【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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新しい生活

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 夕方からの内部ミーティングが終わり、トイレに寄ってオフィスに戻るところだった。
 廊下の角を曲がった先から聞き慣れた声がして、見ると小紅が休憩ベンチ横で電話している。

「──杜上さんも元気そうでなにより」

 ふと聞こえた名前に、思わず身を隠してしまう。
 そこを通らねばオフィスに戻れない。堂々と通ればいいのに今はダメな気がした。つい聞き耳を立てる。

「じゃあ、アルミチャックキッチンで18時に。またあとで」

 通話を終え、オフィスへ歩いていく小紅を見届ける。

 俺はまだその場で立ち尽くしていた。
 小紅と千裕が会う約束を? SNSのアカウントを交換しているのは知っていたが、そこまで親しい仲だとは知らなかった。
 まさか、千裕は手近なSubをそこでまかなって?
 小紅が俺に波七を引き合わせたのはそういうことなのか?

「バカなことを考えてどうする」

 すぐに頭を左右に振った。あの二人はそんなことをする人間ではない。

「……仮にそうだったとして、俺には関係のないことだ」

 思わず口に出してしまい、バツが悪い。誰に言い聞かせようとしたんだ。

 盗み聞きしてしまったことを小紅に悟られないようにしなければ。深呼吸をして気持ちを切り替え、オフィスへ戻る。



 定時になると、小紅はさっさと帰る準備を始めた。その理由を俺は知ってしまっている。

「……珍しいな。用事でもあるのか?」

 知っているのに探りを入れてしまう。なぜ気になってしまうのか、自分でも不思議だった。

「え? うん、杜上さんとご飯行くんだ。おーじサマも来る?」

「エ」

 この流れで誘われることって、あるのか。
 小紅はまったく問題ないとばかりに俺の返事を待っている。

 予想していない展開に頭が混乱していた。すぐに言葉が出てこない。そもそも自分が行きたいのかどうかもわからない。

 なんにせよ、行けないことを思い出した。この後も仕事がある。

「退社できるスケジュールではない」

「そういえばそうだった。ごめんごめん。また誘うね」

「ああ……」

 じゃーねと手をひらひら振って、小紅はオフィスを出て行った。
 俺はまだぽかんとした顔をしていて、ぐるぐると答えが出るはずのない思考を巡らせている。

 あの二人でなにを話すんだ。



   ■ ■ ■



 小紅と千裕がプライベートで食事をしているころ、俺は会食に出かけていた。
 相手は以前担当していたクライアントで、途中から鷹政に引き継いでいるため彼も一緒だ。

 店に入り、酒を酌み交わす間も千裕が何をしているのか気になって心ここにあらずだった。おかげで普段以上に飲まされてしまった。
 鷹政もそう酒に強くなく、顔が赤くなっている。

 二次会は丁寧に辞退した。
 クライアントを見送り、俺と鷹政は最寄のタクシー降車場へ向かう。

 酒でほてる身体に夜風が心地良い。

「……おい、さっきのはなんだ。話をぜんぜん聞いてなかっただろ。雑な返事ばかりして」

 こんなときでも憎まれ口を叩かねば気が済まないのかとあきれる。
 酔ったふりで無視をしても良かったが、本当に酔っているからつまらない意地が出る。

「会話は成立していたから問題ない。おまえこそ、呂律が回っていなかったし、酒に呑まれすぎだ」

「飲めないおまえの代わりに飲んでやってるのに生意気だな」

「頼んでいない」

 いつものしょうもない口喧嘩のつもりだったが、鷹政にとっては違ったらしい。
 急に胸ぐらをつかまれた。

「いつもいつも、かわいくない態度しやがって。仕事のフォローも、Rewardもくれてやっているのに感謝もない。そんなに俺が嫌いか?」

「はぁ?」

 なんだその言い方。
 今までの彼の言動を振り返る。
 確かにSubだとバレそうなときにはなぜか割って入ってくれていたし、二人きりのときはしつこいほどCommandとRewardがあった。
 俺はそれらがすべて、嫌がらせのためだと思っていたのだが……。

「……まさか、あれは本気で俺のCareをしているつもりだったのか?」

 俺が怪訝けげんな顔をしていると、一人相撲だと気付いた彼は赤い顔をさらに赤くして声を荒げる。

「バカにするのもいい加減にしろよ、財前!」

 通行人が迷惑そうに横目でこっちを見た。このままでは目立つ。

「酔いすぎだ、鷹政──」

 しかし、俺が冷静に振る舞うほど彼は怒りをヒートアップさせる。
 すぐ横の路地裏に押し込まれてしまった。何歩かふらついた先でゴミ箱に足を取られ、尻餅をつく。

「何様だよ。おまえと俺と、何が違う。どうしておまえはなんだ」

「なにが言いたい……」

「《スカした顔してんじゃねぇぞ!》」

「ッ……!」

 至近距離でGlareを浴びせられ、殴られたようなめまいがした。
 その隙をついて押し倒され、馬乗りで首を絞められる。

「シャレに、ならんぞ……鷹政っ……!」

「《Look俺を見ろ》」

 とっさに目を閉じ、顔を逸らす。
 すると、首をつかむ彼の指に力が入り、憎々しげに爪が食い込んできた。

「いつもいつも偉そうに。……俺の出張中もそうだ。さばききれない仕事を割り振ろうとすると、既におまえがフォローに入ってやがる。俺ができないと見越してなきゃその速さで立ち回れるはずがない。ナメやがって。それが的確で、実際に助けられてんのもムカつくんだよ」

 いやいや待ってくれ。それで感謝されることはあっても、憎むのはお門違いじゃないのか?

