【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

文字の大きさ
18 / 55
Subとしての生活

18 Night【1】 *R18

しおりを挟む
 マンションのエントランスを通り、エレベーターに乗る。
 合鍵で勝手に入るのにも慣れた。

 当の家主である千裕は、今日は出張で帰らない。

 玄関ドアを閉じて靴を脱いでいると、ポケットのスマホが着信を知らせた。
 ディスプレイには千裕の名前が表示されている。

 緑色の通話ボタンをフリックしてスピーカーモードにすれば、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

『大慈さん、変わりありませんか?』

「朝会ったばかりだろ。服装も変わってない」

 今夜はビジネスホテルに泊まると言っていた。
 チェックインも終えて、寝る前の時間を割いて連絡をよこしたのだろう。

『まだ帰宅してないってことです?』

「ちょうど帰宅した。早めに切り上げられたからな」

 リビングでスマホをテーブルに置き、腕時計を外しながら答える。
 千裕の過保護ぶりは相変わらずだ。

『早め? いま何時だと思ってるんですか』

「これでも調整した方だ。Commandが使えないと手数がかかる物事が多くて大変なんだぞ」

『正規のコミュニケーションをスキップするのが当たり前みたいに』

「そうでもしないと納期が間に合わない」

『あなたの会社と世間のズレ、怖すぎます』

「小言だけなら切るぞ」

『夕飯食べてくださいね』

「わかったわかった」

 彼が昼に食べたものなど、とりとめのない雑談を交わした。

『──おやすみなさい、大慈さん』

「おやすみ」

 通話を終えると風呂へ向かい、シャワーで一日の疲れを流す。
 そのあとはリビングに戻って軽い夕食を摂った。
 夜のルーチンは決まりきっていて、諸々の就寝準備を済ませてしまえば自分の部屋のソファベッドに入って終わり。

 千裕からあてがわれた部屋は、物置代わりになっていた洋室だった。
 ちょうど買い替えて使っていないソファベッドがあり、寝床として借りている。

 整頓の途中なため、彼の私物であるスーツケースや大量の本が部屋の隅に押いやられているほか、俺の私物が適当な場所にぽつぽつとあった。
 クローゼットは片付けきれていない彼の服が七割と、俺の服が三割。
 ソファベッドは小さいし、収納が少なくて部屋の見栄えも悪いから家具を買おうと彼は言う。
 けれど、一時的な居候が大型家具を揃えても仕方がないと断っている。
 必要だと思って買ったのは照明付きのサイドテーブルくらいだ。

「…………」

 部屋を暗くしてまぶたを閉じるが、なかなか寝付けない。
 何度か寝返りを打った。
 いつもなら、目をつむればすぐなのに。

 そういえば、同棲するようになってから彼がいない夜は初めてだ。
 だからこんなに落ち着かないのだろうか。
 電話で声を聞いたのに、姿がないから余計に変な感じがするのかもしれない。

 喉が渇いた。
 のそりと布団から起き上がり、キッチンに向かう。

 水を飲んでトイレに寄った帰り、千裕の部屋の前を通った。
 立ち止まって扉を眺める。
 二人で過ごす夜はしばしば招かれる部屋。長身の男二人では狭いセミダブルベッドの寝心地を思い出す。

 無意識のうちにドアノブへ手が伸びていて、あわてて引っ込めた。
 本人不在のままプライベートな空間に立ち入るのはさすがに非常識だろう。

 一体自分は、何を思って部屋に入ろうとしたのか。

 自分の部屋に戻り、再び布団にくるまる。
 落ち着きなく寝返りを打ちながら、包帯が巻かれた左手を撫でた。
 そこには治癒しきっていない傷がある。

 傷を押さえれば、ジンと痛みの熱が灯った。

「っ」

 先日まで俺は、己の制御を失うことに絶望していた。
 なのにいまは不思議と恐れを感じない。千裕の魔法が効いている。
 それどころか、自分が自分らしくなくなっていくことさえ気にしていない。彼が受け入れてくれるからだ。

「……、っは、……ぁ……」

 左手をズボンの中へ滑り込ませ、下着越しに自身を触ってしまう。
 傷の痛みとオスの快感とが心地良く混ざり、心臓が大きく鼓動する。
 体温が上がっていくのがわかる。

「ふぅ、ぅっ……!」

 我慢できずに下着をずらして直接握る。
 自慰を──しかも居候している他人の家で──するなんておかしい。
 わかっていても手を止められなかった。

 ぬちぬちといやらしい音がする。
 頭の中は千裕に触れられる想像でいっぱいだった。
 彼の体温を感じ、あの声で囁かれたい。

(千裕、ちひろっ、ちひろ……っ)

「ぁ、く……ッ!」

 俺は、俺を飼うDomのことを考えながら射精していた。

「は、っ……は、ぁ……っ、ぁ……っ」

 自分の中からどろどろとした欲望を搾り出していく。

 淡白な余韻に浸りながら、ベッドサイドのティッシュに手を伸ばした。
 後始末をしながら自嘲気味に笑う。

「ふ、ふふ」

(これがSubの幸せか)

 なんて楽なのだろうと思う。
 死ぬことを保留にしたが、生きている実感もない。ただ守られている。
 加護の飽食、贅沢だと言われればそれまでだ。

 ──そんなおーじサマ、つまんないよ。
 小紅の言葉が蘇る。

 首元まで布団を被り、丸く縮こまった。

「……はぁ」

 いましがた抜いたばかりなのに、千裕に抱かれたい。まだ落ち着かない。

 眠れない。独りでは。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。

共の蓮にて酔い咲う

あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。 トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub ※リバです。 ※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。 ※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。 ※他サイトでも完結済

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

愛されSubは尽くしたい

リミル
BL
【Dom/Subユニバース】 玩具メーカーの取締役開発部長Dom(37)×元子役の大学生Sub(20) かつて天才子役として名を馳せていた天使 汐は、収録中にSub drop(サブドロップ)に陥り、生死の境をさまよう。 不安定になっていた汐を救ったのは、スーツ姿の男だった。 素性や名前も知らない。でも、優しく撫でて「いい子」だと言ってくれた記憶は残っている。 父親の紹介で、自身の欲求を満たしてくれるDomを頼るものの、誰も彼も汐をひたすらに甘やかしてくる。こんなにも尽くしたい気持ちがあるのに。 ある夜、通っているサロンで不正にCommand(コマンド)を使われ、心身ともにダメージを負った汐を助けたのは、年上の男だ。 それは偶然にも15年前、瀕死の汐を救った相手──深見 誠吾だった。 運命的な出会いに、「恋人にもパートナーにもなって欲しい」と求めるも、深見にきっぱりと断られてしまい──!? 一筋縄ではいかない17才差の、再会から始まるラブ! Illust » 41x様

処理中です...