れていってくれますか?》」
差し出された彼の手をとり、たった数歩の距離を誘導していく。
「……これでいいか?」
「ええ。《Sit》」
診察用の簡易ベッドの縁に腰かけた。
正面に立つ杜上は、俺を見下ろしながら命令を追加する。
「《いまは不快ですか?》」
ただの質問なのか、命令を含むSpeakなのか、不思議と区別がつく。
褒美を与えるに相応しいか、Domの瞳で俺を見据えるから。
「……それほど不快ではない」
会社では、Subを見るDomの目が憎くてたまらないが、診療室では比較的冷静でいられる。同僚と杜上の目は、同じDomでも何かが違った。
「《課題をよくこなせていてすばらしいです》」
彼に微笑まれるとやはりホッとしてしまう。
だからこそ、得体が知れなくて怖い。無苦の毒を受け入れているみたいで。
「デスクにペンを忘れてきてしまいました。《取ってきてもらえませんか?》」
彼の視線を追えば、机の書類の上にぽつんとキャップ付きのペンがある。
腰を上げて来た道を引き返し、診察台に戻ってペンを見せれば頬を撫でられる。
「《助かりました》」
「ふん」
……俺は、少しだけ機嫌が悪くなっていた。
褒められることはなんだかんだ悪くないが、こうも簡単なことばかり指示され、子供をあやすような態度をされるのは違う気がする。
当初Playを拒んでいたとはいえ、こんなことしかできないと思われているのか?
俺の心のうちを知ってか知らずか、杜上は近くの椅子を引き寄せて座りつつ、俺の持つペンを指差して言った。
「少し難しいお願いをします。キャップは付けたままでいいので、そのペン先で僕の身体をつついてください。示した箇所を、あなたが触られてもいいところとみなします」
「なんだと?」
意味がすぐには理解できなかった。
彼はペンを持つ俺の手を緩くつかみ、自分のほうへと引き寄せる。
ペン先が白衣の右肩に当たる。
「たとえば、あなたがペンで僕の右肩に触れたとします。そうしたら、僕はあなたの肩にだけ触れる。大慈さんが嫌なところには踏み込まない」
彼の手が俺の肩に置かれ、そのままじっとしている。
言いたいことはわかった。意味があるのかはわからない。
なんの考えもなく、彼の右肩に当たったままのペン先を肘に向かって滑らせる。
すると、俺の肩に触れる手のひらも同じように動く。
「……っ」
なんだか恥ずかしい。
命じられるがままのほうが楽なこともあるんだな。
「《上手ですよ》」
でも、小物を取りに行かされるよりRewardを受け取りやすい気もする。
ペン先が手の甲に至ると、なんとなく近くの太腿へ移動させた。
彼の手が俺の脚に乗せられると、ドキリとしてとっさにペンの位置を脇腹に動かす。いやそこもなんだか良くない。
「ふぅっ……!」
内心であたふたしながら動かすペンの通りに彼の手が俺の腰を撫で、思わず呼吸を乱してしまう。
手のぬくもりから、あのときのことを思い出してしまうとは想定外だ。
「その調子で、撫でられて嬉しいところをもっと教えてください」
「これ、そういう……っ」
「口では言いにくいでしょう?」
「ペンだって……同じだ」
途端に動かせなくなった俺を、杜上は見つめている。
「さっき頬を撫でましたけど、嫌でした?」
嫌ではないが……。
彼の頬にペン先で触れれば、そっと頬に触れられた。顔をしかめてしまう。
嫌ではないが、悔しい。
「《良い子ですね》」
頬を包む彼の手、その指先がいたずらに肌を撫でる。
ますます悔しくなる。
もっと触れられたい、褒められたいと欲が出るから。
見慣れてきた診療室の椅子に座り、むすっとした顔のまま映画の半券を見せた。
「宿題、やってくれたんですね」
杜上は嬉しそうに白衣のポケットから個包装の飴玉を取り出すと、俺の半券と交換した。
「俺は子供じゃないんだが」
「わかってますよ。僕の五つ上ですもんね」
言われて知る杜上の年齢に驚く。同じ世代どころか二十代なのか。
その若さで開業医とは、よほどの才能と人望、そして自信がなければ難しい。
「……本当に優秀なんだな」
「Domですから」
おや、と思う。
杜上は第二性を武器や盾にするタイプには見えない。
「おまえがそういう風に言うのは意外だ」
「能力を持って生まれたことから逃げるな。──昔、そう言われたので」
彼は俺の知らない思い出を振り返っているようで、懐かしそうに「ふふふ」と笑った。
キィ。椅子のキャスターが小さな音を立てる。杜上が前側へ体重をかけたからだ。
「僕たちのセーフワードは覚えていますね?」
ぎくりとする。
その確認は、あのときのようなCareが始まる合図に他ならない。
悔しくも甘い記憶が蘇ってくる。喉が渇きを思い出すように張り付き、声がかすれた。
「杜上」
「それはセーフワードじゃないですよ。中止のときは【Red】です。──《Come》」