 息をさせてくれ。鷹政の手首をつかむが退かせられない。
 いくら口をはくはくと震わせても、空気が肺に送り込まれることはなかった。

「Domの力を振りかざし、格下にならどんな態度をしてもいいとプロヴィデーレで好き勝手してきたのはおまえだ。おまえはDomおれたちにんだ! だったら、いまの財前は俺に服従すべきだろ。俺はおかしなことを言っているか?」

「っ、ぁ゛……」

 命乞いするように彼をつかんでいた手が緩む。
 その通りだと思ってしまったからだ。

 過去の俺は他者を力で従わせてきた。鷹政も例外なく。弱いほうが悪いと切り捨てて。

 閉じていた目を開き、鷹政を見上げた。

(俺は……こんなに醜く恐ろしい男だったのか)

 鏡を突きつけられている気分だった。
 これが因果応報というものなら、なにも言えない。

 けれど。

「《Mind隷属しろ》」

 鼓膜を揺らしたそれは、心からの服従をを強いるCommandだった。受け取ってしまえば何かが──例えば、首に刻まれた苦痛が──Collarとなって契約を成立させてしまう予感がした。

 初めて首の締め付けが緩み、発言を許可される。

「……死んでも、嫌だ」

 すかさず顔を殴られた。口の中に血の味が広がる。
 Sub drop手前の悪寒の中で、虚勢を張って鷹政を睨み返した。

「なんだその顔は。そうだよな、Domに戻れば最強だもんな? ……その前にSubだと認めさせて、そのお優秀な頭をブッ壊してやる。おまえが望んでひざまずくところを見せびらかすまで、俺は安らかに眠れない」

 ようやく俺は気付いた。鷹政は俺に対して、怒りながら怯えている。
 俺に彼が化け物に見えたように、彼も俺が化け物に見えているのだ。

 ならばやはり、ここで彼のCommandを呑むわけにはいかない。

 力を振り絞って右手を握り、その横っ面を殴り返してやった。
 彼はひっくり返ってシャッターにぶつかり、大きな音が鳴る。

「っげほ! がはっ、はぁっ、はぁっ……!」

 喉が解放され、慌てて酸素を取り込む。息も整わないうちにフラフラ立ち上がって、すぐには起き上がれない様子の鷹政を見下ろした。

「俺が間違っていた。鷹政、悪かったな。自分のケツは拭く」

 彼にひれ伏し、溜飲りゅういんを下げさせるのは簡単だ。だがそれは間違いを正すことにならない。
 しかし、それについてはひとまず明日からだ。
 今夜はCareを受けないとまずい。
 Sub dropは命に関わる──そんな話を鼻で笑っていたが、いまはよく理解できた。もう首を絞められていないのに息が苦しい。強いストレスに晒された脳が、パニックのあまり肉体を強制終了させようとしている。

 スーツの内ポケットにあるスマホを意識する。
 救急車を呼ぶと、暴行の痕跡から面倒なことになる。頼るなら波七だ。
 そうわかっているのに、頭に浮かんでくるのは別の人間の顔だった。

「てめぇっ……やってくれたな……」

 鷹政が起きあがろうとしているのを見て、慌てて鞄を回収して表通りに向かった。
 考えごとは安全を確保してからがいい。



 壁に手をついて歩き、薄暗い路地裏から出る。
 世界が切り替わったように明るく賑やかになった。

「……大慈さん?」

 名前を呼ばれ、振り返るとそこには千裕が立っていた。
 一瞬、死にかけの脳が見る都合の良い夢かと疑う。けれどこの出会いはそう不自然なものではないとすぐに気付いた。小紅とあの店で食事をしたなら、ここは彼の帰り道だ。

「千裕、」

 そう言いかけて、後を追ってきた鷹政に腕をつかまれた。
 弱ったSubが膝を折るには充分な、威圧的なCommandを放たれる。

「都合の良いこと言ってんじゃねぇぞ。話はまだ終わってないんだ、《戻れ》、《クソが》」

 頬を腫らし、襟を乱し、立っているのもやっとの様子な俺を見て、千裕は状況を理解したようだった。

「……それは、Domとしてやってはいけません」

 千裕の声は震えていた。優しい男だから、暴力の現場に怯えているのかもしれない。

 鷹政は吐き捨てるように言い返す。

「《部外者が口を出すな、失せろ》」

 明らかに攻撃の意思があるGlareだった。Domでもひるみそうな力を感じ、千裕のことが心配になる。
 鷹政の言う通り彼は部外者だから、俺もできることなら巻き込みたくない。

「そうですか」

 けれど俺の心配もよそに、千裕の声はもう震えていなかった。
 ──霞む視界でなんとか彼の顔を見て、驚いてしまう。千裕はちっとも怯えてなどいなかった。あの声の震えが、ただ怒りを抑えていただけだと理解する。
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