【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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新しい生活

30 Weirdo【2】

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「ご注文はお決まりですか?」

 この店は1人1オーダー制だ。途中合流した波七の注文をすっかり忘れていた。
 彼は昼飯がまだだったようで、ステーキランチとドリンクバーを頼む。

 店員が立ち去ると、波七は「で」と話を仕切り直した。

「Domの本能をくすぐるステキなSubの恋人が欲しいんだって? 大慈くんは世にも珍しい潜在型Switchで、ずっとDomだったのに初めてSubになり、こりごりだったと」

「あいつ、全部話したのか」

「いま言ったことくらいしか聞いてないよ。でもじゅーぶん呼ばれた理由はわかった。俺は尽くすの得意だし、それに、うっかりSubになってもDomにからね」

「……聞いたことがある」

 現代医療でも生まれ持った第二性を変更することはできない。一部例外を除いて。
 例外のひとつが、Switchという第二性。
 次に、《Switch》という Command。ランクが高いSwitchDomだけが使え、深い信頼関係にあるSwitchを強制的に転換させるという。高ランクDomになれるSwitchがまず稀少で、実際に目撃する機会は無に等しい。そのため、「ドラマの中の設定」や「都市伝説」くらいに捉えられている。

「俺、《Switch》使えるよ」

 だとしたら、小紅はこれ以上ないほど適役のカードを俺に切ってくれたことになる。
 このままいけば彼に一生頭が上がらなくなるな。

「真だとして、逆に考えるとおまえに悪意があれば俺をSubにし続けることもできるんじゃないのか」

「不本意なSwitchを強制されたら信頼関係が崩れるでしょ? そしたらもう成立しない」

「なるほど」

「そんな先の心配するより、まず俺たちがラブラブカップルになれるかの心配したほうが良くない? どう、俺のこと抱けそ? 抱いてもいいけど、Subのときってウケの気分なんだよね~」

「さぁ……」

 煮え切らない返事に、波七は不思議そうな顔をする。

「いろんな人と遊んでるからわかるんだけど、大慈くんもセックスに罪悪感ない人種でしょ。飯があれば食べるのと同じで、ヤれるならヤる」

 いやしらん。仕事に一直線な人生で、他人と火遊びする機会なんてほぼ無かった。
 業務上必要ならなんでもするだろう、と言われれば確かにその通りだが。

「だから?」

「だからさ、俺とも寝れるでしょ。なのに気ぜんぜんないじゃん。俺と寝れば人生安泰なのにだよ? ──もしかしてだけどさー、心に決めた人がいる?」

「いないが?」

「即答でおもろ。じゃ、なおさらエッチしよーよ。そしたら絶対俺のこと気に入るから」

 テーブルの上に身を乗り出した波七は、俺のネクタイをつかんだ。
 勢いよく引き寄せられ、ぐっと顔が近づく。若者趣味の甘い香水が匂った。

「俺がタイプじゃないなら、徹底的に調教していいよ。大慈くん」

 いまからキミんち連れてってよ──彼は確かにそう言った。

 Subになった彼と楽しめるかは、やってみればわかるだろう。
 というより、こちらが応援を要請している側で、向こうが協力的になってくれている状況なのだから、自己暗示をかけてでもむつまじくなるべきだ。
 だが。

「……いまは気分じゃない」

 ネクタイをつかむ手をそっと振りはらう。

 波七は、「あ、そ」と席を立った。どこかへ歩いていく。
 呼ばれて参上したのに袖にされれば、そりゃ気分を害して帰るよな。

 と思ったら、アイスティーの入ったグラスを持って戻ってきた。ドリンクバーに行っていただけだったらしい。
 怒っているようには見えず、平常な様子だ。

「いるじゃん、心に決めた人」

「いないと言っているだろう」

 彼の表情は、俺のかたくなさを怪しんで……いや、楽しんでいる。

「…………ねー、大慈くんさあ。Subのとき誰かと付き合って、Domに戻ったから別れたりした?」

「なぜ」

「あーその顔、別れたんだ。相手はDomでしょ」

「そういうのじゃない。別れるというのは交際があって初めて成立する言葉だ。俺は誰とも付き合ってないし、そもそもこの話はその話と関係ない。俺は仕事に差し支えるから第二性をコントロールしたいだけで」