杜上は白衣を後ろに流すと、膝をぽんぽんと叩いた。
飴といい、やっぱり子供扱いじゃないか。
従う俺も俺だ。
大人二人の体重を支える椅子を気の毒に思いながら彼の膝に乗る。
抱き寄せられ、背中を優しく撫でられた。
「《Good》、やっぱり飲み込みが早いですね」
行き場のない両手をおそるおそる彼の肩に置く。
手から、背中から、触れているところから彼の体温が伝わってくると、言いようのない心地に襲われてむずがゆい。
なにより、すぐそばから届く声が俺を惑わせる。
「宿題、やってくれるとは正直思ってませんでした」
「なっ……、やれと言ったのはおまえだろう……!」
「だって、宿題の話をされてるとき『絶対やる気ないです』って顔してましたよ」
「…………」
それはそう。
彼の手は緩く背中を撫で続けている。要求が叶った喜びの深さを示すように。
「《時間を割くのは大変だったでしょう》。《僕の頼みを聞いてくれてありがとう》。大慈さんは本当に良い子だ》」
ただの男の言葉ひとつひとつが脳に甘く染みる。
乾いた土が水を求めるように求めてしまう。いつの間にか、俺は彼の声に集中していた。
「《僕の手を引いて、診察台まで連れていってくれますか?》」
差し出された彼の手をとり、たった数歩の距離を誘導していく。
「……これでいいか?」
「ええ。《Sit》」
診察用の簡易ベッドの縁に腰かけた。
正面に立つ杜上は、俺を見下ろしながら命令を追加する。
「《いまは不快ですか?》」
ただの質問なのか、命令を含むSpeakなのか、不思議と区別がつく。
褒美を与えるに相応しいか、Domの瞳で俺を見据えるから。
「……それほど不快ではない」
会社では、Subを見るDomの目が憎くてたまらないが、診療室では比較的冷静でいられる。同僚と杜上の目は、同じDomでも何かが違った。
「《課題をよくこなせていてすばらしいです》」
彼に微笑まれるとやはりホッとしてしまう。
だからこそ、得体が知れなくて怖い。無苦の毒を受け入れているみたいで。
「デスクにペンを忘れてきてしまいました。《取ってきてもらえませんか?》」
彼の視線を追えば、机の書類の上にぽつんとキャップ付きのペンがある。
腰を上げて来た道を引き返し、診察台に戻ってペンを見せれば頬を撫でられる。
「《助かりました》」
「ふん」
……俺は、少しだけ機嫌が悪くなっていた。
褒められることはなんだかんだ悪くないが、こうも簡単なことばかり指示され、子供をあやすような態度をされるのは違う気がする。
当初Playを拒んでいたとはいえ、こんなことしかできないと思われているのか?
俺の心のうちを知ってか知らずか、杜上は近くの椅子を引き寄せて座りつつ、俺の持つペンを指差して言った。
「少し難しいお願いをします。キャップは付けたままでいいので、そのペン先で僕の身体をつついてください。示した箇所を、あなたが触られてもいいところとみなします」
「なんだと?」
意味がすぐには理解できなかった。
彼はペンを持つ俺の手を緩くつかみ、自分のほうへと引き寄せる。
ペン先が白衣の右肩に当たる。
「たとえば、あなたがペンで僕の右肩に触れたとします。そうしたら、僕はあなたの肩にだけ触れる。大慈さんが嫌なところには踏み込まない」
彼の手が俺の肩に置かれ、そのままじっとしている。
言いたいことはわかった。意味があるのかはわからない。
なんの考えもなく、彼の右肩に当たったままのペン先を肘に向かって滑らせる。
すると、俺の肩に触れる手のひらも同じように動く。
「……っ」
なんだか恥ずかしい。
命じられるがままのほうが楽なこともあるんだな。
「《上手ですよ》」
でも、小物を取りに行かされるよりRewardを受け取りやすい気もする。
ペン先が手の甲に至ると、なんとなく近くの太腿へ移動させた。
彼の手が俺の脚に乗せられると、ドキリとしてとっさにペンの位置を脇腹に動かす。いやそこもなんだか良くない。
「ふぅっ……!」
内心であたふたしながら動かすペンの通りに彼の手が俺の腰を撫で、思わず呼吸を乱してしまう。
手のぬくもりから、あのときのことを思い出してしまうとは想定外だ。
「その調子で、撫でられて嬉しいところをもっと教えてください」
「これ、そういう……っ」
「口では言いにくいでしょう?」
「ペンだって……同じだ」
途端に動かせなくなった俺を、杜上は見つめている。
「さっき頬を撫でましたけど、嫌でした?」
嫌ではないが……。
彼の頬にペン先で触れれば、そっと頬に触れられた。顔をしかめてしまう。
嫌ではないが、悔しい。
「《良い子ですね》」
頬を包む彼の手、その指先がいたずらに肌を撫でる。
ますます悔しくなる。
もっと触れられたい、褒められたいと欲が出るから。
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