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新しい生活
32 Emerge【1】
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カレンダーを見れば、Domに戻ったあの日から季節が移り変わっている。早いものだ。
家で二時間ほど眠り、日の出と共に出社した。オフィスには誰もいないと思いきや、電気がついていた。入室してみれば小紅と目が合う。
「おーじサマおはよ、大丈夫?」
「おまえのほうが顔色やばいぞ」
昨日は会食で三次会まで付き合わされ、小紅は二日酔いで顔から血の気が失せている。俺も酒を断りきれず、元気があるかと言われれば未だ無い。
しかし休んでいる暇が惜しいため、コンビニで買った肝臓向けの栄養剤を胃に流し込む。
「ん゛」
小紅が手を差し出してきた。
それを見越して、同じ栄養剤をもうひとつ買ってある。その手に握らせてやれば、早速飲み干していた。
パソコンを立ち上げ、時計を確認する。朝の定例ミーティングまでにやれるだけのことをしなければならない。
キーボードを叩いていると、ちらほらと他の社員も出社してくる。
気が付けばいつもの朝の風景が訪れていた。
■
遠隔ミーティングが終わり、クライアントやチームメンバーが次々に仮想会議室から退室していく。
『財前、ちょっといいか』
俺も退室しようとしたところ、鷹政に呼び止められた。
「なんだ?」
オンラインの一覧を見ると、通話に残っているのは俺と鷹政だけだった。
彼はいまも海外オフィスに出張中であり、多国籍ミーティングでは英語が標準。彼が俺に話しかけるなんて、よほど日本語が恋しいのだろうか。
『最近、またやる気が出てきたのか? いい働きぶりだ』
「おまえに褒められる筋合いはないが」
『フン。周囲の焦りはよく聞こえてくるぞ。──おまえが仕事を奪い返したあいつ、別の業界に転職したの知ってたか?』
「あいつ……?」
鷹政がフルネームを言ってやっと思い出す。俺の案件を持っておきながら無様に炎上させ、尻を拭いてやった社員だ。連鎖的に小紅のかわうそのポーズが蘇り、すぐさま頭を左右に振って打ち消した。
「ああ、話には聞いた」
唯一持っていたプロジェクトを俺に取られ、以降は自習室勤めになった。そしてついに表舞台に戻ることなく辞めたらしい。
アベイラブルとは、プロジェクトにアサインされていない──つまり仕事がない状態のことだ。するとオフィスにいてもやることがないため、自習室で終日待機することになる。
俺はその部屋がどんな内装になっているのかも知らない。極楽という社員もいれば、流刑地という社員もいる。
「コンサルには向いていなかったから、潔い判断だろう。鷹政、奴と交流があったのか」
『電話が来てな、退職の間際になんて言っていたか教えてやる。財前にはなれない、だと』
「意味がわからんな」
正直な感想を伝えると、映像の鷹政は顔をしかめていた。
『入社当時からおまえは……すべてのDomの見本だった。存在が人を狂わせる。同期が何人辞めたか覚えてないだろ。──俺は負けないからな』
一方的にそう宣言され、通信が切れた。チャットルームのホストである彼が部屋を閉じたのだ。
俺は真っ暗な画面を見ながら目をしばたかせる。
「なんだそれ」
まるでこっちが悪役みたいな言い方だ。俺は別に、何もしてないだろ。ただ働いているだけだ。
ヘッドセットを外し、ノートパソコンを閉じる。
テレワークブースを出て自席に戻った。
隣のデスクでは、一足先にミーティングを抜けて席に戻っていた小紅がせっせと働いている。
「小紅、俺は社内でどのくらい悪役なんだ?」
「急にどうしたの? もう弁解できないくらい魔王だから、なんの心配もしなくていいよ」
「……例えば何がある?」
「僕と仲良かったSubの子とか、ボロ雑巾にして辞めさせたじゃん」
「そ、うだったか?」
小紅とよくつるんでいた社員なら名前も思い出せるが、そこまでひどいことをした記憶がない。
「プロジェクト進行中、『キツい。これ以上働いたら死ぬ』って泣き出した彼に《Finish》って働かせてたよ」
「……………そういえばそうだった」
「ま、気にしなくていいんじゃない? 本人も言ってたけど、あんなキツいこと言われてSub dropしなかったってことは心のどこかでは受け入れてたってことだし。いまは別のコンサルに引き抜かれて、バリバリ働いてるよ」
「元気なのか」
「うん。でも、その苛烈な追い込み後のおーじサマのAfter careが良すぎたせいで、鬼畜調教あまあまご褒美モノでしか抜けなくなったって言ってた」
「その情報は聞きたくなかった」
「あのころはすごかったね。SubだけじゃなくてDomもおーじサマの言葉ひとつで馬車馬みたいに働いて、業績ぐんぐん伸ばしてさ。Domたちがこぞっておーじサマのやり方を真似はじめてあちこちでトラブルが起きて、おもしろかったな~」
「おもしろかったのか」
「バカなDomが次々と身を滅ぼしていったからね」
