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Subとしての生活
18 Night【1】 *R18
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マンションのエントランスを通り、エレベーターに乗る。
合鍵で勝手に入るのにも慣れた。
当の家主である千裕は、今日は出張で帰らない。
玄関ドアを閉じて靴を脱いでいると、ポケットのスマホが着信を知らせた。
ディスプレイには千裕の名前が表示されている。
緑色の通話ボタンをフリックしてスピーカーモードにすれば、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
『大慈さん、変わりありませんか?』
「朝会ったばかりだろ。服装も変わってない」
今夜はビジネスホテルに泊まると言っていた。
チェックインも終えて、寝る前の時間を割いて連絡をよこしたのだろう。
『まだ帰宅してないってことです?』
「ちょうど帰宅した。早めに切り上げられたからな」
リビングでスマホをテーブルに置き、腕時計を外しながら答える。
千裕の過保護ぶりは相変わらずだ。
『早め? いま何時だと思ってるんですか』
「これでも調整した方だ。Commandが使えないと手数がかかる物事が多くて大変なんだぞ」
『正規のコミュニケーションをスキップするのが当たり前みたいに』
「そうでもしないと納期が間に合わない」
『あなたの会社と世間のズレ、怖すぎます』
「小言だけなら切るぞ」
『夕飯食べてくださいね』
「わかったわかった」
彼が昼に食べたものなど、とりとめのない雑談を交わした。
『──おやすみなさい、大慈さん』
「おやすみ」
通話を終えると風呂へ向かい、シャワーで一日の疲れを流す。
そのあとはリビングに戻って軽い夕食を摂った。
夜のルーチンは決まりきっていて、諸々の就寝準備を済ませてしまえば自分の部屋のソファベッドに入って終わり。
千裕からあてがわれた部屋は、物置代わりになっていた洋室だった。
ちょうど買い替えて使っていないソファベッドがあり、寝床として借りている。
整頓の途中なため、彼の私物であるスーツケースや大量の本が部屋の隅に押いやられているほか、俺の私物が適当な場所にぽつぽつとあった。
クローゼットは片付けきれていない彼の服が七割と、俺の服が三割。
ソファベッドは小さいし、収納が少なくて部屋の見栄えも悪いから家具を買おうと彼は言う。
けれど、一時的な居候が大型家具を揃えても仕方がないと断っている。
必要だと思って買ったのは照明付きのサイドテーブルくらいだ。
「…………」
部屋を暗くしてまぶたを閉じるが、なかなか寝付けない。
何度か寝返りを打った。
いつもなら、目をつむればすぐなのに。
そういえば、同棲するようになってから彼がいない夜は初めてだ。
だからこんなに落ち着かないのだろうか。
電話で声を聞いたのに、姿がないから余計に変な感じがするのかもしれない。
喉が渇いた。
のそりと布団から起き上がり、キッチンに向かう。
水を飲んでトイレに寄った帰り、千裕の部屋の前を通った。
立ち止まって扉を眺める。
二人で過ごす夜はしばしば招かれる部屋。長身の男二人では狭いセミダブルベッドの寝心地を思い出す。
無意識のうちにドアノブへ手が伸びていて、あわてて引っ込めた。
本人不在のままプライベートな空間に立ち入るのはさすがに非常識だろう。
一体自分は、何を思って部屋に入ろうとしたのか。
自分の部屋に戻り、再び布団にくるまる。
落ち着きなく寝返りを打ちながら、包帯が巻かれた左手を撫でた。
そこには治癒しきっていない傷がある。
傷を押さえれば、ジンと痛みの熱が灯った。
「っ」
先日まで俺は、己の制御を失うことに絶望していた。
なのにいまは不思議と恐れを感じない。千裕の魔法が効いている。
それどころか、自分が自分らしくなくなっていくことさえ気にしていない。彼が受け入れてくれるからだ。
「……、っは、……ぁ……」
左手をズボンの中へ滑り込ませ、下着越しに自身を触ってしまう。
傷の痛みとオスの快感とが心地良く混ざり、心臓が大きく鼓動する。
体温が上がっていくのがわかる。
「ふぅ、ぅっ……!」
我慢できずに下着をずらして直接握る。
自慰を──しかも居候している他人の家で──するなんておかしい。
わかっていても手を止められなかった。
ぬちぬちといやらしい音がする。
頭の中は千裕に触れられる想像でいっぱいだった。
彼の体温を感じ、あの声で囁かれたい。
(千裕、ちひろっ、ちひろ……っ)
「ぁ、く……ッ!」
俺は、俺を飼うDomのことを考えながら射精していた。
「は、っ……は、ぁ……っ、ぁ……っ」
自分の中からどろどろとした欲望を搾り出していく。
淡白な余韻に浸りながら、ベッドサイドのティッシュに手を伸ばした。
後始末をしながら自嘲気味に笑う。
「ふ、ふふ」
(これがSubの幸せか)
なんて楽なのだろうと思う。
死ぬことを保留にしたが、生きている実感もない。ただ守られている。
加護の飽食、贅沢だと言われればそれまでだ。
──そんなおーじサマ、つまんないよ。
小紅の言葉が蘇る。
首元まで布団を被り、丸く縮こまった。
