【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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新しい生活

29 Weirdo【1】

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「まだ違和感あるなぁ」

 小紅はコンビニのホットスナックを食べながらだらだらと話している。
 俺たちはクライアントと打ち合わせした帰りで、地下鉄のホームにいた。空腹に耐えかねた小紅が匂いの強いそれを買ったせいでタクシーに乗車拒否されたからだ。

「違和感?」

「おーじサマの角っこの丸さ」

 ああ、と納得した。彼の言わんとすることはわかる。
 Commandを振りかざすことに躊躇があり、以前ほど人に向けなくなった。使わないわけではないが。
 効率を思えば周囲の人間をもっと手足のように従わせるべきだが、Subだったころの体験のせいで余計なことを考えてしまう。

「Domの……昔の感覚を取り戻しきれていない、というのは確かにあるな」

「Subが長かったとはいえ、重症だねぇ」

「情けが判断を鈍らせている」

「武士?」

 アナウンスが列車の到着予告をしている。俺たちの後ろには長い列ができていた。

 小紅はホットスナックの最後のかけらを口に放り、なにか考え事をしながらもぐもぐと噛んでいた。
 ごくんと飲み込んだとき、ちょうど電車が来る。

「恋人作ったら?」

「なんだと?」

 目の前の扉が開き、後ろから押されるように乗り込んだ。車両中央あたりに流れつき、詰まっていく人混みの中で窮屈に吊り革をつかむ。

 発車すると、小紅が話の続きをする。

「いっそ、SubのパートナーができればDomらしくいられるんじゃない? 本能も刺激されるだろうし」

「うーむ……」

 一理あるのか?

「最近、杜上さんの名前が話に出てこないよね」

 久々に千裕の苗字を聞いてぎくりとする。

「だからなんだ、急に」

「夜、決まった時間になると机のスマホをチラッと見てるの知ってるんだよ」

 自分のことなのに初耳だ。本当か? 本当なら、無意識すぎて自覚がなかった。
 千裕が迎えに来るわけがないのに、スマホを気にするなんて。

「習慣引きずってたらそりゃまだSub気分でいちゃうでしょ。作りなよ、切り替えるきっかけ」

 過去ではなく未来に目を向けろ──小紅の言うことは至極正しかった。

「しかし……そんな簡単に恋人など」

「ちょうどいい人、知ってるよ」

 小紅の声に車内放送が被る。目的の駅に到着し、扉が開くところだった。
 俺たちは降り損ねないよう慌てて人をかき分ける。
 その話はそのままうやむやになった。




   ■ ■ ■




 休日(実質勤務日)の隙間時間。小紅にファミレスへ呼び出されたと思ったら、いきなり意味のわからないことを言われた。

「おーじサマの不誠実極まりない恋活に協力してくれそうな、同じくらいのクズを呼んだよ」

「クズって言ったか?」

 恋活? ──数日前に地下鉄でした会話が蘇る。「ちょうどいい人がいる」とかなんとか言われたな、そういえば。まさかまだ覚えていたとは。

「どんな人かはすぐにわかるから、あとは二人で話し合って」

 ボックス席で向かいに座る小紅は、テーブルのオムライスを完食すると立ち上がった。どうやら自分だけ先に会社に戻る気らしい。

「紹介もせず二人きりにするつもりか?」

 バカな話に付き合わず一緒に席を立ちたかったが、仕事の電話があったせいで食べ始めるのが遅かったため、俺のタルタルチキン南蛮はまだ皿に残っている。

「いやーお待たせ、寝坊しちゃって」

 男が歩いてきたかと思うと、図々しく席に身体をねじ込んで座った。
 帰ろうとしていた小紅が男と壁に挟まれて出られなくなっている。

「ちょっと、波七はな! 退いてよっ」

 波七と呼ばれた男は長い髪を派手な白に染めており、どう見ても会社員ではない。イマドキの奇抜な服を着こなす目元涼しい美青年。童顔の小紅とは違うたぐいの中性的な雰囲気がある。