小紅がちらと窓の外を見た。気温もちょうど良さそうな快晴がそこにある。
「ねえ、ちょっと胃も元気になってきたし、ランチ行こうよ」
どうやら息抜きしたいようだ。俺も胃に何か入れないといけないことを思い出し、付き合うことにする。
家で二時間ほど眠り、日の出と共に出社した。オフィスには誰もいないと思いきや、電気がついていた。入室してみれば小紅と目が合う。
「おーじサマおはよ、大丈夫?」
「おまえのほうが顔色やばいぞ」
昨日は会食で三次会まで付き合わされ、小紅は二日酔いで顔から血の気が失せている。俺も酒を断りきれず、元気があるかと言われれば未だ無い。
しかし休んでいる暇が惜しいため、コンビニで買った肝臓向けの栄養剤を胃に流し込む。
「ん゛」
小紅が手を差し出してきた。
それを見越して、同じ栄養剤をもうひとつ買ってある。その手に握らせてやれば、早速飲み干していた。
パソコンを立ち上げ、時計を確認する。朝の定例ミーティングまでにやれるだけのことをしなければならない。
キーボードを叩いていると、ちらほらと他の社員も出社してくる。
気が付けばいつもの朝の風景が訪れていた。
■
遠隔ミーティングが終わり、クライアントやチームメンバーが次々に仮想会議室から退室していく。
『財前、ちょっといいか』
俺も退室しようとしたところ、鷹政に呼び止められた。
「なんだ?」
オンラインの一覧を見ると、通話に残っているのは俺と鷹政だけだった。
彼はいまも海外オフィスに出張中であり、多国籍ミーティングでは英語が標準。彼が俺に話しかけるなんて、よほど日本語が恋しいのだろうか。
『最近、またやる気が出てきたのか? いい働きぶりだ』
「おまえに褒められる筋合いはないが」
『フン。周囲の焦りはよく聞こえてくるぞ。──おまえが仕事を奪い返したあいつ、別の業界に転職したの知ってたか?』
「あいつ……?」
鷹政がフルネームを言ってやっと思い出す。俺の案件を持っておきながら無様に炎上させ、尻を拭いてやった社員だ。連鎖的に小紅のかわうそのポーズが蘇り、すぐさま頭を左右に振って打ち消した。
「ああ、話には聞いた」
唯一持っていたプロジェクトを俺に取られ、以降は自習室勤めになった。そしてついに表舞台に戻ることなく辞めたらしい。
アベイラブルとは、プロジェクトにアサインされていない──つまり仕事がない状態のことだ。するとオフィスにいてもやることがないため、自習室で終日待機することになる。
俺はその部屋がどんな内装になっているのかも知らない。極楽という社員もいれば、流刑地という社員もいる。
「コンサルには向いていなかったから、潔い判断だろう。鷹政、奴と交流があったのか」
『電話が来てな、退職の間際になんて言っていたか教えてやる。財前にはなれない、だと』
「意味がわからんな」
正直な感想を伝えると、映像の鷹政は顔をしかめていた。
『入社当時からおまえは……すべてのDomの見本だった。存在が人を狂わせる。同期が何人辞めたか覚えてないだろ。──俺は負けないからな』
一方的にそう宣言され、通信が切れた。チャットルームのホストである彼が部屋を閉じたのだ。
俺は真っ暗な画面を見ながら目をしばたかせる。
「なんだそれ」
まるでこっちが悪役みたいな言い方だ。俺は別に、何もしてないだろ。ただ働いているだけだ。
ヘッドセットを外し、ノートパソコンを閉じる。
テレワークブースを出て自席に戻った。
隣のデスクでは、一足先にミーティングを抜けて席に戻っていた小紅がせっせと働いている。
「小紅、俺は社内でどのくらい悪役なんだ?」
「急にどうしたの? もう弁解できないくらい魔王だから、なんの心配もしなくていいよ」
「……例えば何がある?」
「僕と仲良かったSubの子とか、ボロ雑巾にして辞めさせたじゃん」
「そ、うだったか?」
小紅とよくつるんでいた社員なら名前も思い出せるが、そこまでひどいことをした記憶がない。
「プロジェクト進行中、『キツい。これ以上働いたら死ぬ』って泣き出した彼に《Finish》って働かせてたよ」
「……………そういえばそうだった」
「ま、気にしなくていいんじゃない? 本人も言ってたけど、あんなキツいこと言われてSub dropしなかったってことは心のどこかでは受け入れてたってことだし。いまは別のコンサルに引き抜かれて、バリバリ働いてるよ」
「元気なのか」
「うん。でも、その苛烈な追い込み後のおーじサマのAfter careが良すぎたせいで、鬼畜調教あまあまご褒美モノでしか抜けなくなったって言ってた」
「その情報は聞きたくなかった」
「あのころはすごかったね。SubだけじゃなくてDomもおーじサマの言葉ひとつで馬車馬みたいに働いて、業績ぐんぐん伸ばしてさ。Domたちがこぞっておーじサマのやり方を真似はじめてあちこちでトラブルが起きて、おもしろかったな~」
「おもしろかったのか」
「バカなDomが次々と身を滅ぼしていったからね」
小紅がちらと窓の外を見た。気温もちょうど良さそうな快晴がそこにある。
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