「急によく喋るじゃん」

 くっ、煽ってきやがる。
 クールダウンしようと手元のグラスを手に取り、水を飲んだ。

 波七はソファの背にもたれてリラックスした姿勢をとる。

「わかってきた。小紅ってそういうとこ性格悪いよな。俺に寝取らせようとしてんだ」

「ね、ねと?」

「Domでいてほしいんだろな。あいつのことだし。ぜんぜん大慈くんのためじゃなさそうだけど、大丈夫そ?」

「おい、勝手に妄想を発展させるな」

 じゅうじゅうと肉が焼ける音が近づいてくる。見ると、波七が注文していたステーキランチが運ばれてくるところだった。
 いまもステーキを加熱する鉄板の乗った木皿と、セットのライス皿がテーブルに置かれた。
 品物の確認をして店員が去っていく。

 ナイフとフォークを手に取り、波七はせっせと肉を切り分け始めた。

「大慈くんのそれってさ、Switchが思春期に必ず通る道なんだよね」

「なに?」

 ステーキの一切れと付け合わせのポテトをフォークにまとめ、ぱくりと口に運んでいた。熱かったらしく、はふはふと息を吐いている。

ほなSwitchすひっひとしほひて、良いひひことほほほひえてへへげるへう

「なにて?」

 ごくん、と彼の喉が動く。

「Subでいるとさ、Commandを受け止める喜びを恋と錯覚することもあるよ。でも、その場合はPlayが終わるとんだよね。欲求を発散したわけだから。──恋は恋、欲求は欲求。ちゃんと区別つくよ」

「……そういうものなのか」

「巷の人間はSubに夢見すぎ。Playですぐ惚れちゃう恋愛体質とか、そんなわけないじゃん。ただの性別なんだからさぁ」

「そう言われてもな。なぜ俺があいつを好きになる? どう考えてもSubだったからだ。こんな気の迷いは忘れるべきだ」

 向こうも俺とどうにかなろうなんて気はないだろうし、ひとりよがりなを引きずるのは時間の無駄。せっかく仕事が楽しくなってきたのだから、それに集中できるよう尽力すべきだ。

「忘れたいって時点でさぁ。……てか、食べないの?」

 指さされ、自分の前に冷め切ったチキン南蛮があることを思い出した。箸をとる。
 彼も冷める前に食べてしまおうと思ったようで、二口目をフォークに刺していた。

「なんでみんな、Subのことになると偏見だらけなのかねぇ。感度がいいとかも幻想だよ。そうだとしたら、本人がエロいだけでしょ」

「え」

「え?」

 咳払いでごまかした。

 黙々と食べていると、ふと波七は窓の外を眺め、独り言のように呟く。

「そうだとしたら、小紅はとっくに俺と寝てるよね」

 波七とはなんでもないと小紅も言っていた。
 彼の横顔を見ていると、それが少し不満なように見える。

「Subの高潔さを絵に描いたような見本がそばにいて、よくそういう価値観でいられるなぁ、キミ」

「確かに小紅は……しっかりしたSubだと思う」

「しっかりどころじゃないよ。彼は誰にも屈しない。どんだけちょっかい出してもなびかない。このSub不利な社会を自力で生き抜く覚悟がバチ決まってる。かっこいいよ、あのチビくんは」

 妙に誇らしげに話している。もしや彼は、小紅のことを特別視しているのではないか。それこそ、好意とか、そういう感情で。

「……おまえも本当は、俺と付き合う気なんかないだろう」

 小紅には世話になったし、あいつが幸せになれるようなら逆に手伝ってやってもいい。珍しくおおらかな気持ちでそう伝えようとしたのに、彼はキョトンと首を傾げた。

「いや? ぜんぜんあるけど? 大慈くんと俺のセックスに小紅も混ぜたらめちゃくちゃ燃えると思ってる」

「今日は貴重な時間をどうもありがとう。会計は済ませておくから、ゆっくり食べて帰るといい」

 テーブルの会計伝票をサッと取り、そそくさと席を立った。

 小紅、俺でも手に余るモンスターを置いて一人で帰るな。
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