「はじめまして、大慈くん。波七 梅之介うめのすけです。同い年だよ」

 小紅はすでに名前を伝えているようだ。興味津々な様子で俺を眺めている。

「小紅~。こんな上玉の知り合いがいるのにずっと紹介してくれなかったんだ? ひどいなぁ」

「そもそもパレードランドでドタキャンしたのはそっち……ちょ、ちょっと、何っ?」

 波七が小紅の肩を抱き寄せ、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「最近連絡くれないから、見捨てられたかと思っちゃった。──小紅、ごろんしてRoll

「し、しない、人前でするわけないよっ」

 いま発されたCommandからはDomの力を感じなかった。だから小紅も反応しない。SubがDomのふりをしてPlayを再現するロールプレイもあるらしいが、どういうつもりで。

「どうして? 《やってよRoll》」

 ハッと驚く。さっきとは違い、いまのは本物のCommandだ。
 小紅は真っ赤な顔を引きつらせ、俺と波七を交互に見る。そして観念したように彼の膝枕に頭を乗せた。SubはCommand受けておきながら無視を続けるのもストレスになる。嫌な相手でなければ従うほうが楽なのだ。
 あの気の強い小紅が恥じらいを見せるのは意外だった。いつもは堂々としているし、文句ばかりで生意気だ。プライベートなPlayだからだろうか。

「ううぅ、だから先に帰りたかったのに……」

 テーブルがあるため、俺の視界から小紅が消える。恥ずかしさに耐えるうめきだけが聞こえていた。

「よしよし、小紅、《良い子だねGood boy》」

 Rewardを与える波七は、下に落としていた視線をこちらへ向けた。「ヒントは与えたよ」とばかりに。

「おまえ、Switchか」

「せーかい。便利でしょ」

 説明するより早いから、小紅を巻き込んでやって見せたのだろう。彼はSubの状態でやってきて、俺の目の前でDomに転換した。つまり、第二性の切り替えを制御できる先天性Switch。
 切り替わる速度はSwitchひとによる。俺が数日かけて緩やかに変化するのに対し、彼はものの数秒で変われるようだ。

 テーブルの下から通路へ、小紅がにゅっと這い出した。

「帰るから! おーじサマ、ぼくとこいつとはなんでもないし、安心して便利に使ったらいいよ」

 そう言い残して店を出ていく。
 小紅の後ろ姿を見送りながら、波七はテーブルに頬杖をついた。

「つれないよねぇ」

「どういう知り合いなんだ」

「大学が同じだったんだ。俺のフィクサーくん」

「フィクサー?」

「そう。教授と寝まくってたら急に話しかけてきて」

「ん? んん、まあ続けろ」

「タダでヤらせるな、期末試験内容とかもらってこい、答えは教えてやるから……って。初対面なのにコキ使われてさー。留年してだらだら学生割引で生きていこうと思ってたのに、おかげさまで優秀な成績で卒業」

「よ、かった……な? 小紅に恩があるってこと……だな?」

「なわけないよ! 身の丈に合わない会社に就職しちゃってもう大変。二ヶ月でトんだ。天下の印籠・学生証も新卒カードも失い、ただの無職! そのままこんな歳になっちゃった。あいつのせいで俺の人生ボロボロよ。なはは」

 なるほどクズだ。現在の無職はどう考えても小紅のせいではない。

 とはいえ、あいつもなにか理由があってこの男を呼んだはずだ。もう少し話を聞くことにする。
 連絡先の交換をしながらたずねた。

「無職なら、どうやって生活しているんだ?」

「ヒモ。リッチな家をローテーションしてる。俺、顔が良くて金持ってる人をエッチで喜ばせるのが好きなんだよね」

 ダメだ。本物のダメなやつだこれ。

「あ、性病検査はちゃんと受けてる! バッチリ!」

「デカい声でとんでもないことを言うな」

 店員が俺たちのテーブルの前で立ち止まった。
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