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新しい生活
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「《黙れ》」
千裕の一言は重苦しく空気を揺らし、音の届く範囲以上に伝播した。
鷹政だけでなく無関係な通行人までが動きを止め、本能を貫く《警告》に動揺する。
あんなに賑やかだった街角がしんと静まり返った。
誰もがわけもわからないまま本能的に恐れ、この場を離れていく。
前屈みになって吐きそうになっている若者を、連れが背中をさすりながら歩かせていた。
立ち去る者がいればやってくる者もいる。通行人が入れ替わり、喧騒はすぐに戻ってきた。俺たちの横を通り過ぎる者たちは、揉め事の雰囲気を察して目を合わせない。
まっすぐに撃ち抜かれた鷹政は顔を引きつらせ、蛇に睨まれた蛙のように硬直している。こんなに強いGlareを経験したことがないのだろう。俺でも放てるかわからない。殺意そのものすぎる。
近づいてきた千裕に腕をつかまれたとき、思わず身体をこわばらせてしまった。彼が俺に危害を加えることはないとわかっていても、本能が力の差に怯えてしまう。脅威と目を合わせないように顔を伏せたまま動けない。
鷹政の手から奪い取るように抱き寄せられ、腫れた頬をそっと撫でられる。痛みに息を呑むと、すぐに手は離れていった。
首を突っ込むな、自分で対処できる──唇が震えてうまく言えるか不安になる。だが、言わなければ。
信用が重要な職業である彼を、暴力沙汰に巻き込むのはまずい。
「千裕……、──っ!?」
気力を振り絞って顔を上げ、彼を見る。その瞬間、自分が大きな思い違いをしていることに気付いた。
「おまえそれっ……、Defense……っ」
ぐ、と俺の腰に添えられた彼の手に力がこもる。誰にも渡さないとばかりに。
千裕は冷静そうな顔をしながら、目がまったく笑っていなかった。
てっきり正義感で怒っているのだと思っていた。だから、余計なことはしなくていいと伝えるつもりだった。通常の千裕なら間違いなく聞き分けてくれるから。
だが実際は、庇護下のSubの傷付けられたDomとして激怒している。──いや、千裕は俺がSubにまた転換したことを知らないはずだ。そもそも庇護されている覚えもない。なのに問答無用でDefenseている? 何が起きてるんだ。
これは非常に、話が通じる状態か疑わしい。
「……ご存知か知りませんが」
千裕は淡々と鷹政に話しかけはじめた。
獣返りとも呼ばれるDefenseを起こしているのに、すぐに殴りかからないのがいっそ不気味だ。
「Commandによる生命侵害で殺人罪が成立するようになったのは去年からです。その前は教唆罪としての立証さえ難しい時代でした」
──Domに死ねと言われて死ぬSubはまずいない。Commandの強制力よりも生存本能が当たり前に勝つからだ。Sub以外の第二性ともなればなおさら効かない。
Commandを含めた暴言暴力に追い詰められた自死はよくある話だが、Commandだけで自死するなど推理小説の話だと誰もが思う。催眠術で人は死なないのと同じだ。
だが、現実は小説より奇なり。飛び抜けて才能のあるDomなら可能だと立証されたのは近年のこと。千裕の言う通り、ようやく法整備が進んだ段階だった。
「あなたは運が良い」
なぜ急にそんな話を始めたのかと思ったが、まさか脅し文句にするとは。ますます温厚な彼らしくない。
鷹政は声も出せずに萎縮したままで、浅い呼吸を繰り返している。真っ青な顔からは脂汗が吹き出ていた。いまの彼は、千裕の言葉にとてつもない説得力を感じているだろう。やろうと思えばできると。
千裕の言葉や呼吸ひとつひとつに突き刺さるようなGlareが乗っている。Defenseを起こしているせいで威力の制御ができておらず、すぐそばにいる俺は当てられて気絶寸前だった。
「千裕っ、落ち着け……っ! Glareが強すぎる、俺も……耐えられない……っ」
Sub dropを起こしているのにひどい追い討ちだ。膝に力が入らなくなり、彼の服をつかんだままずるずると座り込んでしまう。
千裕はようやくハッと目を見開き、本当の意味で冷静になったようだった。
振り撒いていたGlareを解き、俺を支える。
「大慈さん、すみませんっ……! あなたを傷付けるつもりは……っ」
「ああ、わかってる……」
じゃり、と地面を踏み締める音がした。見るとようやく動けるようになった鷹政が後ずさっているところだった。
千裕がまた怒りで我を失いそうなところを手で制止する。見逃してやれ、と。
「ッ……。財前、今日のことは言うなよ。おまえがやってきたこと──潰した奴らことを知ってるんだ。俺を告発するなら道連れだからな!」
彼の背中が小さくなっていくのを見届けながら、あんな小物じみた捨て台詞を吐く奴を恐れたのかとバカらしくなる。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。音は近づいてくる。ああもGlareを撒き散らせば通報くらいされるだろう。
「ここから離れたほうがいい」
「すみません……」
