【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

文字の大きさ
38 / 55
新しい生活

38 Rise【2】

しおりを挟む
 Subになっちゃったら……か。
 コーヒーで口の中のものを胃に押し込み、ふむと息をこぼす。
 相手にされないとわかったからか、随分まわりくどい。それはともかくとして、まだ俺に関わろうとするなんてつくづく変わり者だ。この会社において俺と関わる価値は、もう前ほど無いとわかっているだろうに。

「小紅、おまえは優秀な男だ」

「ちょっと、話を逸らさないでよ」

「最後まで聞け。おまえは他の会社に行けばいくらでも出世できるだろ。この会社プロヴィデーレに居続けるのはなぜだ?」

「……なんなのさ、急に」

「ただ評価されたいんじゃない。勝ち取りたいんだろ。DomもSubも押しのけて、小紅巴を証明したいんだ」

 彼は黙っている。俺の見立てが間違いならすぐに否定しているだろう。
 長い沈黙の後、ぽつりと言葉がこぼれた。

「ぼくサマ、学生のときはインターンで引く手あまただったし、どこにいってもその場で内定もらってたんだけど」

「ああ」

「必ずね、人事に言われるんだ。『Subでこんなに優秀な人は初めて。期待しているよ』って」

 俺が人事でも同じことを言っただろうし、実際、どこかのタイミングで彼にそう言ったことがある。
 言う側から──あのときの俺からすれば褒め言葉だった。言われた小紅は喜んでいるように見えたが、思い返せばあれは愛想笑いの顔だ。

「どこの会社もさ、表向きは平等採用の顔して、実際のところSubの採用には慎重じゃんね」

「……そうだな」

 Subは大抵、数年で寿退社してしまうからだ。人事にとってはDomを採用するにこしたことはなく、SubをとるくらいならNeutralをとったほうがいい。

「でも、Subの採用が少ないと世間の目がある。だからSubを探してる。……転職したSubの話したの、覚えてる? 彼さ、いつも言うんだ。『ここでは評価してもらえるけど、みんなと同じ評価軸では扱われてない。結局同じだね』って」

 昔の俺ならわからなかった話だろう。
 SubはSubとしてしか評価されない。Domは決して「Domのわりに優秀」「Domなのにがんばっている」とは言われないのに。

「プロヴィデーレの人事はね、僕に対して『Subなのに』とは一度も言わなかった。言わなかっただけでそう思っていたかもしれないけど。『優秀さを発揮してほしい』って──それだけで、ぼくサマには充分だった。皮肉だよね、どこよりも時代遅れな社風なのに、入り口は公平なんだ。ま、入ってみれば案の定だったわけだけど……泣き寝入りなんかしない」

 箸を持つ彼の手が震えている。そこにあるのは怒りだ。見つめるのは礼を欠く気がして、彼の横顔に視線を移す。
 小紅はいつになく真剣な顔で壁に張り出された社内表彰式の記事を見つめている。かつては俺の名もあったものだ。現在のそれには鷹政を筆頭に見知ったDomの名前が並んでいる。事実優秀な実績を収めている彼らが表彰されることに異論はないが、その中に小紅がいないことへ今の俺なら違和感を感じ取れる。

「こう言うとおまえは嫌がるかもしれないが……わかるぞ」

 小紅は少し驚いた顔でこちらを見る。

「おーじサマが……わかるわけないじゃん……」

 そうだな。おまえの苦労の十分の一も知らない。
 だが、まったく知らないというわけでもなくなった。

「俺は、Domであることが優秀さのすべてだと思っていた。だが……最近は思うところができた。Domにしか見向きしない上司にも、Subだとあなどる鷹政にも、を認めさせてやるまでは成仏できん。第二性で判断されてたまるか、がんばっているのはだ。だから、おまえの気持ちがほんの少しだけわかった気がする」

 ……そう言いながらも、できるならDomでありたいとSubへの転換を黙っているから、都合の良い話ではあるが。
 そんな俺の浅はかさまで見通しているかはわからないまま、小紅はやっと表情をやわらかくした。