「……はぁ」
いましがた抜いたばかりなのに、千裕に抱かれたい。まだ落ち着かない。
眠れない。独りでは。
合鍵で勝手に入るのにも慣れた。
当の家主である千裕は、今日は出張で帰らない。
玄関ドアを閉じて靴を脱いでいると、ポケットのスマホが着信を知らせた。
ディスプレイには千裕の名前が表示されている。
緑色の通話ボタンをフリックしてスピーカーモードにすれば、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
『大慈さん、変わりありませんか?』
「朝会ったばかりだろ。服装も変わってない」
今夜はビジネスホテルに泊まると言っていた。
チェックインも終えて、寝る前の時間を割いて連絡をよこしたのだろう。
『まだ帰宅してないってことです?』
「ちょうど帰宅した。早めに切り上げられたからな」
リビングでスマホをテーブルに置き、腕時計を外しながら答える。
千裕の過保護ぶりは相変わらずだ。
『早め? いま何時だと思ってるんですか』
「これでも調整した方だ。Commandが使えないと手数がかかる物事が多くて大変なんだぞ」
『正規のコミュニケーションをスキップするのが当たり前みたいに』
「そうでもしないと納期が間に合わない」
『あなたの会社と世間のズレ、怖すぎます』
「小言だけなら切るぞ」
『夕飯食べてくださいね』
「わかったわかった」
彼が昼に食べたものなど、とりとめのない雑談を交わした。
『──おやすみなさい、大慈さん』
「おやすみ」
通話を終えると風呂へ向かい、シャワーで一日の疲れを流す。
そのあとはリビングに戻って軽い夕食を摂った。
夜のルーチンは決まりきっていて、諸々の就寝準備を済ませてしまえば自分の部屋のソファベッドに入って終わり。
千裕からあてがわれた部屋は、物置代わりになっていた洋室だった。
ちょうど買い替えて使っていないソファベッドがあり、寝床として借りている。
整頓の途中なため、彼の私物であるスーツケースや大量の本が部屋の隅に押いやられているほか、俺の私物が適当な場所にぽつぽつとあった。
クローゼットは片付けきれていない彼の服が七割と、俺の服が三割。
ソファベッドは小さいし、収納が少なくて部屋の見栄えも悪いから家具を買おうと彼は言う。
けれど、一時的な居候が大型家具を揃えても仕方がないと断っている。
必要だと思って買ったのは照明付きのサイドテーブルくらいだ。
「…………」
部屋を暗くしてまぶたを閉じるが、なかなか寝付けない。
何度か寝返りを打った。
いつもなら、目をつむればすぐなのに。
そういえば、同棲するようになってから彼がいない夜は初めてだ。
だからこんなに落ち着かないのだろうか。
電話で声を聞いたのに、姿がないから余計に変な感じがするのかもしれない。
喉が渇いた。
のそりと布団から起き上がり、キッチンに向かう。
水を飲んでトイレに寄った帰り、千裕の部屋の前を通った。
立ち止まって扉を眺める。
二人で過ごす夜はしばしば招かれる部屋。長身の男二人では狭いセミダブルベッドの寝心地を思い出す。
無意識のうちにドアノブへ手が伸びていて、あわてて引っ込めた。
本人不在のままプライベートな空間に立ち入るのはさすがに非常識だろう。
一体自分は、何を思って部屋に入ろうとしたのか。
自分の部屋に戻り、再び布団にくるまる。
落ち着きなく寝返りを打ちながら、包帯が巻かれた左手を撫でた。
そこには治癒しきっていない傷がある。
傷を押さえれば、ジンと痛みの熱が灯った。
「っ」
先日まで俺は、己の制御を失うことに絶望していた。
なのにいまは不思議と恐れを感じない。千裕の魔法が効いている。
それどころか、自分が自分らしくなくなっていくことさえ気にしていない。彼が受け入れてくれるからだ。
「……、っは、……ぁ……」
左手をズボンの中へ滑り込ませ、下着越しに自身を触ってしまう。
傷の痛みとオスの快感とが心地良く混ざり、心臓が大きく鼓動する。
体温が上がっていくのがわかる。
「ふぅ、ぅっ……!」
我慢できずに下着をずらして直接握る。
自慰を──しかも居候している他人の家で──するなんておかしい。
わかっていても手を止められなかった。
ぬちぬちといやらしい音がする。
頭の中は千裕に触れられる想像でいっぱいだった。
彼の体温を感じ、あの声で囁かれたい。
(千裕、ちひろっ、ちひろ……っ)
「ぁ、く……ッ!」
俺は、俺を飼うDomのことを考えながら射精していた。
「は、っ……は、ぁ……っ、ぁ……っ」
自分の中からどろどろとした欲望を搾り出していく。
淡白な余韻に浸りながら、ベッドサイドのティッシュに手を伸ばした。
後始末をしながら自嘲気味に笑う。
「ふ、ふふ」
(これがSubの幸せか)
なんて楽なのだろうと思う。
死ぬことを保留にしたが、生きている実感もない。ただ守られている。
加護の飽食、贅沢だと言われればそれまでだ。
──そんなおーじサマ、つまんないよ。
小紅の言葉が蘇る。
首元まで布団を被り、丸く縮こまった。
「……はぁ」
いましがた抜いたばかりなのに、千裕に抱かれたい。まだ落ち着かない。
眠れない。独りでは。
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