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新しい生活
37 Rise【1】
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今日は朝から1on1ミーティングがあり、鷹政と俺は会議室で膝を突き合わせている。彼が主導権を握るプロジェクトだから、定期的に進捗報告などをする必要があるのだ。
Subに転換しているとバレてから、彼と二人きりになる時間は最悪そのものだった。
「やはりおまえは俺のやりたいことをよく汲んでる。《よくやった》」
「鷹政のためじゃない。やめろ」
俺が彼をフォローするのは、あくまで自分の仕事を円滑に進めるためだ。だというのに、さも尽くしているかのように労われると虫唾が走る。
ただ攻撃するよりも、嫌味ったらしくRewardを与えるほうが俺を苦しめられる──そう理解したらしい。ここのところの鷹政は、人に見えないところで執拗に俺をSub扱いしてくる。
「おまえが小紅を小間使いにしているのと同じことだろう。小紅にはRewardをやってないのか?」
俺が嫌そうな顔をすると、彼は決まって小紅を引き合いに出すのだった。それはその通りだが、彼と俺は違う。こんなことはひたすらに屈辱だ。
「もう終わりでいいな?」
話すべきことは一通り話したはず。席を立ち、部屋から去ろうとするが呼び止められた。
「そんなんじゃ、プライドが高すぎてパートナーなんかできないだろ」
「またハラスメント講習を受けたいのか」
「そう言うなよ。《こっちに来い》」
「行かない」
強引なCommandへ言葉と態度で拒絶する。Subにとってその行為は精神的負荷がかかるため、乗り物酔いのような悪心と頭痛が強くなっていく。
早く立ち去りたいのに、Subの身体は支配的なDomの方を向いたまま動かない。意思に反して命令されたがっていた。
「素直じゃないな」
「まだ続けるなら、ここで吐いて騒ぎにしてやる」
「できないだろ、そんなこと。おまえはなにより恥を嫌うし、これからもこの仕事を続けたいんだから。──《Kneel》」
「ぐっ……!」
言い聞かせるようなCommandに、今度は抗いきれなかった。がくりと両膝を床につく。
睨みつけるが鷹政は怯みもしない。
「はじめから従っておけば良かったんだぜ。《Come》、四つ足でな」
「いい加減に……しろ……!」
本能が勝手に四つん這いの姿勢になろうとするが、強い意思で拒む。
頭痛が悪化して視界がチカチカと点滅する。目の焦点がうまく合わなくなってきた。
「なぜ意地を張るんだ。Subなんだから、Domに従えば楽になれるだろ? 何度も言わせるなよ、《這いずれ》。おまえから来ないなら、俺からそっちに行ってもいいがな。その場合は靴を舐めさせるぞ」
「……ッ」
真っ青な顔のまま這うしかなかった。
早く終わらせてしまおうと彼の足元で静かにうなだれる。
「《Good》」
勝ち誇ったような蔑みのRewardを流し込まれた。頭を撫でられ、おぞましさで叫びだしそうになる。
初めてSubになったときと同じ。屈辱と絶望が俺の精神を折ろうとしていた。
あのときはものの見事に折れたが、今回は違う。喉までせり上がる吐き気を呑み込み、歯を食いしばった。
声を絞り出す。
「これが、負けないと宣言したおまえにとっての勝ちか? だったら好きなだけ優越感に浸っていればいい。俺はこれからも仕事で成果を出し続けるだけだ」
そうだ。俺は鷹政とくだらない勝負をするつもりはない。仕事がしたいのだ。
睨むように見上げれば、鷹政は心底不快そうに顔をしかめた。わなわなと唇を震わせ、俺が傷付く言葉を必死に探している。
しかし何も思いつかなかったのか、結局「ふん」と鼻を鳴らして早足に部屋から出ていった。
俺はホッと息をつき、誰もいないのを良いことに床へ横たわる。
いま立ったら吐きそうだ。
■
トイレで顔を洗ってデスクに戻った。気分はまだ晴れないが、仕事は待ってくれない。
鷹政に粘着されるようになって、メリットもないわけではなかった。
社内で頭角を現しつつある彼の獲物だと思われているおかげで、他のDomが手を出してこないのだ。
このごろの俺がCommandを使わないのも、鷹政をうとましがっておとなしくしているから……という空気が作れている。
妙な話だが、鷹政の「秘密を握ったまま苦しめたい」という悪意のおかげでSubに転換したことを隠し通せていた。バレそうになるとフォローしてくれるときさえある。絶対に礼は言わないが、正直助かっていた。
パソコンに向かって業務をこなしていると、会議から戻った小紅が隣のデスクに着いた。
俺の疲れた顔を見て「またか」というような顔をする。
「ギラスになにされたの? その顔色、絶対大丈夫じゃないよね」
「おまえには関係ない」
「……ねぇ、」
「自分の仕事のことだけ考えていろ」
誰よりも俺の近くにいる小紅はとうに俺の状態を察しつつある。だが核心に迫ることは言わせない。
これは俺が乗り越えなければいけないことだからだ。
「じゃあいいよ。──ごはん行かない?」
彼の提案に従い、休憩ルームに移動した。外で食べるほどの時間の余裕はないため、自販機の軽食を買う。
小紅は冷凍弁当を買い、電子レンジで温めている。俺はシリアルバーとコーヒーを買ってソファに座った。
温め終えた弁当を持って向かいに座った小紅は、まだ考え事をしているようだった。
「もしもの話だけど」
「なんだ」
フタを開け、割り箸を取り出しながら彼は俺を見る。