「謝るな。……見ての通り、Sub dropがキツい。助けてくれ」
千裕の一言は重苦しく空気を揺らし、音の届く範囲以上に伝播した。
鷹政だけでなく無関係な通行人までが動きを止め、本能を貫く《警告》に動揺する。
あんなに賑やかだった街角がしんと静まり返った。
誰もがわけもわからないまま本能的に恐れ、この場を離れていく。
前屈みになって吐きそうになっている若者を、連れが背中をさすりながら歩かせていた。
立ち去る者がいればやってくる者もいる。通行人が入れ替わり、喧騒はすぐに戻ってきた。俺たちの横を通り過ぎる者たちは、揉め事の雰囲気を察して目を合わせない。
まっすぐに撃ち抜かれた鷹政は顔を引きつらせ、蛇に睨まれた蛙のように硬直している。こんなに強いGlareを経験したことがないのだろう。俺でも放てるかわからない。殺意そのものすぎる。
近づいてきた千裕に腕をつかまれたとき、思わず身体をこわばらせてしまった。彼が俺に危害を加えることはないとわかっていても、本能が力の差に怯えてしまう。脅威と目を合わせないように顔を伏せたまま動けない。
鷹政の手から奪い取るように抱き寄せられ、腫れた頬をそっと撫でられる。痛みに息を呑むと、すぐに手は離れていった。
首を突っ込むな、自分で対処できる──唇が震えてうまく言えるか不安になる。だが、言わなければ。
信用が重要な職業である彼を、暴力沙汰に巻き込むのはまずい。
「千裕……、──っ!?」
気力を振り絞って顔を上げ、彼を見る。その瞬間、自分が大きな思い違いをしていることに気付いた。
「おまえそれっ……、Defense……っ」
ぐ、と俺の腰に添えられた彼の手に力がこもる。誰にも渡さないとばかりに。
千裕は冷静そうな顔をしながら、目がまったく笑っていなかった。
てっきり正義感で怒っているのだと思っていた。だから、余計なことはしなくていいと伝えるつもりだった。通常の千裕なら間違いなく聞き分けてくれるから。
だが実際は、庇護下のSubの傷付けられたDomとして激怒している。──いや、千裕は俺がSubにまた転換したことを知らないはずだ。そもそも庇護されている覚えもない。なのに問答無用でDefenseている? 何が起きてるんだ。
これは非常に、話が通じる状態か疑わしい。
「……ご存知か知りませんが」
千裕は淡々と鷹政に話しかけはじめた。
獣返りとも呼ばれるDefenseを起こしているのに、すぐに殴りかからないのがいっそ不気味だ。
「Commandによる生命侵害で殺人罪が成立するようになったのは去年からです。その前は教唆罪としての立証さえ難しい時代でした」
──Domに死ねと言われて死ぬSubはまずいない。Commandの強制力よりも生存本能が当たり前に勝つからだ。Sub以外の第二性ともなればなおさら効かない。
Commandを含めた暴言暴力に追い詰められた自死はよくある話だが、Commandだけで自死するなど推理小説の話だと誰もが思う。催眠術で人は死なないのと同じだ。
だが、現実は小説より奇なり。飛び抜けて才能のあるDomなら可能だと立証されたのは近年のこと。千裕の言う通り、ようやく法整備が進んだ段階だった。
「あなたは運が良い」
なぜ急にそんな話を始めたのかと思ったが、まさか脅し文句にするとは。ますます温厚な彼らしくない。
鷹政は声も出せずに萎縮したままで、浅い呼吸を繰り返している。真っ青な顔からは脂汗が吹き出ていた。いまの彼は、千裕の言葉にとてつもない説得力を感じているだろう。やろうと思えばできると。
千裕の言葉や呼吸ひとつひとつに突き刺さるようなGlareが乗っている。Defenseを起こしているせいで威力の制御ができておらず、すぐそばにいる俺は当てられて気絶寸前だった。
「千裕っ、落ち着け……っ! Glareが強すぎる、俺も……耐えられない……っ」
Sub dropを起こしているのにひどい追い討ちだ。膝に力が入らなくなり、彼の服をつかんだままずるずると座り込んでしまう。
千裕はようやくハッと目を見開き、本当の意味で冷静になったようだった。
振り撒いていたGlareを解き、俺を支える。
「大慈さん、すみませんっ……! あなたを傷付けるつもりは……っ」
「ああ、わかってる……」
じゃり、と地面を踏み締める音がした。見るとようやく動けるようになった鷹政が後ずさっているところだった。
千裕がまた怒りで我を失いそうなところを手で制止する。見逃してやれ、と。
「ッ……。財前、今日のことは言うなよ。おまえがやってきたこと──潰した奴らことを知ってるんだ。俺を告発するなら道連れだからな!」
彼の背中が小さくなっていくのを見届けながら、あんな小物じみた捨て台詞を吐く奴を恐れたのかとバカらしくなる。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。音は近づいてくる。ああもGlareを撒き散らせば通報くらいされるだろう。
「ここから離れたほうがいい」
「すみません……」
「謝るな。……見ての通り、Sub dropがキツい。助けてくれ」
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