「それが、ぼくサマの質問に対するおーじサマの答えなんだね」

「そうだ。俺がSwitchで、なんだろうと、モチベーションには影響しない。むしろ新卒のころくらい燃えている」

「……なら、ぼくサマも安心してがんばれるよ」

「何目線なんだ、それは」

「へへっ」

 彼はいつもように元気に笑うと、弁当に箸をつけた。大きな口を開けておかずを頬張る。
 俺も自分の食事を続けた。

(……不思議なものだな)

 初めてSubになったときは、自分がこんな考え方ができるなど思いもしなかった。
 千裕に飼われている間、無為むいに過ごす虚しさばかり感じていたが、ああやって俺に時間を与えてくれたから今があるのかもしれない。
 無駄な時間などどこにもなかった。



 昼食を終え、テーブルのゴミをまとめて捨てる。
 ソファに座ったままスマホをいじる小紅へ声をかけた。

「……小紅」

「ん?」

 どうやらゲームをしているようで、画面から目を離さないまま聴覚だけこちらに向けている。
 大した話ではないため、咎めることもなく言葉を続けた。

「おまえはよくやってる」

 すると、小紅はギョッとした顔をして操作途中であろうスマホをテーブルに置いた。

「な、なに、急に。真顔でさ。しかもCommandじゃないじゃん」

「仕事の発破ではない。ただ思ったことを言っただけだ」

「え……こわ……」

「おい。失礼だぞ」

「だって理由もなくそんなこと言うの、普段のおーじサマじゃ考えられないよ」

「理由はある。俺がこうなるまで、Domならばしなくていい苦労をしながら働く者がいると知れなかった」

 このごろは会社の俺への態度に不満を感じているが、同時に小紅の待遇にも腹立たしく思うことがある。

「しかもおまえは、その上で手を抜かず、駄々もこねず、気高く働いている。敬意を払いたい」

 昔の俺ならば、弱いから余計な苦労をするのだと切り捨てていただろう。
 他人事でなくなってやっと、考えが変わった。それ自体が幼稚に思えて恥ずかしく、口に出すことへ抵抗があったが、小紅には伝えたかった……わけだが……。

「うえーっ、きもちわる」

 舌を出して茶化すような態度をとり、小紅はうつむいてしまった。
 意図が伝わらなかったかもしれない。日頃の俺の態度をかえりみれば、からかいと思われても仕方がないだろう。

 忘れてくれ──そう言おうとしたとき、下を向いたままの彼が独り言のように呟いた。

「ありがと」

 そして、「目にゴミが入ったから、先に行ってて」と言われた。
 いつまでも顔を上げない様子から、相当痛いのだろう。そっとしておくことにする。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。

共の蓮にて酔い咲う

あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。 トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub ※リバです。 ※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。 ※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。 ※他サイトでも完結済

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

愛されSubは尽くしたい

リミル
BL
【Dom/Subユニバース】 玩具メーカーの取締役開発部長Dom(37)×元子役の大学生Sub(20) かつて天才子役として名を馳せていた天使 汐は、収録中にSub drop(サブドロップ)に陥り、生死の境をさまよう。 不安定になっていた汐を救ったのは、スーツ姿の男だった。 素性や名前も知らない。でも、優しく撫でて「いい子」だと言ってくれた記憶は残っている。 父親の紹介で、自身の欲求を満たしてくれるDomを頼るものの、誰も彼も汐をひたすらに甘やかしてくる。こんなにも尽くしたい気持ちがあるのに。 ある夜、通っているサロンで不正にCommand(コマンド)を使われ、心身ともにダメージを負った汐を助けたのは、年上の男だ。 それは偶然にも15年前、瀕死の汐を救った相手──深見 誠吾だった。 運命的な出会いに、「恋人にもパートナーにもなって欲しい」と求めるも、深見にきっぱりと断られてしまい──!? 一筋縄ではいかない17才差の、再会から始まるラブ! Illust » 41x様

処理中です...