「おーじサマさ、またDomからSubになったら、モチベ下がる?」
「それは、前みたいに手を抜くようになるか……という質問か?」
「うん」
Subに転換しているとバレてから、彼と二人きりになる時間は最悪そのものだった。
「やはりおまえは俺のやりたいことをよく汲んでる。《よくやった》」
「鷹政のためじゃない。やめろ」
俺が彼をフォローするのは、あくまで自分の仕事を円滑に進めるためだ。だというのに、さも尽くしているかのように労われると虫唾が走る。
ただ攻撃するよりも、嫌味ったらしくRewardを与えるほうが俺を苦しめられる──そう理解したらしい。ここのところの鷹政は、人に見えないところで執拗に俺をSub扱いしてくる。
「おまえが小紅を小間使いにしているのと同じことだろう。小紅にはRewardをやってないのか?」
俺が嫌そうな顔をすると、彼は決まって小紅を引き合いに出すのだった。それはその通りだが、彼と俺は違う。こんなことはひたすらに屈辱だ。
「もう終わりでいいな?」
話すべきことは一通り話したはず。席を立ち、部屋から去ろうとするが呼び止められた。
「そんなんじゃ、プライドが高すぎてパートナーなんかできないだろ」
「またハラスメント講習を受けたいのか」
「そう言うなよ。《こっちに来い》」
「行かない」
強引なCommandへ言葉と態度で拒絶する。Subにとってその行為は精神的負荷がかかるため、乗り物酔いのような悪心と頭痛が強くなっていく。
早く立ち去りたいのに、Subの身体は支配的なDomの方を向いたまま動かない。意思に反して命令されたがっていた。
「素直じゃないな」
「まだ続けるなら、ここで吐いて騒ぎにしてやる」
「できないだろ、そんなこと。おまえはなにより恥を嫌うし、これからもこの仕事を続けたいんだから。──《Kneel》」
「ぐっ……!」
言い聞かせるようなCommandに、今度は抗いきれなかった。がくりと両膝を床につく。
睨みつけるが鷹政は怯みもしない。
「はじめから従っておけば良かったんだぜ。《Come》、四つ足でな」
「いい加減に……しろ……!」
本能が勝手に四つん這いの姿勢になろうとするが、強い意思で拒む。
頭痛が悪化して視界がチカチカと点滅する。目の焦点がうまく合わなくなってきた。
「なぜ意地を張るんだ。Subなんだから、Domに従えば楽になれるだろ? 何度も言わせるなよ、《這いずれ》。おまえから来ないなら、俺からそっちに行ってもいいがな。その場合は靴を舐めさせるぞ」
「……ッ」
真っ青な顔のまま這うしかなかった。
早く終わらせてしまおうと彼の足元で静かにうなだれる。
「《Good》」
勝ち誇ったような蔑みのRewardを流し込まれた。頭を撫でられ、おぞましさで叫びだしそうになる。
初めてSubになったときと同じ。屈辱と絶望が俺の精神を折ろうとしていた。
あのときはものの見事に折れたが、今回は違う。喉までせり上がる吐き気を呑み込み、歯を食いしばった。
声を絞り出す。
「これが、負けないと宣言したおまえにとっての勝ちか? だったら好きなだけ優越感に浸っていればいい。俺はこれからも仕事で成果を出し続けるだけだ」
そうだ。俺は鷹政とくだらない勝負をするつもりはない。仕事がしたいのだ。
睨むように見上げれば、鷹政は心底不快そうに顔をしかめた。わなわなと唇を震わせ、俺が傷付く言葉を必死に探している。
しかし何も思いつかなかったのか、結局「ふん」と鼻を鳴らして早足に部屋から出ていった。
俺はホッと息をつき、誰もいないのを良いことに床へ横たわる。
いま立ったら吐きそうだ。
■
トイレで顔を洗ってデスクに戻った。気分はまだ晴れないが、仕事は待ってくれない。
鷹政に粘着されるようになって、メリットもないわけではなかった。
社内で頭角を現しつつある彼の獲物だと思われているおかげで、他のDomが手を出してこないのだ。
このごろの俺がCommandを使わないのも、鷹政をうとましがっておとなしくしているから……という空気が作れている。
妙な話だが、鷹政の「秘密を握ったまま苦しめたい」という悪意のおかげでSubに転換したことを隠し通せていた。バレそうになるとフォローしてくれるときさえある。絶対に礼は言わないが、正直助かっていた。
パソコンに向かって業務をこなしていると、会議から戻った小紅が隣のデスクに着いた。
俺の疲れた顔を見て「またか」というような顔をする。
「ギラスになにされたの? その顔色、絶対大丈夫じゃないよね」
「おまえには関係ない」
「……ねぇ、」
「自分の仕事のことだけ考えていろ」
誰よりも俺の近くにいる小紅はとうに俺の状態を察しつつある。だが核心に迫ることは言わせない。
これは俺が乗り越えなければいけないことだからだ。
「じゃあいいよ。──ごはん行かない?」
彼の提案に従い、休憩ルームに移動した。外で食べるほどの時間の余裕はないため、自販機の軽食を買う。
小紅は冷凍弁当を買い、電子レンジで温めている。俺はシリアルバーとコーヒーを買ってソファに座った。
温め終えた弁当を持って向かいに座った小紅は、まだ考え事をしているようだった。
「もしもの話だけど」
「なんだ」
フタを開け、割り箸を取り出しながら彼は俺を見る。
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「うん」
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